AMステレオ放送の変調技術




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■問題
変調回路

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,日本の中波AMステレオ放送の送信機の機能を一部簡略化したブロック図です.L(左側チャンネル)とR(右側チャンネル)の,2チャンネル・ステレオ放送となっています.発振回路の角周波数をωとしたとき,Q点の信号(VQ:直交変調された信号)を表す式として,最も適切なのは,(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 中波AMステレオ放送の,送信機の機能を一部簡略化したブロック図
Q点の信号(VQ)を表す,最も適切な式はどれでしょうか.

(a) VQ=(L+R)*sin(ω*t)+(L-R)*cos(ω*t)
(b) VQ=(L+R+1)*sin(ω*t)+(L-R)*cos(ω*t)
(c) VQ=(L+R)*sin(ω*t)+(L-R+1)*cos(ω*t)
(d) VQ=(L+R)*sin(ω*t)*(L-R)*cos(ω*t)


■ヒント

 振幅変調と搬送波抑圧振幅変調の違いを考え,図1と式を見比べれば,答えは簡単に分かります.

■解答


(b) VQ=(L+R+1)*sin(ω*t)+(L-R)*cos(ω*t)

 振幅変調は,搬送波(図1の発振回路出力)の振幅を信号(S)の大きさに応じて変化させます.信号が0のときは一定振幅の搬送波になります.これを式で表すと(1+S)*sin(ω*t)となります.
 一方,搬送波抑圧振幅変調波も,信号の大きさによって搬送波の振幅が変化します.しかし,信号が0のときは何も出力されません.これを式で表すと「S*sin(ω*t)」となります.サイン波の位相を90°ずらしたものがコサイン波なので,図1のブロック図を表す式は「VQ=(L+R+1)*sin(ω*t)+(L-R)*cos(ω*t)」となります.


■解説

●2つの信号を同時に伝送する直交変調と同期検波
 日本の中波AMステレオ放送では,ステレオ信号を伝送するために直交変調という技術が使われています.直交変調は,互いに90°位相のずれた搬送波を使用することで,2つの信号を同時に伝送することができものです.
 変調波を「Vp=(1+a)*sin(ω*t)+b*cos(ω*t)」のようにすると,(a)と(b)の信号を同時に伝送することができます.一般的に振幅変調波から信号を取り出す場合,ダイオードを使用したエンベロープ検波が使われますが,直交変調波から信号を取り出すときは,同期検波を使用します.

●同期検波の原理
 図2は,同期検波の原理を説明するための波形です.一番上の(A)が振幅変調波で,10kHzの搬送波を,1kHzの信号で振幅変調しています.(B)は同期検波するための,振幅±1Vの矩形波で,搬送波と同位相となっています.この波形と振幅変調波の掛け算を行うことで,同期検波することができます.(C)が同期検波出力で,(A)と(B)の掛け算をしたものです.(D)は,(C)の波形を,カットオフ周波数2kHzのローパス・フィルタに通したものです.同期検波により1kHzの信号が復調できることが分かります.


図2 同期検波の原理を説明するための波形1
搬送波と同位相の矩形波を掛け算することで,振幅変調波が復調できる.

 図3は,(B)の矩形波の位相を,搬送波と90°ずらしたものです.(C),(D)を見ると分かるように,掛け算する矩形波の位相が90°ずれている場合,復調出力に1kHzの成分はありません.


図3 同期検波の原理を説明するための波形2
掛け算する矩形波の位相が90°ずれている場合,復調出力に1kHzの成分は無い.

 図2図3を見ると分かるように,同期検波を使用すると,掛け算する矩形波の位相と同じ位相の変調信号だけを復調することができます.
 なお,図2図3は,データ・ファイルに収録されている,I_DET.ascを使用して作成しています.I_DET.ascでは,同期検波回路をB電源による乗算で実現しています.

●LTspiceで中波AMステレオ放送の信号を合成する
 図4は,LTspiceを使用して,図1のQ点の信号を合成するための回路です.R信号は,1kHzで1VPPの正弦波です.R信号のみの波形を合成するため,L信号は,1mVと非常にに小さな振幅にしています.Vsinが発振回路に相当するもので,ピーク電圧1Vで1MHzの搬送波を作っています.Vcosが90°位相シフト回路の出力に相当するものです.
 B1のパラメータは「V=((V(L)+V(R))+1)*V(SIN)+(V(L)-V(R))*V(COS)」となっており,これは図1のQ点の波形を表す,正解の(b)「VQ=(L+R+1)*sin(ω*t)+(L-R)*cos(ω*t)」に相当するものです.


