交流から直流を作る電圧ダブラ回路
図1は,V1の交流電圧から直流電圧を作る電圧ダブラ回路です.V1の交流電圧の振幅が10Vのとき,outのおおよその直流電圧は(a)~(d)のどれでしょうか.ただし,D1とD2の順方向電圧は0.6Vとします.
outのおおよその電圧は(a)~(d)のどれ?
(a) -9.4V (b) -18.8V (c) +9.4V (d) +18.8V
図1のclamperの名を付けた箇所の電圧波形はどうなるでしょうか.また,その電圧をD2とC2で平滑した直流電圧は何Vになるかを検討すると分かります.
初めに,図1のclamperの名を付けたところの電圧波形を検討します.図1のC1とD1で構成された回路はクランプ回路と呼ばれ,V1の交流電圧に直流オフセット電圧を加える回路になります.
直流オフセット電圧は,V1の交流電圧の振幅(10V)とダイオード(D1)の順方向電圧(0.6V)で決まり,「10V-0.6V=9.4V」になります.クランプ回路により,clamperの電圧波形は,直流オフセット電圧9.4Vを中心に振幅が10Vの交流電圧になります.
次に,outの直流電圧は何Vになるかを検討します.D2はclamperの電圧波形を半波整流し,C2で平滑して直流電圧にします.この動作よりoutの直流電圧は,clamperの電圧波形の最大電圧からダイオード(D2)の順方向電圧(0.6V)を減じた電圧になります.clamperの最大電圧は「直流オフセット電圧9.4V+振幅10V=19.4V」なので,outの直流電圧は「19.4V-0.6V=18.8V」になり,正解は(d)の「+18.8V」になります.
●クランプ回路について
図2は,図1の交流電圧源(V1),ダイオード(D1),コンデンサ(C1)で構成したクランプ回路を抜き出しました.ダイオードとコンデンサを使ったクランプ回路は,V1の交流電圧に直流オフセット電圧を加える働きになります.まずは,図2の動作について,シミュレーション後のプロットを併用して解説します.
●交流電圧に直流オフセット電圧が加わる仕組み
図3は,図2のシミュレーション結果です.図3の上段のV(in)がV1の交流電圧,V(clamper)がクランプ回路の出力電圧になります.下段のV(clamper)-V(in)はC1の充電電圧で,I(D1)がダイオード(D1)に流れる電流になります.
C1の充電電圧はクランパ回路出力の直流オフセット電圧になる.
図2のV1の正弦波交流電圧を一般式で表すと式1になります.vmが振幅,fが周波数,tが時間です.この波形が図3の上段のV(in)のプロットになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
V1が0msからスタートして最初に交流電圧が負になると,ダイオード(D1)にかかる電圧は,順方向になり,図3の下段のI(D1)のプロットのようにD1がONして電流が流れ,C1を充電します.D1がONすると,ダイオードの順方向電圧のvdにより,図3の上段のclamperの電圧は,-vdでクランプされます.クランプ後のC1の充電電圧は,式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2より最大のC1の充電電圧を求めると,「vm=10V」,「vd=0.6V」より,「vm-vd=9.4V」になります.C1の充電電圧の推移は,図3の下段のV(clamper)-V(in) のプロットになります.
次にV1の交流電圧が正になると,ダイオードにかかる電圧は逆方向になり,D1がOFFになります.D1がOFFのときは,C1からダイオードに放電電流が流れないので,「vm-vd」の充電電圧を保持し,その後は保持した一定の直流電圧が続きます.
clamperの電圧は,V1の交流電圧にC1の充電電圧を加えた電圧ですので式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3より,C1の充電電圧「vm-vd」が直流オフセット電圧となり,V1の交流電圧に加わります.clamperの電圧の推移は,図3の上段のV(clamper)のプロットになります.
図1のように,クランプ回路の後段に回路があるときは,V1が正のときに後段に放電電流が流れるので,1回の充電で充電電圧が定まらないことがあります.この場合はV1が負になるサイクルで充電が繰り返され,最終的にC1の充電電圧は「vm-vd」の直流電圧になります.
●電圧ダブラの動作
図4は解説のため,図1のC1とD1のクランプ回路で加える直流バイアス電圧を,バッテリの記号で表した説明図です.図4を用いて,電圧ダブラの動作解説をします.
