バッテリ電流モニタの最大動作電圧を上げる方法




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■問題
計測回路

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,電気自動車用の高電圧バッテリから出力される電流を測定するための回路です.シャント抵抗(Rs)に流れる電流をIC1(電流シャント・モニタ)で検出し,その電流に比例した電圧がOut端子に得られるようになっています.IC1の内部にあるZ1は,5Vのツェナー・ダイオードで,IC1の最大動作電圧が65Vです.
 トランジスタ(Q2)は,IC1の最大動作電圧よりも高い電圧のバッテリも使用できるように追加されたもです.Q2のエミッタ・ベース間電圧の最大定格は7Vで,エミッタ・コレクタ間電圧およびベース・コレクタ間電圧の最大定格は400Vです.図1の回路で使用可能なバッテリの最大電圧の表記として,最も適切なのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 高電圧バッテリの電流モニタ回路
この回路で使用することのできるバッテリ電圧の最大値は?

(a) 72V未満 (b) 335V未満 (c) 404V未満 (d) 465V未満

■ヒント

 半導体の最大定格は,その半導体を破壊しないために,越えてはならない最大値です.図1の各部の電圧が,バッテリの電圧を変えたときにどのように変化するかを考えれば,答えが分かります.

■解答


(c) 404V未満

 図1の回路で,Q2のベース電圧(VB)は,バッテリの電圧(VBAT)から,ツェナー・ダイオード(Z1)の電圧の5Vを引いた電圧になるため「VB=VBAT-5」となります.そして,Q2のエミッタ電圧(VE)はベース電圧よりも約0.7V高い電圧になるため,「VE=VBAT-5+0.7=VBAT-4.3」となります.そのため,Q2のコレクタ電圧が0Vのとき,Q2のエミッタ・コレクタ間電圧(VEC)は,「VEC=VBAT-4.3」になります.そのため,VECが最大定格の400Vになるバッテリ電圧は,約404Vとなります.つまり,図1の回路で用することのできるバッテリ電圧の最大値は,404V未満ということになります.


■解説

●基本的な電流モニタ回路の動作
 図2は,図1の電流モニタ回路を動作が分かりやすいように書き換えたものです.高電圧で,使用できるようにするための回路は省略してあります.
 負荷電流がRsに流れることで,Rsに電圧降下が発生します.オペアンプA1はA点の電圧とB点の電圧が等しくなるように,トランジスタ(Q1)のベース電圧をコントロールします.その結果,Q1には負荷電流に比例した電流が流れ,Out端子には負荷電流に比例した電圧が発生します負荷電流をILとし,Out端子の電圧をVOUTとすると,VOUTは式1で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 図2の定数を代入すると,式2のようになり,負荷電流1Aのときに1Vの電圧が発生します.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)


図2 基本的な電流モニタ回路の動作を理解するための回路
A点の電圧とB点の電圧が等しくなるように,オペアンプが制御する.

●高電圧バッテリも使用できるように改良する
 図2の回路では,オペアンプの電源・グランド間と,トランジスタ(Q1)のエミッタ・コレクタ間にバッテリ電圧が印加されます.高電圧バッテリも使用できるようにするためには,オペアンプとトランジスタを高耐圧化する必要があります.ただし,オペアンプを高耐圧化することは簡単ではなく,オペアンプと同一チップに内蔵されるトランジスタの耐圧もあまり高くできません.ハイブリッド・カーや電気自動車に使用される動力用バッテリの電圧は,350V~360V程度となっており,図2の回路では対応できません.
 そこで,図1のように,ツェナー・ダイオードと高耐圧トランジスタ(Q2)を追加することで,高電圧バッテリでも使用できるように改良することができます.R3とツェナー・ダイオードの働きで,G点の電圧はバッテリ電圧(VBAT)から5V下がった電圧で安定化されます.そのため,オペアンプの電源・GND間に印加される電圧は,5Vで一定になります.
 C点の電圧は,G点の電圧よりもQ2のエミッタ・ベース電圧(0.7V)だけ高くなります.Q1のエミッタ・コレクタ電圧も,4.3Vになります.高電圧が印加されるのは,Q2だけとなるため,このトランジスタだけを高耐圧トランジスタとすることで,高電圧バッテリでも使用できる回路になります.Q2のコレクタ電圧が0Vのとき,Q2のエミッタ・コレクタ間電圧(VEC)は式3のようになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 Q2のエミッタ・コレクタ間電圧の最大定格をVECOとすると,Q2のエミッタ・コレクタ間電圧が最大定格電圧となるVBATは,式1を使用して,式4のように計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 VECOが400Vであれば,図3の回路の最大定格は約404Vとなります.

