高い同相入力信号でも差動アンプを動作させる




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■問題
OPアンプ回路

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,同相入力電圧範囲が0V~8.65VのOPアンプに,最大85Vの高い同相入力信号(V1)と差動入力信号(V2)が入力になる差動アンプです.V1(直流45V,交流の振幅40V,周波数100Hz)とV2(直流-2V,交流の振幅1V,周波数1kHz)の信号が加わったとき,outの電圧波形は,図2の(a)~(d)のどの電圧波形になるでしょうか.ただし,OPアンプの電源は10Vとします.


図1 高い同相入力信号で動作する差動アンプ
V1の同相入力信号は最大で85Vになる.


図2 図1のoutの電圧波形
正しい電圧波形は(a)~(d)のどれでしょうか?

(a)の電圧波形 (b)の電圧波形 (c)の電圧波形 (d)の電圧波形

■ヒント

 図1の差動アンプは,高い同相入力信号(V1)が加わっても,OPアンプの同相入力電圧範囲内になります.差動入力信号(V2)からoutまでのゲインを調べると,outの電圧波形がどうなるか分かります.

■解答


(b)の電圧波形

 図1のV1は,直流45V,交流の振幅40Vなので,最大で85Vになります.このとき,OPアンプの入力端子にかかる同相入力電圧は,R4とR5,R6の並列抵抗(R5||R6)からなる分圧回路を通過した電圧なので,V1の最大が85Vのとき,7.08Vになります.この電圧は,OPアンプの同相入力電圧範囲内(0V~8.65V)に入るので,回路は正常に動作します.正常に動作する差動アンプは,同相入力信号を増幅しないので,V1の信号はoutに現れません.
 次に図1のV2からoutまでのゲインは「G=-1」になります.V2は直流-2V,交流の振幅1V,周波数1kHzなので,outは直流が2V,交流の振幅は1V,周波数1kHzで,V2の位相が反転した電圧波形になります.この電圧波形は(b)になります.


■解説

●回路で工夫してOPアンプの同相入力電圧範囲内にする
 OPアンプの同相入力電圧範囲に入る低い同相入力信号の差動アンプには,図1のR3とR6が必要ありません.しかし,R3とR6がない差動アンプに,最大85Vの高い同相入力信号(V1)が加わると,OPアンプの同相入力電圧範囲を超えてしまい動作しません.この対策として,R3とR6を加え,OPアンプの同相入力電圧範囲内にしています.
 ここでは,図1のLT1413を使用した,差動アンプを例に,OPアンプの同相入力電圧範囲の調べ方を解説します.そして,図1の差動アンプで,OPアンプの反転端子と非反転端子にかかる同相入力電圧を計算し,計算した電圧はOPアンプの同相入力電圧範囲内であることを確認します.最後にトータルの特性として,図1の差動アンプにV1(直流45V,交流の振幅40V,周波数100Hz)と,差動入力信号V2(直流-2V,交流の振幅1V,周波数1kHz)の2つが入力信号のとき,outの信号がどのようになるかを検討します.

●OPアンプの同相入力電圧範囲の調べ方
 まず初めに,図1の差動アンプで使用した,OPアンプの同相入力電圧範囲について解説します.同相入力電圧範囲は,OPアンプの反転端子と非反転端子に同じ電圧が加わるとき,OPアンプとして動作する入力の電圧範囲のことです.この同相入力電圧範囲をOPアンプのデータシートから読み取ります.
 図3は,LT1413のデータシートになります.OPアンプの同相入力電圧範囲の項目は,データシートにはありません.しかし,同相信号除去比(CMRR)の試験条件から読み取ります.CMRRは「差動ゲイン÷同相ゲイン」で表します.OPアンプは差動ゲインが非常に高く,同相ゲインは非常に低いことが求められるので,CMRRの比をデシベル(dB)で表した数値が高いほど,OPアンプの性能が良いことになります.図3のデータシートでは,CMRRの試験条件(CONDITIONS)に「VCM=0V to 3.65V」の記載があります.このデータシートはOPアンプの電源が5Vのときの規格ですので,LT1413ACN8は,「電源が5Vのとき,同相入力電圧が0V~3.65VでCMRRは90dB以上,標準で101dB」となります.言い換えると,電源が5VのときCMRR規格を満足するには,同相入力電圧は0V~3.65Vの範囲になり,これが同相入力電圧範囲と見なせます.


図3 LT1413のデータシート
CMRRを測定する条件でOPアンプの同相入力電圧範囲が分かる.

●電源電圧が10VのときのOPアンプ同相入力電圧範囲の検討
 図1のOPアンプの電源は,10Vなので,先程の図3の電源が5Vの同相入力電圧範囲より広くなります.電源電圧がデータシートと異なるときの同相入力電圧範囲は,OPアンプの内部回路のどこで決まるかを検討すると,おおよその同相入力電圧範囲が分かります.
 図4は,データシートに記載されているOPアンプ内部等価回路の入力段を抜き出した回路になります.「Q1,Q2,Q3,Q4,Q7,Q8」がOPアンプ内部の差動アンプ,「Q5,Q6,Q9」がカレント・ミラーです.この入力段に図3のCMRRの試験条件にある,電源が「V+=5V」,同相入力電圧範囲の最大値となる「VCMmax=3.65V」を電圧源で示しました.


