交通系ICカードのデータ伝送の仕組み




LTspiceドット・コマンドから学ぶアナログ回路アーカイブs

■問題
電源回路

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,SuicaやPASMOといった,交通系ICカード(以下ICカード)のデータを改札機のリーダ/ライタで読み取るようすを示した模式図です.ICカードのデータはリーダ/ライタによって非接触で読み取られています.このとき,使用されている技術の説明として正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 ICカードのデータをリーダ/ライタで読み取るようすを示した模式図
このとき使用されている通信技術は?

(a) Bluetooth LEを使用してデータ伝送を行っている
(b) 無線LANを使用してデータ伝送を行っている
(c) 赤外線通信によりデータ伝送を行っている
(d) 電磁結合を使用してデータ伝送を行っている

■ヒント

 ICカードは,読み取り機にかざすだけで使用できますが,カードの中には電池や充電式のバッテリは内蔵されていません.この点に着目すれば,答えは簡単に分かります.

■解答


(d) 電磁結合を使用してデータ伝送を行っている

 SuicaやPASMOといったICカードは,電源が内蔵されていないため,読み取り機から電力を供給されて動作します.電力の供給はコイルを使用した電磁結合で行います.このとき,同時に信号の伝送も行っています.


■解説

●ICカードは,コイル間の電磁結合で電力を得て動作する
 ICカードには,ソニーが開発した,FeliCaという技術が使われています.ICカードの内部には電源を持たず,リーダ/ライタから電磁結合により電力を供給します.そしてデータ伝送も電磁結合によって行われます.
 図2がICカードとリーダ/ライタの構造図です.リーダ/ライタとICカードの両者にアンテナとなるコイルが設けられています.この2つのコイルを近づけることで,トランスのように電力を伝えることができます.


図2 ICカードとリーダ/ライタの構造図
両者にアンテナとなるコイルが設けられている.

●ICカード・システムの概要
 図3は,簡略化したICカードのシステムのブロック図です.ICカードとリーダ/ライタは本来は双方向に通信できます.ただし,図3ではICカードからリーダ/ライタに向かって,一方向にデータを送信するように簡略化しています.


図3 簡略化したICカード・システムのブロック図

 リーダ/ライタのアンテナ・コイル(L1)は,13.56MHzの信号が加わっています.ICカードのアンテナ・コイル(L2)には,並列にコンデンサ(C1)が接続されており,共振回路を構成しています.その共振周波数は,13.56MHzになるように,定数設定されています.
 L2をL1に近づけると,相互誘導作用により,L2にも13.56MHzの信号が発生します.この信号を整流回路で直流電圧に変換し,ICカード内部のICチップの電源として使用します.ICカードからリーダ/ライタにデータを送信するときは,アンテナ・コイルに並列に接続されたスイッチ(S1)を使用します.

●搬送波の振幅を変化させてデータ伝送を行う
 送信データを,後述するマンチェスタ(Manchester)方式で符号化した信号で,S1をON/OFFさせます.S1をONさせると,L1とL2から構成されるトランスの2次側の電流が増加し,1次側のL1の電流も増加します.L1の電流が増加すると,R1の電圧降下により,A点の振幅が減少します.
 つまり,A点の振幅は,S1のON/OFFに同期して変化します.このように搬送波の振幅を変化させてデータ伝送を行う変調方式のことをASK(Amplitude Shift Keying)と呼びます.FeliCaでは振幅を10%変化させてデータ伝送を行います.A点の振幅変化は,復調回路により,デジタルデータとして復元されます.

●マンチェスタ(Manchester)方式
 マンチェスタ方式は,データを伝送するときに,1および0のデータが連続しても,必ず信号変化があるように考えられた符号化方式です.信号の立ち下りで1を表し,信号の立ち上がりで0を表すように定義されています.
 図4は,マンチェスタ方式でデータを符号化する方法を表したものです.上段がクロック信号で,中段がデータです.下段が,マンチェスタ方式で符号化された信号になります.


図4 マンチェスタ方式でデータを符号化する方法

●ICカードシステムをLTspiceで確認する
 図5は,ICカード・システムの,動作の概要をシミュレーションするための回路です.実際に使用されている回路と同じではありませんが,電力とデータ伝送の仕組みを理解することができます.


図5 ICカード・システムの動作の概要を確認する回路
電力とデータ伝送の仕組みを理解することができる.

 V1は,送信用の信号源で13.56MHzの正弦波信号を出力します.L1がリーダ/ライタのアンテナ・コイルで,L2がICカードのアンテナ・コイルです.両者の結合度合いは,結合係数(k1)で設定します.リーダ/ライタとICカードの距離が近いほど,結合係数を大きくします.
 ダイオード(D1)は,ICカード内部の電源を作るための整流用ダイオードです.C2と共にC点に直流電圧を発生させます.抵抗(R4)は,負荷抵抗で,ICカード内のICの動作電流を模擬します.
 V2は,データ伝送用の符号化信号をイメージしたもので,400kHzの矩形波です.この矩形波信号で,電圧制御スイッチ(S1)を駆動します.ダイオード(D2)は,A点に発生するASK信号を検波し,振幅変調成分を取り出すためのものです.

●ICカードシステムの動作
 図6は,図5のシミュレーション結果です.上段がA点の波形です.13.56MHzの信号が出力されていますが,途中から振幅が変化しています.これがASK信号で,振幅成分にはICカード側で送信したデジタルデータが含まれています.
 中段がB点の波形とC点の波形です.L1とL2が結合することで,B点にも13.56MHz成分の信号が発生します.C点はB点の信号を整流したもので,直流電圧が得られていることが分かります.B点,C点ともに振幅が変化していますが,これは符号化信号を模擬した矩形波でスイッチ(S1)をON/OFFしているためです.
 下段が,G点の波形(符号化信号を模擬した矩形波)と,A点の信号を検波したD点の波形です.D点にはICカードが送信した信号と同等の信号が得られていることが分かります.


図6 ICカード・システムの動作の概要のシミュレーション結果

 以上,ICカードに使われているデータ伝送の仕組みについて解説しました.コイルを使用して,電力伝送を行うものとして,スマートフォンの充電に使われるワイヤレス充電システムが普及してきました.ICカードとは使用している周波数が異なりますが,データ伝送方法等には類似した技術も使われています.

◆参考資料
ソニー「FeliCaのしくみ」

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_031.zip

●データ・ファイル内容
NFC_tran.asc:図5の回路
NFC_tran.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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