オーディオ・アンプのひずみを測定する




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■問題
【 ひずみ 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,オーディオ・アンプの全高調波ひずみ率(THD:Total Harmonic Distortion)を測定するための,簡易ひずみ率計のブロック図です.オーディオ・アンプに1kHzの正弦波を入力し,そのオーディオ・アンプの出力を,このひずみ率計に入力します.この簡易ひずみ率計で使われているフィルタ(B)の特性として,最も適切なのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 簡易ひずみ率計のブロック図
この簡易ひずみ率計で使われているフィルタの特性は?

(a) カットオフ周波数1kHzのハイパス・フィルタ
(b) カットオフ周波数1kHzのローパス・フィルタ
(c) カットオフ周波数1kHzのオールパス・フィルタ
(d) ノッチ周波数1kHzのノッチ・フィルタ

■ヒント

 オーディオ・アンプの全高調波ひずみ率(THD)は,測定する信号に含まれる高調波と基本波の比を%表示した値です.最初に図1のスイッチ(S1)をバッファ・アンプ側に接続し,実効値電圧計(C)で実効値電圧測定します.次にスイッチ(S1)をフィルタ側に切り替えて,フィルタ(B)出力の実効値電圧を測定します.この2つの測定結果から,ひずみ率を計算します.この点に着目すれば,答えは簡単に分かります.

■解答


(d) ノッチ周波数1kHzのノッチ・フィルタ

 ノッチ・フィルタは,特定の周波数成分だけを減衰させるフィルタです.そのため,ノッチ周波数1kHzのノッチ・フィルタに,ひずみの発生した1kHzの信号を入力すると,フィルタの出力は高調波成分だけになります.
 そのため,ノッチ・フィルタ出力の実効値電圧を測定することで,高調波の値が分かります.フィルタ出力の測定結果(Vh)と,バッファ・アンプ出力の測定結果(Vm)から,全高調波ひずみ率(THD)を,「THD≒Vh/Vm」として計算することができます.

■解説

●オーディオ・アンプの全高調波ひずみ率の測定方法
 オーディオ・アンプの全高調波ひずみ率(THD)は,波形のゆがみによって発生した高調波成分と,元の信号周波数の基本波成分の比です.基本波の実効値をV1,高調波の周波数ごとの実効値をそれぞれV2,V3,V4....とすると,THDは式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1は,すべての高調波の合計の実効値をVhとすると,式2のように書き換えられます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 また,ひずみの発生した信号の実効値(Vm)は基本波と高調波の足しあわされた値なので,式3のように表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3を変形すると,式4のように,V1を求めることができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 つまり,ひずみの発生した信号の実効値(Vm)と,すべての高調波の合計の実効値(Vh)を測定することで,式5のようにTHDを計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 THDが小さく,Vhの値が小さい場合,式5は式6のように近似することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 ひずみの発生した信号から基本波を取り除いた信号が,すべての高調波の合計の実効値(Vh)になります.ノッチ・フィルタは特定の周波数成分を減衰させることができるため,ノッチ・フィルタを使用して,基本波を取り除き,高調波成分だけを取り出すことができます.そのため,ノッチ・フィルタ出力の実効値を測定することで,高調波の実効値が得られます.ただし,ノッチ・フィルタの出力には,高調波だけではなくアンプで発生したノイズ成分も含まれるため,ノッチ・フィルタを使用して測定したTHDはTHD+Nと呼ぶこともあります.

●特定の周波数を減衰させるノッチ・フィルタ
 特定の周波数成分を減衰させることができるノッチ・フィルタには色々な形式がありますが,ここではTWIN-Tと呼ばれるノッチ・フィルタを使用します.図2がTWIN-Tと呼ばれるノッチ・フィルタの回路図です.


図2 特定の周波数を減衰させるTWIN-T型ノッチ・フィルタの回路図
減衰特性の鋭さを表すQはR4とR5の比で決まる.

 T字型に接続された抵抗とコンデンサで構成されるローパス・フィルタと,同じくT字型に接続されたコンデンサと抵抗で構成されるハイパス・フィルタを組み合わせているため,TWIN-Tと呼ばれています.
 このTWIN-Tフィルタは,「R1=R2=2*R3=R」,「C1=C2=C3/2=C」とすると,ノッチ周波数(fn)は式7で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 ここで,C=10nFとし,Fnが1kHzとなるRを求めると,式8のように,15.91549kΩとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 ノッチ周波数を正確に1kHzとするためには,R1,R2,R3を精密に調整する必要があります.また,図2のノッチ・フィルタの,減衰特性の鋭さを表すQはR4とR5の比で決まり,式9で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 正確に全高調波ひずみ率(THD)を測定するためには,基本波以外の周波数成分の減衰を少なくする必要があります.特に問題となるのは,基本波の2倍の周波数成分ですが,この周波数の減衰を小さくするためにはQを大きくする必要があります.ただし,Qを大きくすると,ノッチ周波数がわずかにずれただけで,基本波の減衰量が大幅に小さくなってしまうことに注意が必要です.

