感度の低いVBE基準の定電流源




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■問題
トランジスタ回路

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,Q2のコレクタからIC2の電流を引き込むように出力する,VBEが基準の定電流源の回路です.IC2を求める式を図1の記号を使って表すと,正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.ただし,トランジスタの電流増幅率は非常に高く,ベース電流は無視します.


図1 VBEが基準の定電流源
IC2を求める式は(a)~(d)のどれでしょうか?

(a) IC2=VBE1/R2
(b) IC2=VBE2/R1
(c) IC2=(VCC-VBE1-VBE2)/R1
(d) IC2=(VCC-VBE2)/R2

■ヒント

 図1のどこに流れる電流がIC2になるのか,その電流は,回路のどこで決まるのかを検討すると簡単に分かります.

■解答


(a) IC2=VBE1/R2

 トランジスタのベース電流を無視すると,Q2のコレクタ電流(IC2)は,R2の電流(IR2)で決まります.R2の電流は「IR2=VBE1/R2」になので,(a)の「IC2=VBE1/R2」が正解になります.(a)の式より,図1はVBE1を基準にして,R2で電流調整をする定電流源回路になります.


■解説

●定電流源に求められる特性
 定電流源回路は,電源電圧の変化や出力に繋がる負荷が変化しても,一定の出力電流になることが求められます.なので,電源電圧の変化に対して,感度が低く,出力電流の変化が小さい特性が求められます.
 図1について電源電圧の変化に着目すると,定電流源の出力電流は,VBE1を基準にR2で調整する回路なので,先程の(a)の式に直接的に電源電圧(VCCの項)は入りません.なので,図1は,電源電圧の変化に対して出力電流の感度が低く,電流変化が小さい長所があります.
 以降では,図1のVBEを基準とした定電流源回路はVBE1とR2で電流が決まるのを確かめます.そして,電源電圧が基準の定電流源の基本回路(図2)と図1のVBEを基準とした定電流源回路を比較し,図1が,電源電圧の変化に対して,感度が低く,出力電流の変化が小さいことを確かめます.

●電源電圧が基準の定電流源の基本回路
 図2は,電源電圧が基準の定電流源の基本回路です.図2のR1は,定電流源の出力電流を決める抵抗です.Q2のコレクタが定電流源の出力,Q1とQ2がカレント・ミラーになります.カレント・ミラーはQ1のコレクタ電流(IC1)とQ2のコレクタ電流(IC2)が等しい電流になります.


図2 カレント・ミラーを使った定電流源の基本回路
VCCの変化によりIC2が変化する弱点がある.

 次に,図2の定電流源出力(IC2)を検討します.まず,R1の電流は「IR1=(VCC-VBE1)/R1」で決まります.トランジスタの電流増幅率は非常に高く,ベース電流を無視すると,R1の電流はQ1のコレクタ電流(IC1)とみなせます.Q1とQ2はカレント・ミラーなので,「IC1=IC2」になります.以上の動作より,定電流源出力(IC2)は,R1の電流(IR1)の電流で決まり,式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1より,VCC>>VBE1となる条件で,定電流源出力(IC2)は,VCCに比例して変化することが分かります.このように図2の電源電圧が基準の定電流源の基本回路は,電源電圧の変化に対して出力電流の感度が高いのが弱点になります.

●電源電圧が基準の定電流源の特性
 図3は,図2をシミュレーションした結果です.VCCを0V~5.5VまでスイープしたときのIC2の変化をプロットしました.X軸は電源電圧(VCC),Y軸は定電流源出力(IC2)です.図3より,VCCが5VのときのIC2の電流は89μA,VCCが10%変化した5.5VのときのIC2の電流は100μAになります.この結果より,VCCが10%変化すると,IC2は12%の変化となり,VCCの変化に対するIC2の感度が比例して高くなることが分かります.


図3 図2のIC2をプロットとしたシミュレーション結果
VCCの変化に対するIC2の感度が高いことが分かる.

●VBEが基準の定電流源の特性
 図1図4は同じ回路です.図4は,解説のため図1の回路にIR1,IR2,IC1,IC2,IE2の各電流と,VBE1の電圧を図示し,シミュレーションするため「.DC」解析の指定と「.meas」による測定を加えました.


図4 図1の回路をシミュレーションする回路
「.DC」の解析と「.meas」の測定の指定を加えた.

