オーディオ用アンプのSN比とは何か
図1は,ダイナミック・マイクの出力を増幅する,OPアンプで構成したマイク・アンプの回路図です.ノイズ測定用のスイッチ(S1)をR4側に接続した状態で,マイク・アンプ出力(Out)の,20Hz~20kHz帯域のノイズ・レベルを測定したところ,1.7mVrmsでした.
一方,図1で使用しているダイナミック・マイクの出力インピーダンスは300Ωで,標準音圧で1kHzの音が入力されたときの出力電圧は,1.6mVrmsです.図1のマイクとアンプの組み合わせ回路で,標準音圧時のOut端子でのSN比は(a)~(d)のどれになるでしょうか.なお,マイク自身が発生するノイズは,十分小さく無視できるものとします.
標準音圧時のOut端子でのSN比はいくつ?
(a) -53dB (b) -0.5dB (c) 53dB (d) 69dB
SN比は,S(Signal)とN(Noise)の比をデシベル(dB)で表したものです.図1のマイク・アンプのゲインをR1,R2から求めて,Out端子での信号レベルを計算すれば,答えは簡単に分かります.
図1のマイク・アンプのゲイン(G)は「G=(R1+R2)/R2=500」となります.標準音圧時のマイクの出力レベルが1.6mVなので,標準音圧時のOut端子の出力は「1.6mV*500=800mV」になります.
S(信号)が800mVで,N(ノイズ)が1.7mVなので,SN比(SNR)は「SNR=20*log(800m/1.7m)≒53dB」となります.
●オーディオ用アンプのSN比
オーディオ用アンプの重要なスペックの一つが,SN比です.SN比(SNR)は,信号(S)とノイズ(N)の比をデシベル(dB)で表したもので,式1で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
数字が大きいほど,信号に含まれるノイズが小さいことになり,性能の良いアンプということになります.ただし,ノイズ測定時の周波数帯域幅や測定信号レベルが異なる製品の場合,公平な比較ができないことに注意が必要です.
パワー・アンプなどで,SN比を測定するときの信号レベルは,そのアンプが出力可能な最大出力時のレベルが使用されます.また,ノイズ測定時の帯域は,20Hz~20kHzや,特殊な周波数特性のフィルタを使用するなどさまざまです.
●SN比を計算する
式1から分かるように,ノイズ・レベルと信号レベルがわかれば,SN比を計算することができます.問題文から,マイクの代わりに300Ωの抵抗を接続したときの,マイク・アンプの出力に現れるノイズ・レベル(N)は,1.75mVrmsということが分かります.
なお,マイクの代わりに300Ωの抵抗を接続してノイズを測定しているのは,マイクを接続したときと,条件が同じになるようにするためです.この問題では,信号レベルとして標準音圧の音が入力されたときの信号から,SN比を計算するように指定されています.
そのため,標準音圧の音が入力されたときの,マイク・アンプの出力レベルを計算する必要があります.そこで,まず,マイク・アンプのゲイン(G)を計算します.マイク・アンプのゲイン(G)は,式2で計算することができ,500倍となっていることが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
ここで,問題文から,図1のマイクで標準音圧の音が入力されたときの出力レベルが,1.6mVrmsであることが分かっています.マイクの出力インピーダンスが300Ωで,マイク・アンプの入力抵抗(R3)の20kΩよりも十分小さいため,マイクの信号は,ほとんど減衰せずに,マイク・アンプに加わります.そのため,標準音圧の音が入力されたときの,マイク・アンプの出力に現れる信号レベル(S)は,式3のように,800mVrmsになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
信号レベルとノイズ・レベルが分かれば,式1を使用して,式4のようにSN比(SNR)が53dBになることが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●ノイズ・レベルをシミュレーションする
図2は,LTspiceを使用して,図1の回路のノイズ・レベルをシミュレーションするための回路です.OPアンプには,汎用OPアンプのLT1208を使用しています.
