無線通信に使用される90度位相シフト回路




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■問題
使用するコマンド ― .AC,.step

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,ゲインが一定で,位相のみが変化する,オールパス・フィルタを2つ使用した,90度位相シフト回路です.in端子に信号を入力すると,Out1端子とOut2端子に,約90度位相のずれた信号が得られます.
 図1の回路で,Out1端子とOut2端子の信号の位相差が,90±10度となる,入力周波数範囲がもっとも広いR1の値(Rx)は,(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 オールパス・フィルタを2つ使用した,90度位相シフト回路
Out1とOutの位相差が90±10度となる,入力周波数範囲がもっとも広いR1の抵抗値はいくつでしょうか.

(a)1kΩ (b)2kΩ (c)3.75kΩ (d)15kΩ

■ヒント

 図1のオールパス・フィルタでは,入力と出力の位相差が,0度から180度まで周波数によって変化します.入力と出力の位相差が90度になる周波数は,R1,C1とR4,C2で決まります.ただし,1つのオールパス・フィルタでは,位相差が,90±10度の範囲は非常に狭くなります.そのため,時定数をずらしたオールパス・フィルタを二つ使用して,周波数範囲を広げます.2つのオールパス・フィルタの時定数を,どの程度ずらせば,90±10度の範囲が広くなるか,という観点で考えます.

■解答


(a)1kΩ

 Out1端子とOut2端子の信号の位相差が,90±10度となる入力周波数範囲がもっとも広くなるのは,R1,C1の時定数と,R4,C2の時定数の比が7.5になったときです.R4は7.5kΩなので,時定数の比が7.5になるR1の値は1kΩになります.そのため,正解は(a)です.また,時定数の比が4.5以下の場合は,位相差が80度以下になってしまいますので,(b)~(d)は不正解です.


■解説

●90度位相シフト回路の用途
 図2は,SSB(Single Side Band)と呼ばれる信号を生成するためのブロック図です.SSBは無線通信を行うための変調方式の1つで,通常の振幅変調の半分の周波数帯域で,音声信号を送信できるのが特徴です.
 図2のシステムでは,入力されたオーディオ信号の位相を90度シフトさせる必要がありますが,このとき使用されるのが,90度位相シフト回路になります.


図2 SSB信号を生成するためのブロック図
入力されたオーディオ信号を位相シフトして,2つの乗算器に加える

●オールパス・フィルタの特性
 図3は,OPアンプを使用したオールパス・フィルタです.この回路は,フィルタという名前がついていますが,すべての周波数でゲインは,1倍(0dB)です.


図3 OPアンプを使用したオールパス・フィルタ
ゲイン一定で,位相は周波数によって0度から-180度まで変化する.

 ただし,位相は周波数によって0度から-180度まで変化します.そして位相が90度変化する周波数(fC)は式1で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 この回路の,周波数(f)に対する位相シフト量(θ)の絶対値は「T=R1*C1」とすると,式2で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 図4が,図3の周波数特性のシミュレーション結果です.ゲインは周波数が変わっても0dBで一定です.一方,位相は,周波数によって0度から-180度まで変化します.位相が90度±10度となる範囲は800Hz~1.15kとなっています.位相が90度となる周波数範囲が狭いので,この回路を図2の90度位相シフト回路として使用することはできません.


図4 オールパス・フィルタの周波数特性のシミュレーション結果
ゲイン一定で,位相は周波数によって0度から-180度まで変化する.

●90度位相シフト回路の特性
 図5は,2つのオールパス・フィルタを使用した90度位相シフト回路をシミュレーションするための回路図です.R1の値は1kΩとなっています.周波数を100Hzから10kHzまで変えて,Out1とOut2の位相差がどのようになるか,シミュレーションで確認します.


図5 90度位相シフト回路をシミュレーションするための回路図
R1の値は1kΩとなっている.

 図6は,図5の位相シフト回路のシミュレーション結果です.下段にOut1とOut2のゲインと位相を表示し,上段にOut1とOut2の位相差を表示しています.位相差を表示するとき,ph()という関数を使用しています.この関数は,引数の位相の絶対値を実数とし,虚数部を0とした複素数で結果を返します.そのため,グラフをプロットすると,ゲインと位相が表示され,ゲインの数値が位相を表します.また,位相軸は意味が無いので消去します.Out1の位相とOut2位相の差が90度±10度の範囲は,390Hz~2.25kHzと広くなっています.


図6 位相シフト回路のシミュレーション結果
位相差が90度±10度の範囲は,390Hz~2.25kHzと広い.

 図6を見ると分かるように,Out1とOut2の位相差は,C1,C2の時定数とR4,C2の時定数の比によって大きさが変わります.また,位相差のグラフは,山なりのカーブになっています.
 次に,90度±10度の範囲を広くするためには,時定数の比をいくつにするのがよいかを考えてみます.時定数の比をkとすると,位相差(θd)は式2を使用し,式3のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 位相差の最大値を求めるため,式3をωで微分し,その値が0となるωを求めると,式4になります.これが,位相差が最大となる角周波数です.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4を式3に代入すると,式5になります.これが,位相差の最大値(Φmax)になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 表計算ソフトを使用して,式5のkを1から10まで変えたときの最大位相差(Φmax)をプロットしたものが,図7になります.


図7 時定数比(k)と最大位相差のグラフ
kを1から10まで変えたときの最大位相差をプロットしたもの.

 位相差が90度±10度の連続した周波数範囲が最大となるのは,最大位相差が100度のときです.そして,図7より,最大位相差が100度になるのはkが7.5のときだという事が分かります.また,kが4.5以下では,最大位相差が80度以下となってしまうことも分かります.

●90度位相シフト回路を「.step」で確認
 図8は「.step」コマンドを使用し,R1の値を1kΩ,2kΩ,3.75kΩ,15kΩと変えて,周波数特性をシミュレーションするための回路です.


図8 R1の値を変えて,周波数特性をシミュレーションするための回路
「.step」コマンドを使用し,1kΩ,2kΩ,3.75kΩ,15kΩと変化させる.

 図9は,図8のシミュレーション結果です.上段がOut1とOut2の位相差ですが,90度±10度となる,連続した周波数範囲が1番広いのはR1が1kΩのときであるという事が分かります.


図9 R1の値を変えたときのシミュレーション結果
90度±10度となる,連続した周波数範囲が1番広いのはR1が1kΩのとき.

 以上,90度位相シフト回路について解説しました.さらに,周波数範囲の広い90度位相シフト回路が必要な場合は,図1の回路を縦続接続し,適切な定数設定を行うことで,周波数範囲をさらに広くすることもできます.また,オールパス・フィルタの詳しい解説は「LTspiceアナログ電子回路入門:一次移相回路の最大の位相シフトは何度?」を参照してください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_031.zip

●データ・ファイル内容
AllPass.asc:図3の回路
Phase_Shift.asc:図5の回路
Phase_ShiftA.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Phase_Shift_step.asc:図5の回路
Phase_Shift_step.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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