心電図測定回路の基礎
図1は,心電図測定の簡略化したイメージ図です.左右の手首につけられた電極で,心電信号を検出します.この心電図測定回路の,入力部分に関する説明として,最も妥当なのは(a)~(d)のどれでしょうか.
入力部分に関する説明として,最も妥当なのは?
(a) 信号の減衰を防ぐため,入力抵抗は極力大きくする
(b) ノイズの混入を避けるため,入力抵抗は極力小さくする
(c) 正確に信号を検出するため,入力電極には直流バイアス電圧を印加する
(d) 正確に信号を検出するため,入力電極には交流バイアス電圧を印加する
心電図は,心臓が拍動するときに発生する微小電圧を,皮膚の表面で検出し,時間を横軸にしてグラフ化したものです.この点に着目すれば答えが分かります.
心電図測定回路は,心臓が拍動するときに発生する微小電圧(心電)を,皮膚の表面に付けた電極で検出します.皮膚の表面から信号源に相当する部分までの抵抗はかなり大きく,100kΩ程度になることがあります.そのため,検出信号の減衰を防ぐには,入力抵抗を極力大きくする必要があります.そのため,正解は(a)となります.電極に電圧を印加することは,安全上望ましくないため,(c),(d)は間違いです.また,入力抵抗が小さいと,信号が減衰するだけでなく,信号源抵抗がアンバランスとなったときの悪影響も大きくなるので(b)も間違いとなります.
●心電図の基礎知識
心電図の仕組みは,心筋細胞が発生する電圧を検出して,時間的な変化を記録したものです.体表面に取り付けた電極で心電を検出しますが,体のどの部分の電圧を検出するかで,心電図の波形が変わります.そのため,正確な診断を行うためには,電極を取り付ける位置も重要です.医療用の心電図計では合計10個の電極を使用し,いろいろな部分の電圧を検出できるようにしています.
簡易的には,右足を基準(GND)とし,右手と左手の電位差を検出することで心電図を取得することができます.図1はその状態をイメージしたものです.
図2は,図1のように測定した心電図の一例です.一般的なひとの心拍数は,毎分60~100回程度です.そのため,心電の基本波は1~1.7Hz程度ということになります.また,心電図はその波形を見て診断するため,基本波以外に,高調波成分も重要になります.一般的には,20Hz程度までの高調波成分が取得できれば良いようです.
心電の基本波は1~1.7Hz程度となっている.
●入力抵抗の値
心電の発生箇所から,心電図測定回路の入力端子までの間には,心筋内部抵抗や皮膚表面抵抗など,さまざまな抵抗成分があります.これを回路図で表したものが,図3になります.
VinはRinが小さいほど小さくなる
心筋細胞が発生する心電をVhとし,さまざまな抵抗(R1,R2,R3)の合計値をRとします.そして心電測定回路の入力抵抗をRinとすると,心電測定回路に入力される電圧(Vin)は式1で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1から分かるように,VinはRinが小さいほど小さくなります.その減衰係数をkとすると,kは式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
次に,減衰係数からRinを求めるため,式2を式3のように変形します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
信号の減衰量を5%以下にしたい場合は,減衰係数を0.95以上とする必要があります.ここで,Rが100kΩだった場合に,kを0.95以上とするRinの値を求めると,式4のように,1.9MΩ以上とすればよいことが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●心電図表示器の構成
図4は,心電図測定回路を簡略化した,心電図表示器のブロック図です.右手の電極から検出した信号を差動増幅回路のIN_R端子に入力し,左手の電極から検出した信号をIN_L端子に入力します.心電図を測定するときに問題となるのが,ハム・ノイズの混入です.ハム・ノイズとは,家庭用電源で使用している,50Hzや60Hzのノイズのことです.微弱な心電信号に対し,非常に大きなレベルのハム・ノイズが混入する可能性があります.
人体の2か所で心電信号を検出した場合,双方の電極にハム・ノイズが混入しますが,ハム・ノイズの位相と振幅は,ほぼ同じになります.このようなときには,2つの入力端子の差電圧だけを増幅する差動増幅回路を使用することで,ハム・ノイズの影響を軽減することができます.
