人感センサ・ライトに使われる焦電型赤外線センサ




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■問題
センサ回路

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,人が近くに来たときだけ点灯する照明器具に使用されている,人感センサの回路図です.人体を検知すると,Out_D端子が“H”レベルから“L”レベルに変化します.この人感センサに使われている,焦電型赤外線センサの説明として正しいのは,(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 人が近くに来たときだけ点灯する,照明器具用人感センサの回路図
人感センサに使われている,焦電型赤外線センサの説明として正しいのは?

(a) 赤外線受光によるPN接合の,電流変化を利用している
(b) 赤外線受光による焦電体の温度変化に伴う,抵抗値の変化を利用している
(c) 赤外線受光による焦電体の温度変化に伴う,容量値の変化を利用している
(d) 赤外線受光による焦電体の温度変化に伴う,表面電荷の変化を利用している

■ヒント

 焦電型赤外線センサには,多結晶ファイン・セラミックなどが使われています.また,センサ単体は,出力インピーダンスが非常に高いため,モジュール内部にインピーダンス変換用のJFETが内蔵されています.

■解答


(d) 赤外線受光による焦電体の温度変化に伴う,表面電荷の変化を利用している

 焦電型赤外線センサは,焦電体の焦電効果を利用しています.焦電効果は,誘電体の温度が変化したときに,表面に電荷が現れる現象です.誘電体の温度が変化すると,その誘電体の分極状態が変化し,表面電荷との差による微小電流が流れます.焦電型赤外線センサは,赤外線受光による温度変化で発生した微小電流を,大抵抗で電圧に変換し,JFETでインピーダンス変換して出力します.

■解説

●焦電型赤外線センサの動作原理
 図2は,焦電型赤外線センサの動作を説明するための模式図です.


図2 焦電型赤外線センサの動作を説明するための模式図

 誘電体の中で,自発的に分極しているものが焦電体です.焦電体は,図2のAのように分極しており,その表面には逆極性の電荷が付着しています.焦電体に赤外線を照射すると,温度がわずかに上昇し,Bのように分極状態が変化します.すると,表面電荷が移動し,焦電流と呼ばれる微小電流が発生します.温度が安定しているCの状態では焦電流は流れません.
 次に,赤外線の照射をやめると,温度が下降し,Dのように分極状態が変化します.すると,再び表面に電荷を吸着することで,焦電流が流れます.焦電型赤外線センサは,この焦電流を非常に大きな抵抗で電圧に変換し,JFETを使用したインピーダンス変換回路を経由して電圧を出力します.
 つまり,焦電型赤外線センサは,赤外線の受光量が変化したときだけ,出力電圧が変化することになります.焦電型赤外線センサにレンズを付けることで,人体が接近したときや移動したときの,赤外線の変化を検知できるようなります.

●焦電型赤外線センサのシミュレーション用モデル
 図3は,焦電型赤外線センサのシミュレーション用モデルです.応用回路の動作確認を行うためのモデルなので,内部の定数などは実在の素子と同じではありません.


図3 焦電型赤外線センサのシミュレーション用モデル
応用回路の動作確認に使用する.

 焦電型赤外線センサには,ソース・ホロアとして動作するJFETが内蔵されています.一般的に,ソース抵抗は外付けとなっています.図3では,C1とRgでハイパス・フィルタ(微分回路)を構成しており,赤外線の変化があったときだけ電圧が出力される現象を模擬しています.

●人感センサ用増幅回路
 図4は,焦電型赤外線センサを使用した人感センサ用の増幅回路です.焦電型赤外線センサの出力電圧は,非常に小さく,0.7mV程度です.そこで,図4の増幅回路は,十分なゲインが得られるよう,オペアンプを2個使用した構成となっています.


図4 焦電型赤外線センサを使用した人感センサに使用する増幅回路
OutAまでのトータル・ゲインは66dBになっている.

 1段目が非反転増幅回路となっており,ゲイン(G1)は,式1のように約40dBです.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 人が移動したときの,焦電型赤外線センサから出力される信号周波数は,0.1Hz~10Hz程度です.そのため,低域のカットオフ周波数(fC1)は,式2のように,0.07Hzとなっています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 R2に並列に接続されているC4は高域ゲインを下げて,ノイズによる誤動作を防止するためのものです.カットオフ周波数(fC2)は式3のように,16Hzになっています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 2段目が反転増幅回路となっており,ゲイン(G2)は,式4のように約26dBです.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 Out_A端子までのトータル・ゲインは66dBになります.なお,オペアンプ(U2)の+入力端子は,Vbに接続されており,Out_Aの直流電圧は,Vbと同じ電圧になります.また,2段目の増幅回路のカットオフ周波数も,1段目と同じに設定しています.

