マイコン・ボードの電源の違い




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■問題
電源回路

ボーノ / buonoatsushi

 加湿器を開発するため,microbitというマイコン・ボードの3.3V電源ピンに超音波噴霧モジュール(水面を超音波で振動させ水蒸気化させる装置)を接続しました.図1(a)が配線図,図1(b)が回路図を示しています.この回路の仕様でモジュールを動作させたとき,リニア・レギュレータ(U1)が発熱しました.U1は何W消費しているか(a)~(d)の中から選んでください.


図1 超音波噴霧モジュールの動作回路
【仕様】
・超音波噴霧モジュールの負荷は,抵抗値換算で7.5Ω
・U1およびモジュール以外に流れる電流は無視できる

(a) 0.50W (b) 0.75W (c) 1.00W (d) 1.25W


■ヒント

 microbitでは,USBケーブル経由で入力された5Vを,リニア・レギュレータを使って3.3Vに変換しています.リニア・レギュレータの場合,その電圧の差分に比例して損失が大きくなります.

※解説動画をhttps://www.youtube.com/c/BuonoTVに投稿しています.ぜひ,そちらもご覧ください.

■解答


(b) 0.75W

 負荷の超音波噴霧モジュールには「3.3V/7.5Ω=0.44A」が流れます.リニア・レギュレータ(U1)に発生する電力は「0.44A×(5V-3.3V)≒0.75W」となります.


■解説

●リニア・レギュレータの動作説明
 消費電力を求めるためには,まず,リニア・レギュレータの動作を理解する必要があります.図2(a)は,リニア・レギュレータ(U1)の内部回路を表したものです.ICの内部の情報は概要しか公開されていないため,定数や型名などは,今回のシミュレーション用に任意で選んだものです.U1の内部はPチャンネルのMOS-FET(M1)と,電圧フィードバック用の抵抗(R1,R2),エラー・アンプ(U2),基準電圧(Vref)から構成されています.なお,Coutは位相補償用のコンデンサで,発振を防止するために使われています.


図2 リニア・レギュレータ内部回路

 初期状態では,Voutが0Vなので,V+の電位も0Vです.なので,Vrefの方が高くなるためU2の出力は"L"となります.M1はPチャンネルなのでゲート電位が下がることでスイッチがONし,Voutが上昇し始めます.
 Voutが上昇することでV+も上昇し,Vrefを上回るとU2が"H"出力となるためM1がOFFし,Voutが減少し始めます.
 M1のON/OFFによってVoutの上昇・下降を高速に繰り返し,電圧の安定化を図っているのがリニア・レギュレータの基本動作です.この動作は図2(b)のように,可変抵抗Rvarの値を制御回路で切り替えてVoutの電圧を調整している,という概略図で表すことができます.
 そして,Rvarで発生する電力は,熱に変換され,消費されることになります.そのため,リニア・レギュレータは原理的に消費電力が大きく,熱に注意が必要な部品となります.

●リニア・レギュレータの消費電力
 動作が理解できたところで,図2(a)の回路のとき,リニア・レギュレータ(U1)にはどの程度の消費電力が発生するか見てみます.なお,U1の内部回路において制御回路部に流れる電流は微小なので,ここでは「U1の消費電力=PチャンネルMOS-FET(M1)の消費電力」とみなします.
 M1のドレインに流れる電流(Id)は,図2(a)から明らかなように流入電流(Iin)と等しくなります.また,抵抗(R1,R2)の抵抗値は負荷に比べて十分に大きいため,Idは出力電流Ioutと等しいとみなすことができます.IoutはVoutを負荷(R)で割った値となるため,それぞれの電流は式1で求められます.
Id=Iin=Iout=3.3V/7.5Ω=0.44A ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 M1のドレイン-ソース間にかかる電圧(Vds)は,式2のように入力電圧(Vin)と出力電圧(Vout)の差分Vdifとなり等しくなります.

Vds=Vdif=Vin-Vout=5V-3.3V=1.7V ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 以上,式1,式2より,リニア・レギュレータ(U1)の消費電力(P)は,式3で算出することができます.

P=Id×Vds=Iout×(Vin-Vout)=0.44A×1.7V≒0.75W ・・・・・・・・・・・・・・・(3) 

 よって,(b) 0.75Wが正解だと分かります.

●LTspiceで消費電力を確認する
 机上の計算で消費電力を求めることができました.しかし,LTspiceを使うとより簡単にシミュレーションすることができるので覚えておくと便利です.図3(a)~(c)に,図2(a)の回路をシミュレーションした結果を示します.ここでは,Transientモードを使用しています.


図3 図2(a)のシミュレーション結果

 図3(a)では,式1の通り各部に流れる電流は等しく,かつ,440mAの電流が流れていることが確認できます.また,図3(b)からは,V(vin)-V(vout)を計算することで,M1の両端に1.7Vの電位差が発生していることが分かります.そして図3(c)は,M1で消費している電力(V(vin)-V(vout))×I(R)を計算したものです.
 LTspiceは,電力を確認する方法がいくつかあります.ここでは,図4に記載の方法で計算式を入力し,グラフ上に表示させています.


