オーディオ回路などで近似式を使うときの注意[ダイオード編]




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■問題
【 半導体/デバイス 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,ダイオードの電圧(VD)と電流(ID)の関係を調べる回路です.オーディオ回路設計などでは,計算を簡単にするためにVDとIDの関係は,式1の近似式を用います.式1の近似式はVDの電圧が低くなるとIDに誤差が生まれます.
 そこで,IDの誤差が0.05%以下で,式1の近似になるのは,VDの値が(a)~(d)の何V以上のときでしょうか.ただし,式1のISはダイオードの逆方向飽和電流で「IS=1nA」,VTは熱電圧で27℃のとき「VT=26mV」とします.


図1 ダイオードの電圧と電流の関係を調べる回路
VDが何V以上のとき,IDの誤差が0.05%以下で式1の近似になるでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

(a) 0.1V (b) 0.2V (c) 0.3V (d) 0.4V

■ヒント

 近似前のダイオードの電圧(VD)と電流(ID)の関係は式2になります.(a),(d)のVDを式1と式2に入れて誤差を計算すると分かります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

■解答


(b) 0.2V

 式1と式2の誤差は式3になり,VDとVTを入れると求まります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3のVTは26mVとし,VDへ(a)~(d)の電圧を入れて,誤差を求めると以下になります.

(a)のVD=0.1VのときのIDの誤差は2.2%
(b)のVD=0.2VのときのIDの誤差は0.05%
(c)のVD=0.3VのときのIDの誤差は0.001%
(d)のVD=0.4VのときのIDの誤差は0.0002%

 上記の検討より,IDの誤差が0.05%以下になるVDは(b) 0.2Vが正解になります.

■解説

●ダイオードの動作について
 ダイオードは,半導体の基礎になるものです.まず初めにダイオードの動作について図2を用いて解説します.


図2 ダイオードの動作解説図

 ダイオードは,図2のように,p型とn型の半導体でできています.VDが接続されていない無バイアスのとき,p型とn型の間には空乏層ができます.この状態からp型が正の電圧,n型が負の電圧になるVDを加えると空乏層が狭くなり,接合を通してp型とn型の電荷キャリアが定常的に拡散し,IDの電流になります.ダイオードは,VDのわずかな変化でIDを大きく変化させることができます.このVDとIDの関係を表したのが先ほどの式2になります.しかし,式2を使うと計算が大変なので,回路設計では式1の近似式を使っています.式1をVDで整理すると式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4のVDをVBE,IDをICと書き換えると,バイポーラ・トランジスタのベース・エミッタ間電圧(VBE)とコレクタ電流(IC)の関係を表す式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

●ダイオードの電圧と電流を調べる回路
 図3は,ダイオードの電圧と電流を調べる3つの回路になります.図3(a)は,式1の近似式を模擬する回路で,I1の電流源の値に式1を入れています.図3(b)は,式2を模擬する回路で,I2の電流源の値に式2を入れています.図3(c)は,D1の理想ダイオードに流れる電流を調べる回路になります.


図3 ダイオードの電圧と電流を調べる3つの回路
(a)は近似式を電流源で模擬した回路.
(b)は理論式を電流源で模擬した回路.
(c)は理想ダイオードの電流を調べる回路.

 図3(a)図3(b)の熱電圧VTは,「VT=kT/q」(kはボルツマン定数,Tは絶対温度,qは電気素量)から計算します.具体的には,LTspiceに登録されているBoltz(ボルツマン定数),kelvin(ケルビン),echarge(電気素量)と,tempはシミュレーションの温度を使います.図3(a)図3(b)図3(c)のISは1nAに設定し,VDは「.step」コマンドで100nVから0.5V間を10倍あたり30ポイントでスイープさせます.

●IDの誤差をシミュレーション
 図4は,図3のシミュレーション結果で,上段はダイオードの電圧と電流の関係をプロットし,下段は,I1とI2の電流の誤差とI1とD1の電流の誤差をプロットしました.


図4 図3のシミュレーション結果
上段はダイオードの電圧と電流の関係をプロット.
下段はI1とI2の電流の誤差,I1とD1の電流の誤差をプロット.

 図4上段のプロットより,I2の電流とD1の電流は重なっており,D1の電流はI2の理論式と同じになるのが分かります.そしてI1の近似式の電流とI2の理論式の電流は,ダイオードの電圧が低くなるとプロットが大きく離れるので,同じ電流にならないのが分かります.このときの誤差を計算したのが図4下段のプロットになります.図4下段はI1とI2の電流の誤差と,I1とD1の電流の誤差をプロットしました.図4上段よりI2とD1の電流は同じなので,図4下段の2つのプロットは重なっています.ダイオードの電圧が0.2V以上のとき,ダイオードの電流の誤差は0.05%以下になります.そしてダイオードの電圧が0.2Vより低くなると誤差が大きくなるのが分かります.図4下段のプロットからも図1の解答は(b)の0.2Vであるのが確認できます.

●実際のダイオードのモデルを使うとどうなるか
 式1と式2を使った誤差の検討は理想ダイオードについてでした.ここでは実際のダイオードのモデルを使ったとき,ダイオードの電圧と電流の近似ができる条件について検討します.
 図5は,LTspiceにある1N4148のダイオードのモデルになります.実際のダイオードは不純物の影響により,式2の理論式からずれてきます.


図5 LTspiceの1N4148ダイオードのモデル
ダイオードの電圧と電流の関係はISの他にエミッション係数Nが関係してくる.

 これを補正する係数としてNで表すエミッション係数があります.1N4148は「IS=2.52nA,N=1.752」になります.理想ダイオードのNのデフォルト値は「N=1」なので,エミッション係数で補正をしていません.エミッション係数を入れたダイオードの電圧と電流の理論式は式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6の近似式は式7になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

●実際のダイオードの電圧と電流を調べる回路
 図6は,1N4148の電圧と電流を調べる3つの回路になります.図6(a)は式7の近似式を模擬する回路で,I1の電流源の値に式7を入れています.図6(b)は式6を模擬する回路で,I2の電流源の値に式6を入れています.図6(c)はD1の1N4148に流れる電流を調べる回路になります.調べ方は図3と同じになります.


図6 実際の部品を使ったダイオードの電圧と電流を調べる3つの回路
(a)は,近似式を電流源で模擬した回路.
(b)は,理論式を電流源で模擬した回路.
(c)は,実際のダイオードの電流を調べる回路.

 1N4148のVDを区切りの良い電圧値で誤差を調べたのが式8になります.式6と式7の誤差はVDが0.3Vのとき0.14%になります.

 ・・・・・・・・・・・(8)

●1N4148のIDの誤差をシミュレーション
 図7は,図6のシミュレーション結果で,プロットの内容は図4と同じになります.図7下段よりダイオードの電圧が0.3Vで誤差が0.13%になり,式8で検討した値とほぼ等しい誤差になります.このように図4の理想ダイオードのプロットと比べると,実際のダイオードは近似ができる条件にずれがあります.


図7 図6のシミュレーション結果.
上段は,ダイオードの電圧と電流の関係をプロット.
下段は,I1とI2の電流の誤差,I1とD1の電流の誤差をプロット.

◆参考文献◆
(1) SPICEとデバイス・モデル 新原盛太郎著 CQ出版社


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_006.zip

●データ・ファイル内容
Char_Dx1.asc:図3の回路
Char_Dx1.plt:図3のプロットを指定するファイル
Char_Dx2.asc:図6の回路
Char_Dx2.plt:図6のプロットを指定するファイル

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