FMステレオ放送の仕組み




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■問題
オーディオ回路

小川 敦 Atsushi Ogawa

 現在,日本のFMラジオ放送局は,L(左側チャンネル)とR(右側チャンネル)の,2チャンネル・ステレオで放送を行っています.放送局が周波数80MHzでステレオ放送を行っているとき,ステレオ放送の仕組みの説明として,正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.

(a) 79.5MHzでL,80.5MHzでRの信号を送信している
(b) 80.5MHzでL,79.5MHzでRの信号を送信している
(c) 80MHzで(L+R)信号と19kHzで搬送波抑圧振幅変調された(L-R)信号を送信している
(d) 80MHzで(L+R)信号と38kHzで搬送波抑圧振幅変調された(L-R)信号を送信している


■ヒント

 搬送波抑圧振幅変調は振幅変調の一種で,搬送波成分のないものです.FMステレオ放送は,モノラル受信機でも正常に受信することができます.そして,FMステレオ放送で送られてくる音楽信号の高域周波数が,どのくらいまで伸びていそうか,ということを踏まえて考えてみてください.

■解答


(d) 80MHzで(L+R)信号と38kHzで搬送波抑圧振幅変調された(L-R)信号を送信している

 (a)と(b)は,モノラル受信機で正常に受信できないため,誤りです.また,FMステレオ放送で送られる音楽信号の帯域は50Hz~15kHzとなっています.19kHzで搬送波抑圧変調した場合,15kHzまでの信号を送ることはできません.そのため,答えは(d)ということになります.


■解説

●FMステレオ放送の作りかた
 図1は,FMステレオ放送局の簡易ブロック図です.加算回路1は(L+R)信号を作ります.減算回路では(L-R)信号を作ります.そして,(L-R)信号は,38kHzで搬送波抑圧振幅変調されます.加算回路2では(L+R)信号と38kHzの(L-R)搬送波抑圧振幅変調波に,19kHzの信号を加算します.19kHzの信号は,パイロット信号と呼ばれ,ステレオ放送であることを示す目印信号です.加算回路2の出力信号はコンポジット信号と呼ばれます.このコンポジット信号で放送波をFM変調してアンテナから送信します.


図1 FMステレオ放送局の簡易ブロック図
加算回路2の出力信号はコンポジット信号と呼ばれる

 ここで,38kHzの信号をsin(ωt),19kHzの信号をk*sin(ωt/2)とすると,コンポジット信号(VCP)は,式1で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 L,R信号が15kHzまでの周波数成分を持っているとすると,コンポジット信号全体の周波数成分は図2のようになります.0~15kHzまでが(L+R)信号で,19kHzにパイロット信号があります.(L-R)信号は38kHzで搬送波抑圧振幅変調されるため,38kHzを中心に±15kHzの周波数成分が発生します.


図2 ステレオ・コンポジット信号の周波数帯域
0~15kHzまでが(L+R)信号で,38kHz±15kHzが(L-R)信号.

●LTspiceでステレオ・コンポジット信号を作る
 図3は,LTspiceでステレオ・コンポジット信号を作るための回路です.VLにより,400Hzで1VPPの正弦波を作り,これがL信号になります.また,VRにより,1kHzで1VPPの正弦波を作り,これがR信号になります.Vsubはピーク電圧1Vで38kの正弦波を発生させ,Vplはピーク電圧0.1Vで19kHzのパイロット信号を発生させます.そして,B1により,これらの信号の演算を行い,ステレオ・コンポジット信号を出力します.B1のパラメータは,"V=V(L)+V(R)+(V(L)-V(R))*V(38k)+V(19k)"となっており,これは式1と同等になります.


図3 ステレオ・コンポジット信号を作るための回路
B1で各電圧源出力の演算を行い,コンポジット信号を出力する.

 図4図3で発生させたステレオ・コンポジット信号です.L,R2つの信号を1つに合成できていることが分かります.

図4 LTspiceで作成したステレオ・コンポジット信号
L,R2つの信号を1つに合成できていることがわかる.

 図4のステレオ・コンポジット信号を見ると,L信号とR信号の面影が残っています.それは,このステレオ・コンポジット信号の波形が,L信号とR信号を38kHzの半サイクルごとに,交互に取り出したものに近いからです.計算過程は省略しますが,L信号とR信号を38kHzの半サイクルごとに取り出した信号(Vsw)を式で表すと,式2のようになります.