クランプ回路の直流バイアス電圧はバッテリの記号で表した.
先程調べたように,振幅がvmの交流電圧はクランプ回路を通過すると,「vm-vd」の直流オフセット電圧が加わった式3になります.図4は,式3の「交流電圧+直流オフセット電圧」をD2で半波整流後,C2で平滑するので,outは直流電圧になります.
平滑後のoutの直流電圧は,式3の最大値からD2の順方向電圧(vd)を減じた電圧で決まります.具体的に,式3の最大値は,交流電圧が最大になった電圧なので「vm-vd+vm=2vm-vd」になります.この電圧からD2の順方向電圧(vd)を減算すると,outの電圧は式4になります.outの電圧は,式4の電圧をC2で保持した直流電圧になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4に「vm=10V」,「vd=0.6V」を入れると,outの電圧は「vout=18.8V」になり,解答の(d)になります.
●電圧ダブラのシミュレーション
図5は,図1のシミュレーション結果です.図5のV(in)がV1の交流電圧,V(clamper)がクランプ回路の出力電圧,V(out)が電圧ダブラの出力電圧になります.図5より,時間が経過するとclamperの電圧はV1の交流電圧に直流オフセット電圧を加えた電圧になります.outの電圧は,D2で半波整流後,C2で平滑して18.9Vの直流電圧になり,机上計算とほぼ一致するのが分かります.このように電圧ダブラ(Voltage Doubler)はV1の交流電圧を約2倍にした直流電圧を出力するので,ダブラの名前がついています.
出力電圧はV1の振幅の約2倍になる.
●電圧ダブラを複数段接続する
電圧ダブラは,複数段接続することにより,高い直流電圧得ることができます.図6は,その例で,電圧ダブラを2段接続しました.図6(a)の出力aは約2倍,出力bは約4倍の直流電圧になります.図6(b)は,最終のコンデンサ(ここではC8)の接続先をGNDに変更した回路です.最終のコンデンサをGNDに接続すると,リップル(平滑回路を通過した後の波形の乱れ)を小さくできます.ただし,GNDに接続するときはコンデンサに高い電圧が加わりますので,耐圧に注意してください.
図6(a)のbと図6(b)のcの直流電圧は,電圧ダブラが2個分ですので,式5になります.「vm=10V」,「vd=0.6V」を入れると,bとcの直流電圧はおおよそ4倍の「vout=37.6V」になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
(a)は2段接続して電圧を高くする.
(b)はコンデンサの接続を変えてリップルを小さくする.
●2段接続したシミュレーション
図7は,図6のシミュレーション結果です.図7のV(in)はV1の交流電圧,V(a)とV(b)とV(c)は,aとbとcの出力電圧をプロットになります.
aは電圧ダブラ1ステージの出力ですので,先程の式4で求めた「vout=18.8V」に近い電圧になります.bとcは式5から求めた「vout=37.6V」に近い電圧になります.bとcは最終のコンデンサの接続先が違います.
C8の片側をGNDにするとリップルを小さくできる.
図7のV(b)とV(c)の2つのプロットを比較すると,図6(a)は,リップルは大きくなりますが,早く安定します.コンデンサ(C4)にかかる電圧は,最大で入力の交流電圧振幅(vm)の2倍なので,全て同じ耐圧のコンデンサが使えます.
図6(b)の方は,リップルは小さくなりますが,安定するのに少し時間がかかります.コンデンサ(C8)だけ高い電圧が加わるので,耐圧に注意する必要があります.
ここでは解説しませんでしたが,出力電圧を約3倍にする電圧トリプラ(Voltage Tripler)もあります.また関連するメルマガとして,コッククロフト・ウォルトン回路で高電圧を発生させる「正の極性で1万ボルトに昇圧できる回路はどっち?」もありますので,ご参考になさってください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_018.zip
●データ・ファイル内容
Voltage Doubler.asc:図1の回路
Voltage Doubler.plt:図1のプロットを指定するファイル
Voltage Clamper.asc:図2の回路
Voltage Clamper.plt:図2のプロットを指定するファイル
Voltage Quadrupler.asc:図6の回路
Voltage Quadrupler.plt:図6のプロットを指定するファイル
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