 図4の定電流源出力(IC2)を机上計算します.トランジスタの電流増幅率は非常に高く,ベース電流を無視すると,Q2のコレクタ電流(IC2)は,エミッタ電流(IE2)とみなせます.そしてエミッタ電流(IE2)はR2の電流(IR2)とみなせるので,IC2はR2の電流で決まります.具体的には,R2の両端の電圧はQ1のベース・エミッタ電圧(VBE1)なので,R2の電流は「IR2=VBE1/R2」になります.この電流がIC2になるので,定電流源出力(IC2)は式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 机上計算でおおよその電流を求める場合,通常,VBEを約0.7V(700mV)で計算します.今回は,図4のVBE1で値を調べると「VBE1=707mV」でした.R2の抵抗値は「R2=10kΩ」なので,IC2の定電流源出力は「IC2=71μA」になります.
 R1の電流(IR1)は,Q1のコレクタ電流(IC1)になり,ベース・エミッタ電圧(VBE1)を発生させます.IR1はVCCで変化しますが,VBE1はIC1が変化しても電圧の変化は低いので,式2のIC2は電源電圧の変化に対して出力電流の感度が低くなり,電流変化が小さい回路になります.

●VBEが基準の定電流源出力の感度
 図4の電源電圧(VCC)の変化に対する定電流出力(IC2)の感度を机上計算で調べます.感度を求めると,VCCが1%変化したとき,IC2は何%変化するかが分かります.感度を求めるため,VCCを考慮したときのIC2を式2から導きます.式2のVBE1は式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3のVTは,熱電圧,IS1は,Q1エミッタの逆方向飽和電流です.式3より,IC1の変化は自然対数lnの関数で圧縮されるので,VBE1の変化は小さくなります.
 次にIC1を求めます.IC1はIR1の電流とみなせます.Q1とQ2のベース・エミッタ間電圧はほぼ等しく,「VBE1=VBE2=VBE」と近似すると,IC1は式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 先程の式2は,式3と式4を使うと,式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5が電源電圧(VCC)を考慮したときの定電流源出力(IC2)になります.
 感度を求めるときは式6の感度関数を使います.式6はVCCがΔVCC変化したとき,IC2がΔIC2変化する割合を表します.例えば,式6の結果が1のときは,VCCが1%変化すると,IC2は1%変化することになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6のIC2は式5を入れ,∂IC2/∂VCCは式5をVCCで微分した結果を用いて整理すると,式7になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 式7へ図4の定数「VCC=5V」,「2VBE=1.4V」,「R1=47kΩ」を代入します.IS1は,図4の「.model」ステートメントより「IS1=1×10-16A」,VT/R2は打ち消されるので,式7の感度は,式8の0.05になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 この机上計算より,VCCが1%変化すると,IC2は0.05%変化することになります.これは,図2の定電流源の基本回路のVCCが10%(1%)変化すると,IC2は12%(1.2%)の変化することと比べて,電源電圧(VCC)の変化に対する出力電流(IC2)の感度が低いことが分かります.

●VBEが基準の定電流源のシミュレーション
 図5は,図4のシミュレーション結果です.VCCを0V~5.5VまでスイープしたときのIC2の変化と,VBE1の電圧をB1ラベルでプロットしました.先程の図3のプロットと比べると,回路が起動した約2V以降では,VCCが変化してもIC2の変化は小さくなるのが分かります.VCCが5Vのとき,「VBE1=707mV」,「IC2=71μA」なので,先述の式2で計算した定電流出力と同じになります.


図5 図4のVBE1とIC2をプロットしたシミュレーションの結果
IC2はVBE1とR2より求めた机上計算と一致する.

 図6図4の「.meas」の結果です.

・res1の変数は,VCCが5VのときのIC2の電流
・res2の変数は,VCCが10%高くなった5.5VのときのIC2の電流
・res3の変数は,res1とres2の結果を使い,VCCが10%変化したときのIC2の感度

 図6のres3より,VCCが10%変化すると,IC2は0.6%変化します.先程の式8の結果を10%の変化に換算すると,VCCが10%変化すると,IC2は0.5%の変化となり,シミュレーションで求めた感度と机上計算の感度はほぼ一致します.このようにVBEが基準の定電流源は,電源電圧の変化に対する出力電流の感度が低いことがシミュレーションでも確認できます.


図6 図4の「.meas」の結果
VCCの変化に対するIC2の感度は低いことが分かる.

 以上,VBEが基準の定電流源について解説しました.この回路で注意が必要なのは,式2のVBE1が温度特性を持つことです.トランジスタのベース・エミッタ電圧は約-2mV/℃で温度変化します.使用するときは温度変化に対しての検証が必要になります.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_034.zip

●データ・ファイル内容
Basic Current Source.asc:図2の回路
Basic Current Source.plt:図2のプロットを指定するファイル
current source using VBE.asc:図4の回路
current source using VBE.plt:図4のプロットを指定するファイル

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