インバータ回路の理想の特性




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■問題
ディジタル回路

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1の(a)~(d)は,P型MOSFETとN型MOSFETを使用したのインバータ回路です.回路の違いは,P型MOSFETとN型MOSFETのチャネルの幅(Width)と長さ(Length)の比,(Wp/Lp)と(Wn/Ln)になります.
 図2は,(a)~(d)の回路に,入力電圧を0Vから5Vまで変化させて,出力電圧を調べると,ある回路で,入力電圧が2.5Vのとき,出力電圧が2.5Vのスイッチング・ポイントになる理想の特性となりました.(a)~(d)の回路で,図2の特性を示す回路はどれでしょうか.
 ただし,P型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータは「KPp=10μA/V2」,N型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータが「KPn=30μA/V2」,P型MOSFETとN型MOSFETのしきい値は「Vtp=Vtn=0.7V」,電源は「VDD=5V」です.


図1 チャネルの(Wp/Lp)と(Wn/Ln)が異なる4つのインバータ回路
チャネルの幅(Width)とチャネルの長さ(Length)の比,(Wp/Lp)と(Wn/Ln)が違う.


図2 入力電圧を変化させたときの出力電圧をプロット
この特性になる回路はどれでしょうか.

(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路


■ヒント

 インバータは,入力電圧と出力電圧の入出力特性をプロットすると,スイッチング・ポイントを境に入力電圧と出力電圧が反転する特性になります.図2のスイッチング・ポイントは,入力電圧が2.5VでP型MOSFETとN型MOSFETに流れる電流が同じときに,この入出力特性になります.P型MOSFETとN型MOSFETの電流が等しくなる(Wp/Lp)と(Wn/Ln)を検討すると分かります.

■解答


(b)の回路

 入力電圧を0Vから変化させて2.5Vになると,電源は5Vなので,P型MOSFETとN型MOSFETのゲート・ソース電圧は同じ2.5Vになります.ゲート・ソース電圧が同じとき,P型MOSFETとN型MOSFETを同じ特性にするとドレイン電流は同じになります.出力電圧は電源の半分の2.5Vになります.この状態が図2のスイッチング・ポイントになります.
 P型MOSFETとN型MOSFETを同じ特性にして,入力電圧2.5Vで同じ電流にするには,相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータ(KPp,KPn)と(Wp/Lp)と(Wn/Ln)の関係を,「KPp*(Wp/Lp)= KPn*(Wn/Ln)」にします.KPpはKPnより1/3倍小さいので,等式が成り立つには(Wp/Lp)は(Wn/Ln)より3倍大きくすると同じ電流になります.図1でこの関係になるのは,(b)の回路の(Wp/Lp)=(30/2),(Wn/Ln)=(10/2)になります.


■解説

●入力電圧の違いによるインバータの動作
 図3は,インバータの断面図になります.N型サブストレートとは,N型のシリコン基板です.この図を使ってインバータの入力に0Vと5Vが加わったときと,0Vと5Vの中間にあるときの動作について検討します.


図3 インバータの簡略化した断面図(N型のシリコン基板の場合)
ゲート・メタルの下にあるドレインとソースに挟まれた領域(赤)がチャネル.

