雑音の基礎
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図1の(a)~(d)の4つの回路は,熱雑音またはショット雑音による,outの出力雑音電圧を計算する回路例です.(a)~(d)の回路で,1Hzあたりのoutの出力雑音電圧が最も低いのはどの回路でしょうか.
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outの出力雑音電圧が最も低いのは(a)~(d)のどれ?
(a) 10kΩのみの回路
(b) 10kΩと20kΩを直列にした回路
(c) 10kΩと20kΩを並列にした回路
(d) ダイオードの順方向電圧を使った回路
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図1の(a)~(c)の抵抗の熱雑音電圧は,抵抗をRとすると「vn=(4kTRΔf)1/2」になります.また,(d)のダイオードのショット雑音電流は,直流電流をI1とすると「In=(2qI1Δf)1/2」になります.この計算式を使って,4つの回路におけるoutの出力雑音電圧を計算します.ここで,kはボルツマン定数「k=1.38×10-23JK-1」,Tは絶対温度で27℃のとき「k=300K」,qは電子の電荷「1.602×10-19C」,Δfは雑音帯域幅で「Δf=1Hz」とします.
outの出力雑音電圧をvnとし,図1の(a)~(d)の雑音を次のように求めます.
(a)は「vn=(4kTR1Δf)1/2=12.9nV/√Hz」
(b)は「vn=(4kT(R1+ R2)Δf)1/2=22.3nV/√Hz」
(c)のR1とR2の並列抵抗を(R1||R2)とすると,「vn=(4kT(R1||R2)Δf)1/2=10.5nV/√Hz」
(d)のダイオードの小信号抵抗をreとすると「vn=(2qI1Δf)1/2×re=4.7nV/√Hz」
この検討より,最も出力雑音電圧が低いのは,(d)のダイオードの順方向電圧を使った回路となります.
●雑音とは
雑音は,回路システム全体の出力信号に干渉し,その出力信号に望ましくない不規則な変化を加えるものとして,広い意味で使われます.雑音を大きく分けると次の4つになります.
・商用電源のハム
・電磁波
・機械的な振動などの外的な要因
・抵抗や半導体デバイスの内部から発生する内的な要因
ここでは,内的な要因になる「熱雑音」と「ショット雑音」について解説します.熱雑音とショット雑音は,周波数が変化しても雑音は一定で変わりません.この特性から,雑音が干渉して無視できないような,オーディオ信号を試聴すると,スピーカから聞こえる雑音は「サー」というような音に聞こえます.
オーディオ回路を設計するとき,抵抗値や電流値は,さまざまな制約があります.このような制約の中で,低雑音設計をするときは,雑音の計算を元に最適な回路を選び,そして最適な回路定数にしていきます.以降では,熱雑音とショット雑音の性質について解説します.その後,図1の(a)~(d)の具体的なoutの雑音について机上計算とシミュレーションで確認します.
●熱雑音について
熱雑音は,導体中の電荷キャリアが熱で励起され,不規則に動く熱擾乱から発生する雑音で,回路の部品では,抵抗で発生します.抵抗(R)で発生する熱雑音の式は「vn2=4kTRΔf」になります.ここでkはボルツマン定数,Tは絶対温度,Rは抵抗値,Δfは雑音帯域幅です.式中にRとTがあり,熱雑音のvn2は抵抗値と絶対温度に比例します.Δfは雑音帯域幅で,1Hzの帯域幅は1~2Hz間,10Hz~11Hz間,…,1000Hz~1001Hz間も同じ雑音帯域幅になります.この関係より,周波数が変化しても1Hzの雑音帯域幅におけるvn2は一定になり,熱雑音の周波数特性はフラットになります.
●ショット雑音について
ショット雑音は,半導体のPN接合にある電位障壁を流れる直流電流により発生します.直流電流(I1)で発生するショット雑音の式は「In2=2qI1Δf」になります.ここで,qは電子の電荷,I1は直流電流,Δfは雑音帯域幅です.式中に,I1があり,ショット雑音のIn2は直流電流に比例します.Δfは熱雑音で検討したものと同じなので,周波数が変化してもショット雑音のIn2は一定になり,熱雑音と同じように周波数特性はフラットになります.ショット雑音は真空管でも発生します.電位障壁のない導体ではショット雑音は発生しません.
●図1(a)の机上計算とシミュレーション
図2は,図1(a)の抵抗を抜き出し,R1の抵抗で発生する熱雑音電圧(vn)を直列に接続した等価回路です.
