OPアンプの誤差が分かる場所
図1は,OPアンプを使った差動アンプで,V1が差動信号,V2が同相信号です.OPアンプには,同相電圧が加わったとき,出力電圧に誤差を生じさせるCMR(C:同相信号除去比)がデータシートに記載されています.誤差の電圧の算出は「v2'/C」で求められます.
そこで,OPアンプのCMRによる誤差をOPアンプの外に出し(等価的),発生源を表すと(a)~(d)のどこの発生源の電圧になるのでしょうか.
CMRの影響で見える「v2'/C」の発生源は(a)~(d)のどこでしょうか.
(a)の発生源 (b)の発生源 (c)の発生源 (d)の発生源
OPアンプから見ると,OPアンプに加わる差動信号は「v1'-v2'」,同相信号は「v2'」になります.そしてOPアンプの差動ゲイン(オープン・ループ・ゲイン)は「A=-vout/(v1'-v2')」,同相ゲインは「AC=vout/v2'」,CMRは「C=A/AC」で定義されています.これらの関係を用いてCMRの影響で見える「v2'/C」の誤差がどこにあるかを検討すると分かります.
誤差の発生源が等価的に回路のどこに加わるのかが分かると,OPアンプのCMRが回路に及ぼす影響を解析するのに役立ちます.
図2は,図1のOPアンプから見た差動信号と同相信号を図示しました.
図2の出力電圧は,「v1'-v2'」の電圧源と「v2'」の電圧源について重ね合わせの理を用いて計算すると,式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここでAは,OPアンプの差動ゲイン(オープン・ループ・ゲイン)で,ACが同相ゲインです.OPアンプは,反転端子と非反転端子間の電圧差を増幅するアンプですので,差動ゲインのAが高く,同相ゲインのACが低いほど特性が良いアンプになります.
CMRは「C=A/AC」の関係があるので,式1の右辺第二項の「ACv'2」を差動ゲインのAとCMRのCを使って書き直すと式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2の右辺第一項の「-A(v1'-v2')」は,OPアンプとして欲しい特性を表し,右辺第二項の「Av2'/C」は誤差項になります.この誤差項をOPアンプの外に出し,等価的に,差動ゲインAとCMRのCを使って図2を書き直すと,等価回路は図3になります.
「v2'/C」の誤差項は非反転端子に見える.
確認のため,図3の出力電圧を机上計算して,式2と比べます.出力電圧は反転端子と非反転端子間の差電圧(vd)をOPアンプの差動ゲインで増幅した電圧なので,式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
反転端子と非反転端子間の差電圧(vd)は式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4を式3へ代入して整理すると式2と同じになるので,机上計算からも図2と図3は同じになるのが分かります.以上の検討より,図1のOPアンプを図3の等価回路に置き換えると,「v2'/C」は(c)の発生源の位置に見えることになります.
●CMRの影響を調べるときは誤差項を回路へ加える
OPアンプを使った回路で,CMRが回路に及ぼす影響を調べるときは,先程の誤差項である「v2'/C」の電圧源を非反転端子に加えることにより解析できます.
以降では,OPアンプのCMRが差動アンプに及ぼす影響について机上計算とシミュレーションで確かめます.机上計算するためには,通常,CMRとループ・ゲインの値は,OPアンプのデータシートを参照します.しかし,今回のOPアンプは,CMRが実際のOPアンプに近くするため,トランジスタを使った741型のOPアンプ回路を用いています.そのため,CMRとループ・ゲインの値は,シミュレーションの測定値から求めます.
741型のOPアンプはLTspiceのEducationalフォルダにあり,この回路図ファイルを編集して,OPアンプのサブ・サーキットにしています.サブ・サーキットの回路を確認したいときは,添付回路図ファイルの「741.asc」をLTspiceで表示してください.また,Educationalファイルにもございます.C:\Users\ユーザ名\Documents\LTspiceXVII\examples\Educational\LM741.asc
●CMRが差動アンプに及ぼす影響を調べる
図4は,図1のOPアンプに同相信号とCMRによる誤差項「v2'/C」を加えた回路です.この回路を用いて,OPアンプのCMRが差動アンプの出力電圧に及ぼす影響を机上計算で調べます.ここで図4の「v1-v2」は差動信号,「v2」は同相信号です.図1では「R1=R3,R2=R4」なので,図4ではR3に相当する抵抗をR1,R4に相当する抵抗をR2の記号で表しています.
図4のv1'は,v1とvoutについて重ね合わせの理を用いて計算すると式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
v2'は,v2を抵抗分圧した電圧なので式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
負帰還の帰還率βは式7となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
式5と式6を式2へ代入し,式7のβを用いて整理すると,図4の出力電圧は式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
式8中の「-R2/R1(v1-v2)」が差動アンプとして欲しい特性です.それ以外の「v2/C」は同相信号とCMRによる誤差,「Aβ/(1+Aβ)」は負帰還のループ・ゲインによる誤差になります.このように同相信号のv2はCMRが高いと「v2/C」が低くなり,差動アンプの特性が良くなります.
●CMRの測定方法
ここでは,OPアンプのCMRの測定方法を解説します.図5はOPアンプの直流のCMRを測定する回路です.この回路は先程の図4のv1とv2に同相信号VCを加えた回路になります.この測定方法はシミュレーションや,基板上に回路を組んで実際のOPアンプのCMRを測定する方法になります.