 インバータの入力が0Vあるいは5Vのとき,P型MOSFETとN型MOSFETのON/OFFは,ゲート・メタルの下にあるドレインとソースに挟まれたチャネルの領域(図3では赤色の領域)の導通/非導通を入力のゲート電圧で制御しています.具体的には,入力が0Vの場合,P型MOSFETのゲート・ソースに5Vの電圧がかかり,P型MOSFETのチャネルがN型からP型へ反転して導通し,ONになります.このときN型MOSFETのゲート・ソース電圧は0Vなので非導通のOFFとなり,出力は5Vになります.逆に入力が5Vの場合,N型MOSFETのゲート・ソースに5Vの電圧がかかり,N型MOSFETのチャネルがP型からN型へ反転して導通し,ONになります.このときP型MOSFETのゲート・ソース電圧は0Vなので非導通のOFFとなり,出力は0Vになります.
 インバータの入力が0Vと5Vの中間のとき,P型MOSFETとN型MOSFETの両方がONします.この状態が図2のスイッチング・ポイントのときになります.両方がONしているときP型MOSFETとN型MOSFETの電流を調整すると,スイッチング・ポイントを調整できます.P型MOSFETとN型MOSFETの電流は,図3のチャネルの幾何学的な寸法の比で調整します.この寸法の比が,P型MOSFETが(Wp/Lp),N型MOSFETが(Wn/Ln)になります.チャネルは抵抗と考えると分かりやすくなります.チャネルのL長(Lp,Ln)が一定ならば,Wの幅(Wp,Wn)を広くすると抵抗値が低くなって大きな電流が流れます.逆にWの幅(Wp,Wn)を狭くすると抵抗値が高くなって小さな電流になります.(Wp/Lp)と(Wn/Ln)は幾何学的な電流のスケーリングとして使います.

●スイッチング・ポイントは(Wp/Lp)と(Wn/Ln)で調整する
 図2のスイッチング・ポイントにするには,P型MOSFETとN型MOSFETのゲート・ソース電圧の変化に対するドレイン電流の変化が同じ特性のときになります.図1のP型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータは「KPp=10μA/V2」,N型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータは「KPn=30μA/V2」です.10μAと30μAなので,KPpはKPnより1/3倍小さく,同じ特性になりません.同じ特性にするには図1(b)の(Wp/Lp)=(30/2),(Wn/Ln)=(10/2)のように,幾何学的な電流スケーリングで3倍大きくして割合を補うように調整します.このように調整すると,同じ特性のP型MOSFETとN型MOSFETを使ったインバータになり,入力電圧が2.5Vのとき出力電圧2.5Vのスイッチング・ポイントになります.

●スイッチング・ポイントの机上計算
 図4は,インバータのP型MOSFETとN型MOSFETのドレインを切り離し,P型MOSFETのドレインはGNDへ,N型MOSFETのドレインはVDDへ接続した回路です.この回路を使い,P型MOSFETとN型MOSFETのドレイン電流が等しくなるインバータのスイッチング・ポイント(VSP)を机上計算で求めます.


図4 N型MOSFETとP型MOSFETのドレイン電流を検討する回路

 P型MOSFETのドレイン電流は,アーリ電圧を無限大とすると,式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 同様に,N型MOSFETのドレイン電流は,アーリ電圧を無限大とすると,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ここで,βpは式3の相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータKPpと(Wp/Lp)の積になります.βpは(Wp/Lp)の幾何学的な電流スケーリングをしたときの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 同様に,βnは式4のN型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータKPnと(Wn/Ln)の積になります.βnは,(Wn/Ln)の幾何学的な電流スケーリングをしたときの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 P型MOSFETとN型MOSFETのドレイン電流が等しいときは,式1と式2の電流が同じときなので,式5の等式になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5をVSPで解くと,式6になります.式6がP型MOSFETとN型MOSFETのドレイン電流が等しくなるインバータのスイッチング・ポイント(VSP)になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6を使い,図1の(a)~(d)の4つの回路について,P型MOSFETの(Wp/Lp)とN型MOSFETの(Wn/Ln),P型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータは「KPp=10μA/V2」,N型MOSFETの相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータは「KPn=30μA/V2」,P型MOSFETとN型MOSFETのしきい値は「Vtp=Vtn=0.7V」,電源は「VDD=5V」を用いると,表1のスイッチング・ポイント(VSP)になります.表1より,(b)のインバータが2.5Vのスイッチング・ポイントになるのが分かります.

