定電流源のベース電流補償




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■問題
トランジスタ回路

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,R1で設定した電流を,V2の+端子からQ2のコレクタに引き込むように出力する,カレント・ミラーを使った,定電流源の回路です.Rcompは,R1の電流(IR1)とQ2のコレクタ電流(IC2)を等しくするための補償抵抗になります.IR1が983μAのとき,IC2を同じ電流にする最適なRcompは,(a)~(d)のどれでしょうか.ただし,Q1とQ2は同じ特性のトランジスタです.


図1 カレント・ミラーを使った定電流源
IR1とIC2を等しくする最適な抵抗は何Ω?

(a) 24Ω,(b) 36Ω,(c) 51Ω,(d) 68Ω

■ヒント

 Rcompが無いとき,Q1とQ2はカレント・ミラーなので,IC2は,IR1よりQ1とQ2のベース電流の和「IB1+IB2」だけ低い電流になります.この低くなる電流分を,Rcompの電圧降下によりQ2のベース電圧を僅かに高くし,IR1とIC2が等しくなるように補償しています.Rcompの値を求め,(a)~(d)から近い抵抗を選びます.

■解答


(c) 51Ω

 トランジスタのエミッタ抵抗をreとし,Q1とQ2のトランジスタの特性が同じとき,Rcompの抵抗値を2reにすると,IR1とIC2の電流が同じになります.トランジスタの相互コンダクタンスをgmとすると,エミッタ抵抗は「re=1/gm」になります.
 相互コンダクタンスは「gm=IC/VT」で計算でき,コレクタ電流はR1の電流983μAとすると,熱電圧「VT=26mV」を使って「2re=2*26mV/983μA=53Ω」になります.53Ωに近いのは(c) の51Ωになります.


■解説

●定電流源の基本回路
 図2は,カレント・ミラーを使った定電流源の基本回路です.この定電流源は,素子数が少なく,よく使われる回路です.図2のR1は定電流源の出力電流を決める抵抗で,Q2のコレクタが定電流源の出力となります,Q1とQ2は,カレント・ミラーで,Q1のコレクタ電流(IC1)とQ2のコレクタ電流(IC2)が等しい電流になります.


図2 定電流源の基本回路
ベース電流により,IR1とIC2に誤差がある.

 次に図2のR1で決めた電流(IR1)と定電流源出力(IC2)を検討します.まず,R1の電流は「IR1=(V1-VBE1)/R1」で決まります.Q1のコレクタ電流(IC1)は,Q1とQ2のベース電流があるので,R1の電流から「IB1+IB2」を引いた電流になります.カレント・ミラーにより,「IC1=IC2」になるので,定電流源の出力電流IC2は式1になります.式1よりIC2は,IR1と等しくならず,ベース電流による誤差が生じます.この誤差が図2の欠点になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

●基本回路の誤差を確認する
 ベース電流による誤差を確かめるため,図2をシミュレーションした結果が図3になります.図3はIR1,IC1,IC2の各電流をプロットしました.X軸はV2でスイープした電圧になります.図3より,V2の電圧が約0.3V以上でIC2は一定の電流になる電流源として動作します.カレント・ミラーにより,IC1とIC2は等しくなります.しかし,Q1とQ2のベース電流があるため,IR1とIC1,IC2は等しくならず,R1で決める電流に対し,誤差を生じています.具体的には,R1で決めた電流「IR1=983μA」が,定電流源の出力で「IC2=964μA」なので,設定値に対して約-2%の誤差になります.


図3 図2のIR1,IC1,IC2をプロット
IC1とIC2が等しくなり,IR1から誤差が生じることが分かる.

●ベース電流を補償した定電流源
 図1図4は,同じ回路ですが,解説のため図1の回路にIC1,IB1+IB2の各電流と,Rcompの電圧降下としてΔVcompの記号を加えました.ここでは図4の記号で解説します.図4のベース電流補償は,Q1のベース電圧からΔVcompの電圧分だけ僅かにQ2のベース電圧を高くし,IR1とIC2を等しくする補償方法になります.


図4 ベース電流補償抵抗(Rcomp)を加えた回路
ΔVcompの電圧降下分だけQ2のベース電圧を僅かに高くする.