●TWIN-T型ノッチ・フィルタの周波数特性
 図3図2のTWIN-T型ノッチ・フィルタの周波数特性です.基本波の1kHzの減衰量は100dB以上確保できており,2次高調波の2kHzでの減衰量は0.3dB程度と十分小さくなっています.


図3 TWIN-T型ノッチ・フィルタの周波数特性
1kHzの減衰量は100dB以上で,2kHzでの減衰量は0.3dB程度となっている.

●ノッチ・フィルタを使用して全高調波ひずみ率を測定する
 図4は,ノッチ・フィルタを使用してアンプの全高調波ひずみ率(THD)をシミュレーションするための回路図です.


図4 ノッチ・フィルタを使用してアンプのTHDを測定するための回路
ひずみを測定するアンプは電源電圧を下げて,出力がクリップするように設定.

 ノッチ・フィルタは,シンボルを作成し,ブロック化しています.ひずみを測定するアンプは,ゲイン14dB(5倍)の非反転増幅回路です.入力としてピーク電圧1Vで1kHzの正弦波を加えています.本来,アンプの出力レベルは1Vを5倍した,ピーク電圧5Vの正弦波となるはずですが,電源電圧を±4Vとしているため,4Vでクリップし,ひずんだ波形になります.
 このアンプのTHDを,ノッチ・フィルタを使用して測定します.なお,出力波形が安定した部分を取り出すため,200msの解析を行い,最後の20msだけを出力するように設定しています.
 図5がノッチ・フィルタを使用したひずみ率計のシミュレーション結果です.バッファアンプ出力(V(bf_out))とノッチ・フィルタ出力(V(nf_ouf))を表示しています.ノッチ・フィルタ出力波形を見ると,周期が バッファアンプ出力波形の周期の1/3になっており,3倍の高調波成分が多いことが分かります.


図5 ノッチ・フィルタを使用したひずみ率計のシミュレーション結果
バッフ・アンプ出力(V(bf_out))とノッチ・フィルタ出力(V(nf_ouf))を表示.

 それぞれの波形の実効値は,グラフ上段の文字をCtlrキーを押しながらクリックすることで確認することができます.バッフ・アンプ出力の実効値は3.1749Vで,ノッチ・フィルタ出力の実効値は0.2837Vとなっていました.この測定結果からTHDを計算すると,式10のように約9%となります.

・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 また,式11のように,近似式で計算してもほとんど同じ値になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 なお,「.four」解析によるTHDの計算結果も約9%となっています.

●FFT解析で上下対象なひずみの周波数成分を確認する
 図6は,バッフ・アンプ出力とノッチ・フィルタ出力をFFT解析した結果です.バッフ・アンプ出力で+10dB程度存在した1kHzの基本波成分が,ノッチ・フィルタ出力では-90dB程度となっており,約100dB減衰していることが分かります.


図6 ノッチ・フィルタを使用したひずみ率計のシミュレーション結果をFFT解析した結果
ノッチ・フィルタ出力は1kHの基本波が約100dB減衰している.

 また,その高調波は3kHz,5kHzといった奇数倍の周波数成分が主体となっており,偶数倍の周波数成分は多くありません.図5のバッフ・アンプ出力の波形のように,上下対象なひずみが発生した場合は,奇数次の高調波が主体となります.

●上下非対象なひずみが発生した場合の周波数成分を確認する
 図7は,図4の回路のアンプに加える電源電圧を「Vcc=6V,Vee=-2V」に変更したときのシミュレーション結果です.


図7 上下非対称なひずみが発生した場合のノッチ・フィルタ出力の波形
ノッチ・フィルタ出力には,2倍の高調波成分が多いことがわかる.

 図5とは異なり,バッフ・アンプ出力には,上下非対称なひずみが発生しています. THDは式12のように24%になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 ノッチ・フィルタ出力の波形を見ると,周期がバッファアンプ出力波形の周期の1/2になっており,2倍の高調波成分が多いことが分かります.上下非対称なひずみが発生した場合,偶数次の高調波成分が多くなります.
 図8は,上下非対称なひずみが発生した場合の,バッフ・アンプ出力とノッチ・フィルタ出力をFFT解析した結果です.図7のノッチ・フィルタ出力波形からもわかることですが,2kHzの2次高調波が最も大きくなっています.また,奇数次と偶数次,両方の高調波が発生していることが分かります.


図8 上下非対称なひずみが発生した場合の,FFT解析結果 2kHzの2次高調波が最も大きくなっている

 以上,ノッチ・フィルタを使用した簡易ひずみ率計について解説しました.なお,TWIN-T型ノッチ・フィルタについては,「IoT時代のLTspiceアナログ回路:TWIN-Tを使ったノッチ・フィルタ」を参照してください.また,THDの測定方法としては,測定する信号をAD変換し,FFT解析によって得られた高調波成分からTHDを計算する方法もあります.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_005.zip

●データ・ファイル内容
TWIN_T_Notch_filter.asc:図2の回路
amp1_THD.asc:図4の回路
Notch_filter.asy:ノッチ・フィルタのシンボル
Notch_filter.asc:ノッチ・フィルタの内部回路
amp2_THD.asc:図7をシミュレーションするための回路

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