図4 電力計算式の入力方法

 また,グラフ上の「(V(vin)-V(vout))*I(R)」の文字の部分をクリックすると,図3の右側に表示したように値を読むことができます.シミュレーションでも,U1がおよそ0.75Wを消費していることが確認できました.
 ICのパッケージにもよりますが,小さいICだと熱抵抗が100~200℃/W程度あるので,1W近い電力が発生すると今回の事例のように素子がかなり発熱してしまう事になります.本来であればサーマルビアやヒートシンク,ファンなどの冷却手段で十分に熱抵抗を下げるのが理想的です.そうできない場合は,流す電流量が制限される事になります.

●マイコン・ボードの3.3V電源ピンには2種類の方式がある
 解説したようにmicrobitでは,3.3V電源ピン用の電源はリニア・レギュレータを使用して生成されているため,大きな電流を流せないことが分かりました.それでは,他のマイコン・ボードの3.3V電源ピンはどのようになっているのでしょうか.
 結論として,リニア・レギュレータとスイッチング・レギュレータの2種類が混在していることが分かります.スイッチン・グレギュレータとは,リニア・レギュレータの弱点である大きな消費電力を低減するため,トランジスタをスイッチングさせることで,電圧変換を行う方式です.

表1 各マイコン・ボードの3.3V電源ピンの方式まとめ

 表1を見ると,ラズベリー・パイ4やM5Stackやのように,機能面や性能面が求められるボードは,スイッチング方式を採用する傾向があることが分かります.スイッチング方式は,部品点数が増えるため基板面積が大きくなり,コストも高くなります.しかし,さまざまな用途に対応することを優先させた結果なのだと考えています.加えて,これらのボードは比較的新しいため,インターフェースにUSB Type-Cが採用されて電流容量が大きくなったことも関係していると考えています.

●消費電力が少ないスイッチング方式
 比較のために,例題と同じ負荷をスイッチング方式で動作させた場合,消費電力がどの程度になるか確認してみます.なお,スイッチング方式を採用しているラズベリー・パイ4やM5Stackの内部回路の詳細は公開されていないため,ここではLTspiceにあらかじめ登録されている,降圧コンバータ用制御ICのサンプル回路を使用しました.あくまでもリニア・レギュレータ方式との比較のための参考結果として捉えて下さい.
 図5は,制御IC LTC1879(同期整流型)のサンプル回路を,入出力電圧や負荷が図2(a)と合うように変更したものです.加えて,電流測定用に微小な抵抗を各部に追加しています.


図5 スイッチング方式の回路

 また,今回は「.meas」コマンドを使用して消費電力を計測しています.「.meas」コマンドを使うと,平均値の計算や時間範囲指定等の細かい設定が容易に行えるため,こちらの方法も覚えておくと重宝します.
 「.meas」コマンドは図6のような構文となっており,この例では「1.2ms~2.0msの期間で,V(in)*I(V1)という式の平均値を計算し,その結果をPinと呼ぶ」ということを表しています.図5の下部に記載のAとBのコマンドはそれぞれ入力電力および出力電力,CとDはそれぞれIC内部のFETの消費電力を計算するためのコマンドです.


図6 「.meas」コマンドの中身

 図7図5のシミュレーション結果を示します.これより,LTC1879の内部のFETがスイッチングすることで5Vの入力電圧から3.3Vが作られ,結果として7.5Ωの負荷Rload1に440mAの電流が流れていることが分かります.これで,図3と同様の条件が作れたことが確認できました.


図7 スイッチング方式のシミュレーション結果

●入出力電力の確認
 それでは,この条件で入出力電力を確認してみます.図8は,図5の「.meas」コマンドの出力結果です.「View」メニューの「SPICE Error Log」から確認できます.


図8 「.meas」コマンド出力結果

 この結果から,入力電力Pinが1.57W,出力電力Poutが1.45Wなので,変換部の消費電力は「Pin-Pout=1.57W-1.45W=0.12W」しかないことが分かります.同じ負荷条件でリニア・レギュレータでは0.75Wの消費電力が発生していたため,その大きさは1/6以下に低減されたということになります.なお,内部の2つのFETの消費電力を足すと0.11W程度なので,0.12Wのうち,大半はこれらFETが消費していることが分かります.
 スイッチング方式の場合は,スイッチング素子をON/OFFするスピードや周波数,部品特性によって,大きく消費電力が変わるため,どんなICでもこのように低減できる訳ではありません.しかし,スイッチング方式が消費電力を大きく低減できることは理解して頂けたかと思います.

 以上,説明してきたように,同じ負荷条件でも,電源の方式の違いで消費電力は大きく異なります.基本的にマイコン・ボードは,大電流を供給することを想定されていないため,そのような用途の場合,別の外部電源を使用するのが無難です.やむを得ず,マイコン・ボードから大きな電流を流す際は,内部の回路まで気を配り,どの電源方式で作られたものなのかを確認してから使用するようにしましょう.また,事前にシミュレーションをして,定格電流・定格電力以内に収まるかを確認するのも重要です.ぜひシミュレーションを積極的に活用して下さい.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_006.zip

●データ・ファイル内容
Linear_regulator.asc:図2をシミュレーションするための回路
Linear_regulator.plt:図2のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Switching_regulator.asc:図5をシミュレーションするための回路
Switching_regulator.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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