●人感センサ用コンパレータ
 図5は,人感センサに使用するコンパレータです.増幅された焦電型赤外線センサの信号が,しきい値電圧を越えたときに,Out_D端子をローレベルにします.使用しているコンパレータICのLT1017はオープン・コレクタ出力となっており,2つのコンパレータ出力を直結することができます.また,IC内部にプルアップ用電流源を内蔵しており,外付けのプルアップ抵抗を省略することができます.

図5 人感センサ用コンパレータ回路
U3とU4でウィンドウ・コンパレータを構成している.

 図5ではコンパレータのU3とU4でウィンドウ・コンパレータを構成しています.
 焦電型赤外線センサの信号が無いとき,Out_A端子の電圧はVbと同じです.そのため,コンパレータのU3とU4ともに“H”レベルを出力します.焦電型赤外線センサがプラス側の信号を出力し,Out_A端子の電圧がVh以上になると,U3が“L”レベルを出力します.すると,Out_D端子は“L”レベルになります.
 次に,焦電型赤外線センサがマイナス側の信号を出力し,Out_A端子の電圧がVl以下になると,U4が“L”レベルを出力します.このときも,Out_D端子は“L”レベルになります.Vccが5Vのとき,Vbは中間電圧の2.5Vとなっており,Vhは3VでVlは2Vになっています.そのため,図5の回路は,増幅された焦電型赤外線センサの出力信号の振幅が,0.5V以上のときに,Out_D端子が“L”レベルになります.

●人感センサ用増幅回路の周波数特性をシミュレーションする
 図6は,人感センサ用増幅回路の周波数特性をシミュレーションするための回路図です.


図6 人感センサ用増幅回路の周波数特性をシミュレーションするための回路図

 焦電型赤外線センサ内の信号源(Vs)からOut_A端子までのゲインと周波数特性をシミュレーションします.
 図7が人感センサ用増幅回路の周波数特性のシミュレーション結果です.


図7 人感センサ用増幅回路の周波数特性のシミュレーション結果

 1Hzのゲインは,65.4dBでほぼ,計算結果と同じ値になっています.低域カットオフ周波数は,0.14Hzとなっており,式2の計算結果よりも高くなっています.しかし,これはセンサ等価回路のC1,Rgを含めると3つハイパス・フィルタが従属接続となっているためです.高域カットオフ周波数が,式3の計算結果よりも高い11Hzとなっているのも,2つのハイパス・フィルタが従属接続となっているためです.

●焦電型赤外線センサを使用した人感センサ回路の出力波形をシミュレーションする
 図6の回路図の解析コマンドをトランジェント解析に変更すると,人感センサの出力波形をシミュレーションすることができます.焦電型赤外線センサ等価回路内の信号源は0.7mV振幅のパルス波を出力するように設定しています.
 図8が焦電型赤外線センサを使用した人感センサ回路のシミュレーション結果です.


図8 焦電型赤外線センサを使用した人感センサ回路のシミュレーション結果
コンパレータ出力は2回“L”レベルになっている.

 上段が焦電型赤外線センサ等価回路内の信号源の出力波形(V(s))で,赤外線を受光したときの,センサの温度変化を模擬した波形になっています.
 中段が,焦電型赤外線センサの出力波形です.C1,Rgがハイパス・フィルタとして動作するため,V(s)のエッジ部分の電圧変化が出力されています.
 下段に,増幅回路出力(Out_A),コンパレータ出力 (Out_D)および基準電圧(Vh,Vl)をプロットしています.
 コンパレータ出力は,増幅回路出力電圧が,Vlよりも小さくなったときと,Vhよりも大きくなったときに“L”レベルになっていることが分かります.人感センサ・ライトでは,コンパレータ出力が“L”レベルになってから,一定時間照明を点灯することになります.
 以上,焦電型赤外線センサについて解説しました.焦電型赤外線センサには,電極の構成方法によって,いくつかのタイプがあり,それぞれ特性が異なるため,用途によって選択する必要があります.また,表面に取り付ける光学フィルタやレンズによって,感度や指向性が異なります.

◆参考文献
日本セラミック株式会社:焦電型赤外線センサについて


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_045.zip

●データ・ファイル内容
pyro_sensor_AC.asc:図6の回路
pyro_sensor_tran.asc:図8をシミュレーションするための回路
pyro_sensor_tran.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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