図5の出力電圧は,式8のv1とv2をVCに変更することにより求めることができ,具体的には式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式9を,CMRを表すCで解くと式10になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
式10のループ・ゲインAβは1より十分大きいとすると,「1+Aβ=Aβ」になるので,式11になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
式11を用い,2つの同相電圧(VC1,VC2)を加えたときの2つの出力電圧(Vout1,Vout2)を測定し,同相電圧が変化したときの出力電圧の変化よりCMRが計算できます.2つの同相電圧による差を用いるのは,回路で発生する出力オフセット電圧の影響を無くすためです.
式12がCMRを対数表示にした計算式です.CMRは極性が無いので,測定した電圧差は絶対値を用いています.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
●ループ・ゲインを調べる
次に741型OPアンプを使った,負帰還回路のループ・ゲインをシミュレーションで調べます.ループ・ゲインを調べるときは図6のMiddle Brook法を使うと便利です.使用したドット・コマンドは「.AC」です.図6の「.ac oct 30 10m 1Meg」は,10mHzから1MHz間を周波数が2倍あたり30ステップの周波数掃引で小信号AC解析を実行するという意味になります.MiddleBrook法は以下の計算式を使うことでループ・ゲインと位相をプロットできます.
((I(V3)/I(V4))*(-V(x)/V(y))-1)/((I(V3)/I(V4))+(-V(x)/V(y))+2)
Middle Brook法については過去のメルマガ「真のループゲインを調べる」で解説していますので,そちらを参考にしてください.
図7は図6から求めたループ・ゲインをプロットしました.直流に近い低周波(10mHz)のループ・ゲインをカーソルで調べると「Aβ=88.17dB」になります.この値は後ほどの机上計算で使用します.
直流付近の10mHzのループ・ゲインは88.17dB.
●シミュレーションと机上計算を比べる
図8は,図1の差動信号がゼロで同相信号(VC)が変化したときの出力電圧の変化を調べる回路です.
また,図8は,図5と同じなので,同時に741型OPアンプのCMRを求めます.使用したドット・コマンドは「.dc Vc 0 10 0.1」です.この意味はVCの電圧を0Vから10V間を0.1Vステップで変化させたDC解析を実行するという意味になります.図8の「.MEAS」コマンドはシミュレーション値を直読します.具体的には,次のようになります.
「.MEAS DC Vo1 FIND V(OUT) AT 0」
VCが0VのときのOUTの電圧を探し,Vo1に入れます.
「.MEAS DC Vo2 FIND V(OUT) AT 10」
VCが10VのときのOUTの電圧を探し,Vo2に入れます.
「.MEAS DC dVout PARAM abs(Vo1-Vo2)」
測定したVo1とVo2の差の絶対値を計算してdVoutに入れます.
「.MEAS DC CMR PARAM 20*log10((10*(20000/200))/abs(Vo1-Vo2))」
先程の式12の計算式を用いてVCが0Vと10Vのときの出力電圧Vo1とVo2を用い,CMRを計算して.MEASステートメントのCMRに入れます.
図9は,図8の同相電圧(VC)が変化したときの出力電圧の変化をプロットしました.同相電圧が0Vのときの出力電圧は,OPアンプの入力オフセット電圧や入力オフセット電流による差動アンプの出力オフセット電圧になります.同相電圧が0Vから10Vへ変化すると,出力電圧は高くなります.この変化分は,式9の「VC/C」の誤差項を「R2/R1」のゲインで増幅した電圧であり,CMRの影響で出力電圧が変化することが分かります.このように直流では同相電圧が変化すると「VC/C」の誤差項によって出力オフセット電圧が変化するように見えます.
直流では出力オフセット電圧が変化するように見える.
図10は,図8のシミュレーション終了後,「.MEAS」コマンドの結果を表示しました.「.MEAS」の結果はログ・ファイルに記録されます.ログ・ファイルは,「メニュー・バー」から「View」→「SPICE Error Log」で表示する方法と,ショート・カット・キーの「Crtl+L」を用いる方法があります.図10より,シミュレーション値から計算したCMRは「CMR=121.957dB」になることが分かります.
測定した値はログ・ファイルにある.
先程調べた直流付近のループ・ゲイン「Aβ=88.17dB=25615倍」と「CMR=121.957dB=1252708倍」を用い,式9の計算で出力電圧の変化分を調べると式13の798μVになります.
・・・・・(13)
この変化分は図9のシミュレーション結果の出力電圧の変化分と一致することが分かります.
以上,解説したように,同相信号とCMRによる誤差項は,OPアンプの非反転端子側に見えます.その誤差電圧は,出力電圧の誤差になり,直流の同相電圧のときは出力オフセット電圧が変化するように見えます.差動アンプは,センサからの微弱な直流信号を増幅するときにも使います.このようなとき,出力電圧の変化が同相信号とCMRによる誤差電圧なのか,センサからの信号電圧なのかが区別できなくなるので高精度のアンプを作るときは以上のような検討が必要になります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_030.zip
●データ・ファイル内容
741.asc:741型OPアンプの回路
741.asy:741型OPアンプのシンボル
LoopGain.asc:図6の回路
LoopGain.plt:図7のプロットを指定するファイル
741_CMR.asc:図8の回路
741_CMR.plt:図9のプロットを指定するファイル
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