寄生ダイオードの主な効果
図1(a)(b)のように,micro:bit(マイコン・ボード)やブラシ付きDCモータ,ドライバICなどでガジェットを試作しました.そのとき,図2のドライバICの内部回路を確認したところ,出力側のFETに寄生ダイオードが記載されていました.この寄生ダイオードの主な効果は,(a)~(d)のどれでしょうか.
(a) 電磁ノイズの低減 (b) FETの保護 (c) ブラシ付きDCモータの保護 (d) 効果はない
ブラシ付きDCモータの中身は,大きなコイルと見なせます.そのコイルに電流を流した後に瞬間的にスイッチを切ると,何が起きるでしょうか?
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コイルは,流れていた電流を流し続ける性質があります.また,ブラシ付きDCモータは,小型の物でも数100uH~数mHと比較的大きいインダクタンスを持つため,その性質が顕著に現れます.瞬間的にスイッチを切るということは抵抗が急に大きくなることと同じで,そこに電流が流れた場合大きな電圧を発生させ,FETを破損してしまう恐れがあります.そうならないように,寄生ダイオードが電流のパスを作り,FETを保護しています.
●ブラシ付きDCモータの特性
まずは,ブラシ付きDCモータの特性を図3(a)の内部構造と図3(b)の等価回路を用いて説明します.
ブラシ付きDCモータは,図3(a)のようにブラシ,整流子,コイル,ロータ,永久磁石から構成されています.3つあるロータにはそれぞれコイルが何重にも巻かれており,このコイルに電流が流れると,整流子とブラシの位置関係に応じてロータにN極またはS極の磁界が発生します.ここで発生した磁界が永久磁石と引かれ合うことで回転力を生み,モータが回転する仕組みです.
このとき,電流としてはブラシ→整流子→コイル→整流子→ブラシのルートで流れることになります.ブラシや整流子の内部抵抗や接触抵抗は比較的小さいため無視できるとすると,このルートはコイルのインダクタンス(La)[H]とコイルの抵抗成分Ra[Ω]の直列回路で表すことができます.更に,モータの回転に伴い誘起電圧Ec[V]が発生します.以上より,ブラシ付きDCモータの等価回路は図3(b)の回路図のように表せます.また,図3(b)の回路図は,電源電圧をE[V],モータに流れる電流をIa[A]とすると,式1で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここでEcは,逆起電力定数をKe[V/rpm],回転数をN[rpm]とすると,式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
●ダイオード無しを確認する
図4(a)は,図3(b)を使って,モータに流れる電流をON/OFFさせる回路です.図4(b)は,図4(a)のシミュレーション結果です.各定数は,手元にあった一般的なブラシ付きDCモータの特性を参照しています.
図4(a)の場合,FET(M1)のドレイン-ソース間電圧のVds[V]が式1の右辺に加わって,式3の電源電圧の関係式が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図4(b)に示すように,Vinが5Vから0VになりM1がOFFした瞬間に,M1のドレイン-ソース間Vds(点Vb)に数100Vの電圧が発生していることが分かります.これは,短時間の間にモータ電流(Ia)がONからOFFに変化したことで,インダクタンス(La)が大きな逆起電力を発生させて,式3の右辺第二項が-側に大きな数値となり,その分をVdsが背負っているためです.
これは定性的には,コイルは流れていた電流を流し続ける性質があり,瞬間的にスイッチを切ることは抵抗値が急激に大きくなることと同じで,電流が流れると大きな電圧を発生させてしまうことからも理解できると思います.
●ダイオード有りを確認する
図4(a)の回路の場合,FET(M1)のドレイン-ソース間の耐圧が低いと,FETを壊してしまう恐れがあります.そこで,一般的には,図5(a)のようにモータに並列にダイオード(D1)を接続する対応が取られています.
ダイオードを追加した場合,図5(b)に示すように,M1がOFFした瞬間の電圧が5V程度まで軽減されていることが分かります.これは,ダイオード(D1)に流れる電流I(D1)の波形を見ると分かるように,M1がOFFした瞬間にダイオード(D1)に1A程度の電流が流れていることが要因です.
M1がOFFした瞬間にインダクタンス(La)によって大きな逆起電力が発生すると,D1のアノード側には+,カソード側には-の電圧が加わり,結果としてD1の順方向に電流が流れます.そしてその電流はD1と抵抗(Ra)によって熱に変換され,エネルギーが消費されます.
このように,ダイオードをモータに並列に接続すると,逆起電力による電圧の跳ね上がりをダイオードの順方向電圧程度に抑えることができ,スイッチング素子にかかる電圧を大幅に低減することができます.なお,このような用途で用いられるダイオードは,フリーホイール・ダイオードや還流ダイオードと呼ばれます.
●ダイオードの効果を確認
ここで,ダイオードの効果を実機で確認してみます.図6(a)は図4(a)の回路,図6(b)は図5(a)の回路を用いて実機での観測結果を示したものです.実際に検討されるときは,FETの耐圧には十分注意して下さい.
青色:M1のゲート-ソース電圧
紫色:M1のドレイン-ソース電圧
図6(a)では,260V程度あったドレイン-ソース電圧が,図6(b)では10V程度まで低減できていることが確認できました.なお,シミュレーションで得られた電圧値との差異は,M1のターンOFF時間やD1の順方向特性,モータ誘起電圧Ecの違いなどが影響していると考えています.