LTspiceでノイズ・シミュレーションを行う場合,図3のように出力端子と信号源を指定します.解析周波数の設定に関しては,AC解析と同様の設定を行います.
AC解析の設定に加え,出力端子と,信号源を指定する.
図4は,図2のノイズ・シミュレーションの解析結果です.図2のOut端子をクリックすると,出力ノイズのグラフが表示されます.グラフとして表示されるのは,1Hz帯域幅のノイズ電圧密度(V/√Hz)です.CTrlキーを押しながら,上部の[V(onise)]の部分をクリックすると,表示された周波数帯域のノイズの総量(積分値)が表示されます.図4では20Hz~20kHzのノイズの積分値が1.7mVrmsであることが分かります.これは,図1の問題で使用したアンプのノイズと同じ値になっています.
20Hz~20kHzのノイズの積分値が1.7mVrmsになっている.
●ローノイズ・OPアンプを使用したときのノイズ・レベルをシミュレーションする
図5は,図2の回路のOPアンプを,ローノイズ・OPアンプのLT1028に変更した場合のシミュレーション結果です.20Hz~20kHzのノイズの積分値が0.28mVrmsに減少しています.
20Hz~20kHzのノイズの積分値が0.28mVrmsに改善されている.
図1の回路のOPアンプにLT1028を使用した場合,式5のように,SN比を69dBに改善できることが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
●ノイズ測定時に使用するIHF-Aフィルタ
オーディオ機器の仕様書のSN比の測定条件欄に「IHF-A」などの記述がある場合があります.これは,IHF-Aという特性のフィルタを使用して測定した,という意味です.IHF-Aフィルタは,A-weightingフィルタとも呼ばれ,人間の聴感上聞こえにくい周波数のゲインを下げ,聞こえやすい周波数のゲインを上げたものです.聴感補正をすることで,SN比の数値を,聴感上の感覚に近くするという趣旨で作られたフィルタです.
図6は,英語版のウィキペディアに記載されているA-weightingフィルタの伝達関数を,LTspiceのラプラス関数機能を使用して記述した回路とシミュレーション結果です.低い周波数と,高い周波数のゲインを下げ,2kHz~3kHzのゲインを若干上げていることが分かります.
ノイズ測定時に,聴感補正をするために使用されることがある.
●A-weightingフィルタを追加したノイズ・シミュレーション
図7は,図2の回路のOPアンプをLT1028に変更し,A-weightingフィルタを追加したものです.A-weightingフィルタは,サブ・サーキット化し,シンボルを回路図に追加しています.
A-weightingフィルタはサブ・サーキット化し,シンボルを回路図に追加している.
図8は,図7のA-weightingフィルタを追加した場合のノイズ・シミュレーション結果です.20Hz~20kHzのノイズの積分値が0.16mVrmsと,図5の結果よりもさらに減少しています.この値を使用してSN比を計算すると,式6のように75dBになり,A-weightingフィルタを追加することで,5dBほど大きな値になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
ノイズの積分値が0.16mVrmsに減少している.
以上,オーディオ用アンプのSN比について解説しました.なお,マイクの標準音圧時の出力電圧は,マイクの仕様書の「感度」という項目に記載されており,1Pa(パスカル)の音圧のときの出力電圧となっています.マイクの種類や仕様に関する詳細は,「オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門37:マイクの種類と使い方」を参照してください.
◆参考文献
SHUREダイナミック・マイクロホンSM58-LCE仕様書
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_001.zip
●データ・ファイル内容
Mic_amp_LT1208.asc.asc:図2の回路
Mic_amp_LT1028.asc:図5をシミュレーションするための回路
A-weighting_AC.asc:図6の回路
Mic_amp_LT1028_Afilter.asc:図7の回路
A-weighting.asc:A-weightingフィルタのサブサーキット
A-weighting.asy:A-weightingフィルタのシンボル
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