図1(a)のoutの出力雑音電圧は図2のR1の熱雑音電圧(vn)が現れるので,「R1=10kΩ」を用いると式1になります.
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図3は,図1(a)をシミュレーションする回路です.ノイズ・シミュレーションは「.noise」ステートメントを用い,1Hz~100kHz間を周波数が10倍あたり100ポイントのスイープでoutの出力雑音電圧をプロットします.
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図4は,図3のシミュレーション結果です.outの出力雑音電圧は,12.9nV/√Hzになり,式1の机上計算と一致します.
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出力雑音電圧は机上計算と等しい.
●図1(b)の机上計算とシミュレーション
図5(a)は,図1(b)のR1の熱雑音電圧(vn1)とR2の熱雑音電圧(vn2)を表した等価回路です.直列抵抗の雑音は,図5(b)のように,R1とR2を加えた抵抗の熱雑音電圧(vn)と考えることができます.
(a) 10kΩと20kΩの直列抵抗とその熱雑音電圧(vn1,vn2)を表した等価回路
(b) 直列抵抗を1つの抵抗で表した等価回路
図1(b)のoutの出力雑音電圧は図5(b)の「R1+R2」の熱雑音電圧(vn)が現れるので,「R1=10kΩ,R2=20kΩ」を用いると式2になります.
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直列の雑音の計算で間違えやすいのは,式3のようにvn1とvn2を加算した結果にならないことです.雑音の加算は各々の2乗平均値を加えます.このことから「vn2= vn12+ vn22」となり,式2の計算になります.
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図6は,図1(b)をシミュレーションする回路です.「.noise」ステートメントは,図3と同じでoutの出力雑音電圧をプロットします.
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図7は,図6のシミュレーション結果です.outの出力雑音電圧は,22.3nV/√Hzになり,式2の机上計算と一致します.
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出力雑音電圧は机上計算と等しい.
●図1(c)の机上計算とシミュレーション
図8(a)は,図1(c)のR1の熱雑音電圧(vn1)とR2の熱雑音電圧(vn2)を表した等価回路です.並列抵抗の雑音は,図8(b)のように,R1とR2の並列抵抗の熱雑音電圧(vn)と考えることができます.
(a) 10kΩと20kΩの並列抵抗とその熱雑音電圧(vn1,vn2)を表した等価回路
(b) 並列抵抗を1つの抵抗で表した等価回路
R1とR2の並列抵抗は,式4になります.
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式4の並列抵抗の熱雑音電圧は,式5になります.
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図9は,図1(c)をシミュレーションする回路です.「.noise」ステートメントは,図3と同じでoutの出力雑音電圧をプロットします.
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図10は,図9のシミュレーション結果です.outの出力雑音電圧は,10.5nV/√Hzになり,式5の机上計算と一致します.
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出力雑音電圧は机上計算と等しい.
●図1(d)の机上計算とシミュレーション
図11は,図1(d)のI1の直流電流がダイオードに流れるときのショット雑音電流(In)とダイオードの小信号抵抗(re)を使って表した等価回路です.outの出力雑音電圧(vn)は,Inとreの積になります.ダイオードの小信号抵抗(re)は,ダイオードの動作から生まれる特性なので,実際の抵抗ではありません.このため,reは熱雑音を発生しません.
直流電流(I1)によるショット雑音電流(In)は,式6になります.
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ダイオードの小信号抵抗は,熱電圧(VT)と直流電流(I1)より式7になります.ここで常温(27℃)での熱電圧はおおよそ「VT=26mV」です.
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式6と式7を使い,図1(d)のoutの出力雑音電圧(vn)は,式8になります.
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図12は,図1(d)をシミュレーションする回路です.「.noise」ステートメントは図3と同じで,outの出力雑音電圧をプロットします.
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図13は,図12のシミュレーション結果にです.outの出力雑音電圧は4.6nV/√Hzになり,式8の机上計算とほぼ一致します.以上の検討より,図1の(a)~(d)の中でoutの出力雑音電圧が最も低いのは図1(d)になるのが分かります.
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出力雑音電圧は机上計算と等しい.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_002.zip
●データ・ファイル内容
thermal noise1.asc:図3の回路
thermal noise1.plt:図3のプロットを指定するファイル
thermal noise2.asc:図6の回路
thermal noise2.plt:図6のプロットを指定するファイル
thermal noise3.asc:図9の回路
thermal noise3.plt:図9のプロットを指定するファイル
shot noise.asc:図12の回路
shot noise.plt:図12のプロットを指定するファイル
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