●高電圧バッテリ電流モニタをシミュレーションする
 図3の回路は,図1をシミュレーションするための回路です.負荷電流(IL)とバッテリ電圧(VBAT)の値を変えてシミュレーションを行います.


図3 図1をシミュレーションするための回路
負荷電流(IL)とバッテリ電圧(VBAT)の値を変えてシミュレーションを行う

 図4は,ILの値を0Aから5Aまで変化させたときのOut端子の電圧のシミュレーション結果です.Out端子の電圧はILの値に比例して0V~5Vまで変化していることが分かります.ILが1AのときにOut端子の電圧は1Vとなっており,式2の結果と一致しています.


図4 ILの値を0Aから5Aまで変化させたときのOut端子の電圧
ILが1AのときOut端子の電圧は1Vとなっており,式2の結果と一致している.

 図5は,ILを0Aとして,VBATを10Vから410Vまで変化させたときのシミュレーション結果です.オペアンプの電源・GND間の電圧と,Q1のエミッタ・コレクタ間電圧は,バッテリの電圧が変化しても一定の電圧になっています.トランジスタQ2のエミッタ・コレクタ間電圧は,バッテリ電圧から4V程度低い電圧となっています.つまり,Q2のみを高耐圧トランジスタとすることで,高電圧バッテリの電流をモニタできることになります.


図5 VBATの値を10Vから410Vまで変化させたときのシミュレーション結果
オペアンプとQ1に印加される電圧は,バッテリの電圧が変化しても一定となっている.

●電流シャント・モニタ用ICの動作をシミュレーションする
 図6は,電流シャント・モニタ用ICのAD8212の動作をシミュレーションするための回路です.AD8212は,高耐圧PNPトランジスタを追加して使用するための特別な機能が内蔵されています.図3の回路では,ROUTに流れる電流は,Q2のベース電流分だけ減少し,誤差要因となります.


図6 AD8212(電流シャント・モニタ用IC)の動作をシミュレーションするための回路
シミュレーションには,SPICEモデルをダウンロードする必要がある.

 AD8212は,追加したトランジスタのベース電流を検出することで,減少分を補正する機能が内蔵されており,より高精度に電流を検出することができます.なお,AD8212は,現時点ではLTspiceのライブラリに登録されていないため,シミュレーションを行うためには,SPICEモデルをダウンロードする必要があります.
 図6では,このモデルに合わせて作成したAD8212のシンボルを使用しています.ダウンロードしたAD8212.cirを,回路図およびAD8212のシンボルファイルと同じフォルダに保存してください.AD8212.cirはテキスト・ファイルとなっており,その内容を確認することができます.AD8212.cirでモデル化されているのは,基本機能のみで,外付けトランジスタのベース電流補正機能はモデル化されていないようです.
 図7は,図6のシミュレーション結果です.Out端子の電圧は,負荷電流ILに比例したものになっています.


図7 AD8212の電流検出機能のシミュレーション結果
Out端子の電圧は,負荷電流ILに比例したものになっている.

 以上,高電圧バッテリの電流モニタについて解説しました.高電圧システムで,電源電圧-5Vといった補助電源を作成して高耐圧化する手法は,電流モニタだけでなく,ハイサイド・ドライバ回路等でも使用されています.

◆参考資料
AD8212仕様書


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_037.zip

●データ・ファイル内容
HV_CSM.asc:図3の回路
CSM_AD8212.asc:図6の回路
AD8212.asy:AD8212のシンボル・ファイ

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