・・・・・(2)

 式2は,矩形波のフーリエ変換と同様に,奇数倍の高調波成分が続きます.高調波成分を無視して,式の1項と2項を,式1と比べると,係数が違うだけで,よく似ていることが分かります.そのため,図4のステレオ・コンポジット信号は,L信号とR信号を38kHzの半サイクルごとに,交互に取り出したものと考えることができます.この性質を利用すると,38kHzの半サイクルごとに信号を取り出すことで,L信号とR信号を復元することができます.

●ステレオ・コンポジット信号からL,R信号を復元する
 実際のFMステレオ受信機では,受信した放送信号をFM検波(復調)し,コンポジット信号を取り出した後,ステレオ・デコーダ回路に入力してステレオ信号を復元します.ここではFM検波(復調)の部分は省略し,コンポジット信号からL,R信号を復元してみます.図5がステレオ・コンポジットからL,R信号を復元するための回路です.


図5 コンポジット信号からL,R信号を復元するための回路
コンポジット信号を電流に変換し,トランジスタ・スイッチでL,R信号を取り出す.

 左側のコンポジット信号生成回路は図3と同じものです.右側のトランジスタ回路が,L,R信号を復元するための回路です.コンポジット信号はC1を介してQ5のベースに加わります.Q5,Q6,R1で電圧電流変換回路を構成しており,コンポジット電圧信号を電流信号に変換します.
 Q2,Q3のベースにC2を介して38kHz信号が加わっています.実際のラジオ受信機では,この38kHz信号は19kHzのパイロット信号を基準にPLL回路で生成するものです.ここでは回路を簡単にするために,Vsubの出力信号を使用しています.Q1~Q4のトランジスタはスイッチとして動作します.
 38kHz信号がプラスのとき,Q3がONし,信号電流がR6に流れ,電圧に変換されます.38kHz信号がマイナスのときはQ4がONし,信号電流がR7に流れ,電圧に変換されます.このようにして,38kHz信号の半サイクルごとに信号電流を取り出し,R6とR7で電圧に変換することで,L信号とR信号を取り出すことができます.
 R6とR7の信号は,カットオフ周波数15Khzの5次バタワース・フィルタ(X1,X2)を介してL outとR outに出力されます.なお,R5とR4には,R6とR7とは逆位相の信号が発生します.R8とR9により,逆位相の反対チャンネルの信号を加算することで,式1と式2の係数の違いを調整します.R8とR9の値によって,L信号とR信号の分離度(チャンネル・セパレーション)が変化します.

●5次バタワース・フィルタ
 図6はX1,X2の中の回路です.電圧制御電圧源のパラメータとして,5次バタワース・フィルタの伝達関数を記述しています.X1,X2の"fc=15k"というパラメータの値を変えることで,カットオフ周波数を変えられるようになっています.


図6 X1,X2の内部のフィルタ回路
電圧制御電圧源のパラメータとして,5次バタワース・フィルタの伝達関数を記述している.

●コンポジット信号からL,R信号を復元する回路のシミュレーション
 図7は,図5のシミュレーション結果で,R4とR5の電圧である,Lo端子とRo端子の電圧を表示しています.38kHzの信号成分が大きいため,正しくL,R信号を復元できているか分かりにくくなっています.


図7 図5のシミュレーション結果
正しくL,R信号を復元できているか分かりにくい

 図8は,図5のシミュレーション結果で,15kHzのローパス・フィルタを通った,Lout端子とRout端子の波形と,コンポジット信号波形です.コンポジット信号から,正しくL信号とR信号を復元できていることが分かります.


図8 図5のシミュレーション結果
コンポジット信号から,正しくL信号とR信号を復元できている

 以上,日本のFMステレオ放送の仕組みについて解説しました.なお,FM放送では,(L-R)信号よりもさらに高い76kHzの周波数帯を使用して,交通情報等のデジタル・データを送信している場合もあります.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice8_002.zip

●データ・ファイル内容
Compo.asc:図3の回路
5thLPF.asc:図5の回路
MPXDEC.asc:図6の回路
5thLPF.asy:図6の回路用のシンボル・ファイル

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