 Q2のベース電圧がΔVcompの電圧分だけ高くなり,そのときのQ2コレクタ電流の変化をΔIC2とします.ΔIC2はトランジスタの相互コンダクタンスをgmとすると,式2になります.式2のΔIC2をQ1とQ2のベース電流の和「IB1+IB2」に設定するとベース電流補償になり,「IC2=IR1」になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ベース電流補償すると,IC1とIC2が異なり,IB1とIB2に僅かな差が生じます.しかし,ここではおおよその計算として,IB1とIB2はほぼ等しいとし,「IB1=IB2=IB」で考えます.2つのベース電流はIBなので,ΔIC2を式3になるようにします.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 ΔVcompは,Q1のベース電流とRcompの電圧降下なので,式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 Q2の相互コンダクタンスgmは式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式2へ式3,式4,式5を代入し,Rcompで整理すると,式6になります.ここで,VT/IC2はトランジスタのエミッタ抵抗(re)になります.式6より,Rcompを2reに設定するとベース電流補償になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 具体的なRcompを机上計算します.R1の電流とQ2のコレクタ電流が等しい「IR1=IC2=983μA」とすると,熱電圧「VT=26mV」を使って「2re=2*26mV/983μA=53Ω」になります.53Ωに近いのは(c) 51Ωになります.

●ベース電流補償後のシミュレーション
 図5は,図1の「Rcomp=51Ω」に設定したシミュレーション結果で,IR1,IC1,IC2の各電流をプロットしました.X軸はV2でスイープした電圧になります.図5より,V2の電圧が約0.3V以上でIC2は一定の電流になる定電流源として動作します.そして,R1で決めた電流「IR1=983μA」に対し,定電流源の出力は「IC2=982μA」なので,設定値に対して約-0.1%の誤差まで小さくなります.


図5 Rcompが51ΩのIR1,IC1,IC2をプロット
IR1とIC2の電流はほぼ等しくなる.

●エミッタ側に抵抗がある定電流源のベース電流補償
 図1の定電流源の応用で,図6のようにQ1とQ2のエミッタ側にR2とR3の抵抗を追加し,定電流源の出力抵抗を高くした回路もよく使われます.図6図1と同じ現象でベース電流による誤差を生じるので,「IC2=IR1」となるようにベース電流補償したRcompについて,追加で検討します.
 図6は,図1にR2とR3が加わっただけなので,図1の机上計算が使えます.図6図1の机上計算で異なるのは,トランジスタの相互コンダクタンスです.図6の最適なRcompを求めるときは,図1の机上計算で図6の相互コンダクタンスを使います.


図6 エミッタ側にR2とR3がある回路
Rcompの電圧降下でIR1とIC2を等しくする.

 図6のR2,R3のエミッタの抵抗は同じ抵抗値なので「R2=R3=RE」とします.トランジスタにREを加えたときの相互コンダクタンスをGmとすると,式7になります.式7の小文字のgmは,REがないときの相互コンダクタンスで式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 図1で検討した式2を使って,Rcompを求めます.式2のΔIC2とΔVcompは先程の式3と式4を代入します.相互コンダクタンスは違うので,式7を代入します.Rcompで整理すると式8になります.式8より,図6のRcompを2(re+RE)に設定するとベース電流補償になります.
 式6と式8から分かるように,図1図6の定電流源は,共にエミッタ側の抵抗を2倍したRcompにすると,ベース電流補償になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 具体的なRcompを机上計算します.R1の電流とQ2のコレクタ電流が等しい「IR1=IC2=893.2μA」とすると,熱電圧「VT=26mV」を使って「2(re+RE)=2*(26mV/893.2μA+430Ω)=918Ω」になります.E24系列の抵抗から近い抵抗を選ぶと910Ωになり,この抵抗が図6のRcompになります.

●REを加えたときのシミュレーション
 図7は,図6の「Rcomp=910Ω」に設定したシミュレーション結果で,IR1,IC1,IC2の各電流をプロットしました.X軸はV2でスイープした電圧になります.図7より,V2の電圧が約0.7V以上でIC2は一定の電流になる電流源として動作します.そして,R1で決めた電流「IR1=893.2μA」に対し,定電流源の出力は「IC2=892.8μA」なので,設定値に対して約-0.04%の誤差まで小さくなります.


図7 Rcompが910ΩのIR1,IC1,IC2をプロット
IR1とIC2の電流はほぼ等しくなる.

 以上,カレント・ミラーを使った定電流源のベース電流補償について解説しました.この補償方法はRcompを加えるだけでベース電流補償ができるのが利点です.注意点として,相互コンダクタンスは温度で変化するので,この補償方法を用いるときは温度変化に対しての検証が必要になります.カレント・ミラーで特性が同じトランジスタを使うときは,アナログ・デバイセズ社のMAT12SSM2212のマッチング・トランジスタがあります.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_032.zip

●データ・ファイル内容
Current Source IB compensation1.asc:図1の回路
Current Source IB compensation1.plt:図1のプロットを指定するファイル
Basic Current Source.asc:図2の回路
Basic Current Source.plt:図2のプロットを指定するファイル
Current Source IB compensation2.asc:図6の回路
Current Source IB compensation2.plt:図6のプロットを指定するファイル

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