図4 同相入力電圧を解説するための等価回路

 図4の電源(V+)が5Vから,同相入力電圧の最大値(VCMmax)が3.65Vを減じた電圧は,1.35Vになります.この1.35VはQ1,Q2,Q3,Q4とQ6が動作するのに必要な電圧になります.動作するのに必要な電圧1.35Vは,電源が10Vになっても大きく変化しないことから,電源電圧が10Vのときの同相入力電圧の最大値は式1と見なせます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 同相入力電圧範囲の最低は0Vで変わらないので,図1のOPアンプの電源が10Vのときのおおよその同相入力電圧範囲は0V~8.65Vとなります.

●差動アンプ中のOPアンプの入力にかかる同相入力電圧
 図5は,図1の差動アンプでV1の同相入力電圧が最大値の85Vになるときを検討する回路です.V1とV2の2つの入力信号のうち,V2はそのままで,V1を直流85Vに変更しています.ここでは図5を用いて,OPアンプの入力にかかる同相入力電圧(VCM)を調べます.


図5 図1のOPアンプの入力にかかる同相入力電圧を調べる回路
各ノードの直流動作点を青字で記載している.

 図5のOPアンプの反転端子と非反転端子は,バーチャル・ショートで同じ同相入力電圧(VCM)がかかります.この同相入力電圧(VCM)はV1の85VをR4とR5,R6の並列抵抗(R5||R6)で分圧した電圧になり,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式2へ「R4=R5=10MΩ」,「R3=1MΩ」,「V1=85V」を代入すると,同相入力電圧(VCM)は7.08Vになります.この同相入力電圧は,先程の式1を使って調べた,電源が10Vのときの同相入力電圧範囲0V~8.65Vに入りますので,図5の差動アンプは動作することになります.

 図5には,青字で各ノードの直流動作点のシミュレーション結果を載せています.OPアンプの反転端子と非反転端子はバーチャル・ショートになり,同相入力電圧は約7.09Vですので,式2とほぼ等しい結果になるのが分かります.

●差動アンプ出力電圧の机上計算
 図6(a)図6(b)は,図1のV1とV2の2つの入力が差動アンプに加わったとき,outの信号を重ね合わせの理で机上計算する回路です.重ね合わせの理は,複数個ある電圧源,電流源を1つ残して各々回路解析し,その結果を重ねる(解を加え合わせる)ことにより答えを導きます.回路の電圧源や電流源を1つ残すときは,他の電圧源をショート,他の電流源をオープンにして計算します.計算を簡単にするため,OPアンプは理想とします.


図6 図1の差動アンプの出力電圧を計算する回路
重ね合わせの理より「Vout=Vout1+Vout2」になる.

 図6(a)は,OPアンプを理想とすると,OPアンプの非反転端子はGNDと見なせます.非反転端子がGNDになると,反転端子はバーチャル・グラウンドになります.すると,R3の両端はGNDになるので,R3は回路から取り除いて検討ができます.R3を取り除くと,図6(a)は反転アンプになります.out1は、V2の信号を反転アンプで増幅した信号になり,式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 図6(b)は,V1の同相信号が差動アンプにかかります.OPアンプを理想とすると,差動アンプは同相信号を増幅しないので,out2の信号は式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 重ね合わせの理より,VoutはVout1とVout2を加えたものなので,式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5に「R1=R2=10MΩ」を入れるとゲインは「G=-1」になります.V2は直流-2V,交流の振幅1V,周波数1kHzなので,outは直流が2V,交流の振幅は1Vで,V2の位相が反転した1kHzの信号になります.

●高い同相入力信号で動作する差動アンプのシミュレーション
 図7は,図1の差動アンプのシミュレーション結果で,outの信号V(out)とV2の信号V(in1,in2)をプロットしました.V(in1,in2)はin1とin2の差電圧なのでV2になります.図7のoutの信号とV2の信号の関係は,先程の式5と同じになり,outの信号はV2の信号をゲインが「G=-1」で増幅した信号になります.問題の答え合わせをすると,outの電圧波形は図2の(b)になることが分かります.


図7 図1のoutとV2の信号
outはV2をG=-1で増幅した信号になる.

 以上,高い同相入力信号で動作する差動アンプについて解説しました.ここで検討したOPアンプの同相入力電圧範囲は,電源が5Vで温度が25℃のときです.データシートには温度範囲を指定したCMRR,また両電源にしたときのCMRRの規格があり,そのときの同相入力電圧範囲も記載されています.OPアンプの同相入力電圧範囲を読み取るとき,電源や温度が実使用に近いところのCMRRの測定条件を用いることがポイントになります.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_040.zip

●データ・ファイル内容
High common mode input Amplifier.asc:図1の回路
High common mode input Amplifier.plt:図1のプロットを指定するファイル
High common mode input Amplifier 2.asc:図5の回路

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