図4 LTspiceを使用して,図1のQ点の信号を合成するための回路
B1のパラメータは「V=((V(L)+V(R))+1)*V(SIN)+(V(L)-V(R))*V(COS)」となっている.

 図5は,図4のシミュレーション結果です.Q点の波形を見ると,エンベロープがR信号とは微妙に異なっており,少しひずんでいます.モノラル放送でR信号のみを送信した場合は,エンベロープ波形はR信号とまったく同じになるため,Q点の波形はモノラル放送との互換性に問題があることになります.  そのため,日本で採用された中波AMステレオ放送では,Q点の波形をリミッタを通して振幅成分を取り除いた後,再度(L+R)信号で振幅変調をすることで,モノラル放送との互換性を高めています.この方式はC-QUAM(Compatible Quadrature Amplitude Modulation)方式と呼ばれています.  C-QUAM方式の受信機では,逆変調と呼ばれる巧妙な方法で,Q点と同等な波形を再生し,その信号からL,R信号を復調しています.


図5 LTspiceで合成した,中波AMステレオ放送の(Q点の)信号
エンベロープがR信号とは微妙に異なっており,少しひずんでいる.

●AMステレオ放送の変調信号を復調する受信機
 図6は,AMステレオ放送の変調信号を復調するための受信機を,簡略化した回路です.実際のC-QUAM方式の受信回路にある逆変調回路等は省略し,Q点の信号が復元できているという前提の構成になっています.また,本来,復調用のキャリア信号は,受信信号からPLLを使用して作り出す必要がありますが,回路を簡単にするため,AMステレオ信号の合成に使用した図4のVsinとVcosの信号を利用しています.


図6 AMステレオ放送の変調信号を復調するための回路
Q1~Q6および,Q7~Q12はそれぞれ同期検波回路として動作する.

 Q信号の合成回路は,図4と同じですが,L信号は1VPPで400Hzの正弦波でR信号は1VPPで1kHzの正弦波となっています.Q1~Q6,および,Q7~Q12はそれぞれ同期検波回路として動作します.Q5のベースにはQ信号が入力され,Q2,Q3にはSIN信号が入力されているため,R4には(L+R)信号が復調されます.また,Q11のベースには,Q信号が入力され,Q8,Q9にはCOS信号が入力されているため,R5には(L-R)信号が復調され,R6にはR5とは逆位相の-(L-R)信号が復調されます.R10とR12で(L+R)信号と(L-R)信号を加算します.するとLOUT端子には式1のように,L信号が出力されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 そして,R13とR11で(L+R)信号と-(L-R)信号を加算します.するとROUT端子には式2のように,R信号が出力されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 なお,図6で使用している同期検波回路の詳細に関しては,LTspiceアナログ電子回路入門:No21「ギルバート型乗算回路の出力波形はどれ?」を参照してください.

●復調回路のシミュレーション結果
 図7がAMステレオ放送復調回路のシミュレーション結果です.上段がQ点の波形です.下段がLOUT端子とROUT端子の波形ですが,それぞれ400Hzと1kHzの信号となっており,ステレオ信号が正しく復調できています.


図7 AMステレオ放送復調回路のシミュレーション結果
LOUT端子とROUT端子の波形から,ステレオ信号が正しく復調できていることが分かる

 以上,日本の中波AMステレオ放送で使用された,直交変調について解説しました.AMステレオ放送は1992年に放送を開始しました.しかし,あまり普及せず,対応受信機の販売も終了しています.ただし,直交変調の応用技術は,大容量デジタルデータの伝送技術として,広く使われています.

◆参考資料◆
(1)中波ステレオ放送方式:https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1978/43/7/43_7_684/_pdf

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_005.zip

●データ・ファイル内容
I_DET.asc:図2,図3をシミュレーションするための回路
QUAM.asc:図4の回路
AMstDEC_M.asc:図6の回路

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