●双方向回転が可能なHブリッジ制御回路
ここまでモータは,一方向のみで,スイッチング素子は1つだけのシンプルな回路を用いてきました.次に,ガジェットで用いたHブリッジ制御回路でダイオードの効果を確認してみます.
Hブリッジ制御回路は,図7のようにスイッチング素子を4つ持ち,それぞれの素子をたすき掛けでON/OFFすることで,モータを正転方向と逆転方向の双方向で回転させるようにした回路です.
なお,図7のSW1~SW4には,通常はトランジスタもしくはFETが用いられます.これらの素子をONするために,エミッタまたはソースに対して高い電圧を,ベースまたゲートに加える必要があります.
スイッチ制御用のICは,出力できる電圧範囲が限られています.そのため,ハイサイド側(SW1,SW2)に対して,素子をONできる程の電圧が出力できない場合があります.そこで,ブートストラップと呼ばれる,制御用ICの出力電圧を底上げする回路が用いられます.
●電圧制御スイッチを使ってHブリッジ制御回路を組む
LTspiceでは,LTC4440のようにブートストラップ回路に対応した部品が複数用意されています.しかし,ブートストラップ回路やスイッチング素子を使用する場合,部品選定や定数設定をする必要があり,少しの手間が発生します.簡易的な動作確認や制御ロジックの検討をしたい場合は,そこまで厳密に回路にこだわる必要はありません.そんなときは,電圧制御スイッチと呼ばれる,シミュレーションの世界だけに存在するスイッチを使って,簡易的に手早く回路を組むことができます.
図8は,電圧制御スイッチのモデルと使い方を示したものです.このスイッチは,その名の通り,電圧によってON/OFFを制御でき,抵抗値や電圧しきい値を自由に設定することができます.使い方としては,図8のように「.model」とスイッチ名を宣言した後に,設定したい値を入力します.
図9は,図8の電圧制御スイッチを使って作成したしたHブリッジ制御回路です.ここでは「正転→回生ブレーキ→逆転」というフローで制御を行いました.また,それぞれのスイッチングのタイミングは,上下のスイッチ素子が同時ONになってショート状態とならないように少し時間をずらしています.いわゆるデッドタイムを設けています.
図10は,図9のシミュレーション結果です.下から2番目のグラフのI(Ra)を見て分かるように,正転時は3A程度,回生ブレーキ時は0A,逆転時は逆方向に3A程度の電流が流れており,制御自体は問題なく行われています.
しかし,一番下のVa点の電圧を見て分かるように,正転モードが終了した瞬間に,-1.6MVという極めて大きいレベルの電圧が確認されました.図9の点Vaは,図4の点Vbと電流の流れる方向が異なるため,電圧の正負の向きは逆になります.これは,図4で説明したように,コイルは流れていた電流を流し続ける性質があり,瞬間的にスイッチ(ここではS1)を切って抵抗値が増大したことで発生したものです.なお,電圧制御スイッチを使用する際,このスイッチは「理想的なスイッチ」で,トランジスタやFETに存在する寄生容量が存在しないことに注意して下さい.そのため,スイッチのON/OFFが瞬間的に行われ,実機よりも電流の時間的な変化が大きく見えてしまいます.結果として,図9のようにMVオーダという通常あり得ないレベルの電圧が発生する場合が,シミュレーションの世界の動きと捉えて下さい.
●Hブリッジ制御回路でもダイオードが効果を発揮する
図11は,図2のHブリッジ制御回路に記載されている,各スイッチに寄生するダイオードが接続したときの挙動を確認します.
図12は,図11のシミュレーション結果です.図12の1番下のグラフのように,正転モードが終了した瞬間のVaの沈み込みを大幅に低減することができました.低減できた理由は,Vaの電圧が-側に下がろうとするとダイオード(D3)を通して電流が流れ,Vaの電圧は,GNDレベルからD3の順方向電圧を引いたレベルにクランプされるためです.
このとき,インダクタンス(La)に流れていた電流は「La→S4→D3→La」のパスを通ってLaに戻ってきます.これは,図12のI(D3)のグラフでS1がOFFした瞬間にD3に電流が流れていることからも確認することができます.
このように,Hブリッジ制御回路においても,寄生ダイオードによる電流パスを作ることで,コイルによる電圧の跳ね上がり・沈み込みを低減してスイッチング素子を保護できることが分かりました.よって,問題の答えは(b) FETの保護となります.
●オムニ・ホイールの紹介
図1で使用しているオムニ・ホイールは,3つまたは4つのホイールをそれぞれ独立して制御することで,全方向に走行可能な特殊なホイールです.ロボットやパーソナル・モビリティとの相性が良く,最近の事例では,WHILLという電動車いす等でも応用されています.興味のある方は,Hブリッジ制御回路を試すついでに動かしてみてはいかがでしょうか.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_012.zip
●データ・ファイル内容
DCmotor4_no_d.asc:図4の回路
DCmotor4_no_d.plt:図4のPlot settinngsファイル
DCmotor5_with_d.asc:図5の回路
DCmotor5_with_d.plt:図5のPlot settinngsファイル
Hbridge9_no_d.asc:図9の回路
Hbridge9_no_d.plt:図9のPlot settinngsファイル
Hbridge11_with_d.asc:図11の回路
Hbridge11_with_d.plt:図11のPlot settinngsファイル
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