図4の差動増幅回路の出力は,IN_R端子とIN_L端子の差電圧を増幅したものになります.その出力は直流成分をカットするためのハイパス・フィルタと,高域ノイズを減衰させるためのローパス・フィルタを経由したあと,A-Dコンバータでディジタル・データに変換します.変換されたディジタル・データはディジタル信号処理により,50Hzや60Hzのハム・ノイズを取り除き,表示器に表示します.
このような構成とすることで,簡易的に心電図を表示することができます
●差動増幅回路の動作をシミュレーションで確認する
図5は,心電図表示器の入力段に使用する差動増幅回路です.3つのオペアンプで構成されており,オペアンプU1とU2の入力は2.2MΩの抵抗(RinL,RinR)で2.5Vのref端子に接続されています.そのため,この差動増幅回路の入力抵抗は2.2MΩということになります.入力抵抗が大きいため,オペアンプは,入力バイアス電流の小さいAD8602を使用しています.
ハム・ノイズが混入した心電信号を増幅する.
実測した心電信号から作成したデータを使用してシミュレーションを行う.
この回路は「R3=R1,R4=R2,R7=R5」とすると,差動入力から,Out端子までのゲイン(G)は,式5で表すことができます.図5の定数を式5に代入すると,ゲイン(G)は46dBになります.
・・・・・・・・・(5)
差動増幅回路の入力には,抵抗RhLとRhRを介して,電圧源のVhLとVhRが接続されています.VhLとVhRは,実測した心電信号から作成したデータ・ファイルの「ecg_data.txt」を使用して,0.8mVPP程度の心電信号を発生させます.RhLとRhRはそれぞれ100kΩとなっており,これが心電信号の信号源抵抗になります.Vhumはハム・ノイズを模擬するための信号源で,20mVPPで50Hzの正弦波を発生させます.
●差動増幅回路のシミュレーション結果
図6は,図5のシミュレーション結果です.上段がR端子の信号で中断がL端子の信号です.0.8mVPP程度の心電信号に20mVPPのハム・ノイズが混入しているため,ハム・ノイズがメインで,心電信号はほとんど確認できません.下段が差動増幅回路の出力の波形です.ハム・ノイズはほとんどなく,増幅された心電信号のみとなっています.
差動増幅回路の出力は,増幅された心電信号のみとなっている.
●信号源抵抗の値が異なるとき
図5の回路では,差動増幅回路のそれぞれの入力に,均等にハム・ノイズが印加されているため,差動増幅回路の出力にはハム・ノイズがほとんど出力されません.ただし,実際に心電信号を検出する場合は,電極と皮膚の接触抵抗がそれぞれの電極で異なり,信号源抵抗がアンバランスになることがあります.そこで,信号源抵抗がアンバランスになったときの差動増幅回路の出力をシミュレーションで確認してみます.
図7は,図5の回路のRhRは100kΩのままで,RhLのみを150kΩに変更したときの回路図と差動増幅回路出力のシミュレーション結果です.図6と比べると若干ハム・ノイズが混入していますが,極端な悪化はありません.
若干ハム・ノイズが混入しているが,極端な悪化はない.
図8は,図7の回路の入力抵抗を220kΩに変更した回路図と,差動増幅回路出力のシミュレーション結果です.なお,カットオフ周波数を合わせるため,C1,C2の値も2.2μFに変更しています.図7と比べると,ハム・ノイズがかなり混入していることが分かります.
ハム・ノイズがかなり混入している
入力抵抗が小さい場合は,信号源抵抗がアンバランスになったときに,それぞれの入力信号の大きさの違いが大きくなります.そのため,差動増幅回路でハム・ノイズをうまく打ち消すことができず,ハム・ノイズの混入量が大きくなってしまいます.このように,入力抵抗が小さいと,信号が減衰するだけでなく,信号源抵抗がアンバランスとなったときの悪影響も大きくなってしまいます.
以上,心電図測定回路の基礎について解説しました.心電図測定回路のような,人体の信号を検出する実験を行う場合は,安全上の問題があるため,電源には交流電源ではなく,バッテリーを使用するなどの配慮が必要になります.
◆参考資料
Interface2021年7月号
第7章 定番回路…フィルタ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_035.zip
●データ・ファイル内容
ECG_Input.asc:図5の回路
ecg_data.txt:心電信号データ
ECG_Input.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
ECG_Input_150K_2.2meg.asc:図5の回路
ECG_Input_150K_220k.asc:図5の回路
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