表1 図1の(a)~(d)のスイッチング・ポイントの計算

●P型MOSFETとN型MOSFETのパラメータを設定する方法
 シミュレーションを実行する前に,LTspiceでP型MOSFETとN型MOSFETのWとL,相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータ(Transconductance parameter)としきい値を設定する方法について解説します.WとLは,回路図上でP型MOSFET,あるいはN型MOSFETのデバイス上で右クリックし,図5のウィンドウ上でおこないます.図5は,N型MOSFETの例で,Length(L)に2u,Width(W)に10uとし,「Ln=2μm」,「Wn=10μm」にしています.その他のパラメータは,ADとASはドレインとソースの面積,PDとPSはドレインとソースの周囲長,Mはデバイスの並列数です.ここでは空欄にしてデフォルトの値を用いています.


図5 LTspiceでWとLを設定する

 相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータとしきい値は「.model」ステートメントで設定します.ここでは図6のCMOS_model.libファイルに「.model」ステートメントを記述してLTspiceに読み込みます.図6の「.model」ステートメントで,Kpが相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータ,VTOがしきい値です.図6ではP型MOSFETのKpは1e-5(KPp=10μA/V2の意味),N型MOSFETのKpは3e-5(KPn=30μA/V2の意味)になります.しきい値はP型MOSFETとN型MOSFET共に0.7(Vtp=Vtn=0.7Vの意味)になります.


図6 P型MOSFETとN型MOSFETのモデル・パラメータを読み込む
Kpは相互コンダクタンス(gm)を示すパラメータ.
VTOはしきい値電圧.

●スイッチング・ポイントをシミュレーションで確かめる
 図7は,図1のシミュレーション結果になります.図6のCMOS_model.libファイルは,図1の「.include」ステートメントを使って読み込んでいます.図7のプロットでスイッチング・ポイントをカーソルで調べると,表1の机上計算と同じになります.インバータのスイッチング・ポイントは,βnpの比が大きくなると低い電圧にシフトする特性になります.


図7 図1のシミュレーション結果
(b)の回路が2.5Vのスイッチング・ポイントになる.

●インバータの他の直流特性
 図8は,図1(b)のインバータのみにした回路図です.この回路を使って,インバータの"H"/"L"を表す入力レベルと出力レベル,スイッチング・ポイントでの貫通電流について調べます.


図8 図1(b)の直流特性を調べる回路

 図9は直流特性のシミュレーション結果です.上段はインバータの入出力特性のプロット,下段は上段の入出力特性を微分して傾きを調べたプロットと,貫通電流をプロットしました.
 インバータの入力レベルは,入出力特性の傾きが-1になる入力電圧で決まります.図9には入力電圧が2V付近と3V付近に傾きが-1になる2つのポイントがあります.入力電圧が2V付近の-1の傾きは,入力の論理が"L"とみなす電圧(VIL)になります. 入力電圧が3V付近の-1の傾きは,入力の論理が"H"とみなす電圧(VIH)になります.VILとVIHの間は論理が定まらず,不定になる範囲です.出力レベルは,入力電圧が0Vのときの最大出力電圧が"H"とみなす電圧(VOH)になります.逆に入力電圧が5Vのときの最小出力電圧が"L"とみなす電圧(VOL)になります.
 貫通電流は,P型MOSFETとN型MOSFETの両方がONしているときに,VDDからGNDに流れる電流になります.貫通電流はスイッチング・ポイントで最大となり,式1に具体的な値を入れると式7の243μAになります.図9のプロットをカーソルで調べると同じ電流値になるのが分かります.貫通電流は,入力電圧の推移が遅いときや,電源とGND間まで入力電圧が振れないとき等に流れるので,そのような使い方のときは注意が必要になります.

・・・・・・・・・・・(7)


図9 直流特性のシミュレーション結果
上段はインバータの入出力特性のプロット.
下段は入出力特性の傾きと貫通電流のプロット.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_004.zip

●データ・ファイル内容
CMOS_model.lib:P型MOSFETとN型MOSFETのモデル・パラメータ
Inverter switching point.asc:図1の回路
Inverter switching point.plt:図1のプロットを指定するファイル
Transfer characteristic.asc:図8の回路
Transfer characteristic.plt:図8のプロットを指定するファイル

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