ブートストラップを使用したOPアンプ回路
図1は,OPアンプの電源にブートストラップを適用したゲイン2倍の増幅回路です.X点がOPアンプの+電源端子で,Y点が-電源端子です.トランジスタQ1とQ2を介して,OPアンプの電源に電圧が供給されます.図1の回路で,OPアンプの電源にブートストラップを適用する理由として,最も適切なのは,(a)~(d)のどれでしょうか.
ブート・ストラップを使用する目的は?
(a) Out端子がVccとVeeまでフルスイングできるようにするため
(b) OPアンプの出力電流能力を増加させるため
(c) 電源に重畳したノイズが出力に現れないようにするため
(d) OPアンプの最大動作電圧を越えた電圧を出力するため
ブートストラップ(bootstrap)とは,もともとは靴のつまみのことですが,靴のつまみをつかんで,自分自身を持ち上げるような動作一般を指す言葉としても使われます.電子回路の分野でもいろいろな回路技術の名称として使われています.図1の回路の動作を理解するためには,X点とY点がどのような電圧になっているかを考える必要があります.
図1でX点の電圧は,Vcc端子とOut端子の差電圧をR1とR2で分圧した値にOut端子の電圧を足し,その電圧から0.7V引いたものになります.また,Y点の電圧は,Out端子とVee端子の差電圧をR4とR3で分圧した値にOut端子の電圧を足し,さらに,0.7V足したものになります.
このように,X点とY点の電圧を出力電圧に依存するようにすることで,X点とY点の差電圧は出力電圧に依存せず,常に一定とすることができます.
その一定の電圧をOPアンプの最大動作電圧よりも低く設定することにより,OPアンプの最大動作電圧を越えた電圧を出力するアンプを構成することができます.なので,(d)が正解となります.
図1の出力は,VccとVeeまでフルスイングすることはできないため,(a)は間違いです.また,図1の構成には,出力電流能力を増加させる働きはなく,(b)も間違いです.最後に,図1の回路には,電源に含まれるノイズを抑圧する働きはなく,(c)も間違いです.
●OPアンプの電源にブートストラップを適用する目的
±50Vのような非常に高い電圧を出力したい場合,一般的なOPアンプをそのまま使用することはできません.一般的なOPアンプは,最大動作電圧(+電源と-電源に印加可能な電圧)があまり高くないためです.
そのようなとき,図1のようにOPアンプの電源にブートストラップを適用することで,ADA4625の最大動作電圧は36V(±18V)ですが,100VPP(±50V)を出力することが可能になります.
●OPアンプの電源にブートストラップを適用したときの動作
図1で,Vcc端子とVee端子の電圧をVccとVeeとし,Out端子の電圧をVOutとします.OPアンプの(+電源端子)であるX点の電圧(VX)は,VccとVOutの差電圧をR1とR2で分圧した値にVOutを足し,トランジスタのベース・エミッタ間電圧である0.7Vを引いたものになります.そのため,式1で表すことができます.
・・・・・(1)
同様に,OPアンプの(-電源端子)であるY点の電圧(VY)は,VccとVOutの差電圧をR3とR4で分圧した値にVOutを足し,トランジスタのベース・エミッタ間電圧である0.7Vを足したものなので,式2で表されます.
・・・・・・(2)
ここで「Vcc=60V,Vee=-60V,R1=R3=10kΩ,R2=R4=27kΩ」とし,具体的な数値を入れて値を計算してみます.まずOut端子の電圧が0Vのときの値を計算するとVXは式3で15.5Vになります.
・・・・・・・(3)
VYは式4で-15.5Vになります.このように,オペアンプの電源端子に印加される電圧は,31V(±15.5V)となります.これはADA4625の最大動作電圧よりも低い電圧です.
・・・・・(4)
次に出力電圧が+50Vになったときを計算するとVXは,式5で52Vになります.
・・・・・・・(5)
VYは式6で21Vになります.このように「VX=52V,VY=21V」となりますが,OPアンプの電源端子に印加されるのは,VXとVYの差電圧の31Vです.出力電圧が-50Vのときも同様にOPアンプの電源に印加されるのは31Vです.
・・・・・・(6)
「R1=R3,R2=R4」であることを前提に,VXとVYの差電圧を計算すると,式7になります.式7にはVOutの項が無く,OPアンプの電源に印加される電圧(VPW)は,出力電圧によらず,常に一定になることが分かります.
・・・・・・(7)
式7に数値を代入すると,式8のように31Vになります.
・・・・・・・(8)
●OPアンプの電源にブートストラップを適用したときの最大出力電圧
次に,図1の回路の最大出力電圧がどのくらいになるのかを計算してみます.使用するOPアンプは,出力が電源と同じ電圧までスイングすることのできる,レール・ツー・レール出力タイプとします.式1において,出力が電源と同じ電圧までスイングしたと仮定し「VOut=VX」とすると,式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式9をVOutについて解いたものが,+側にスイングできる最大値(VOutMAX)で,式10になります.
・・・・・・(10)
-側にスイングできる最大値も同様な値になります.
●OPアンプの電源にブートストラップを適用した回路を確認する
図2は,OPアンプの電源にブートストラップを適用した,図1をシミュレーションするための回路で「Vcc=+60V,Vee=-60V」としています.また,入力として,周波数1kHzでピーク電圧25Vの正弦波を加えています.
「Vcc=+60V,Vee=-60V」とし,入力は,周波数1kHzでピーク電圧25Vの正弦波.
●ブートストラップ回路の出力電圧
図3は,図2のブートストラップ回路の出力電圧(Out)のシミュレーション結果です.出力電圧は,±50Vとなっており,ADA4626の最大動作電圧を越える出力電圧が得られています.
OPアンプの+電源であるX点の電圧は,+52Vから-20Vまで変化しています.また,OPアンプの-電源であるY点の電圧は,+21Vから-52Vまで変化しています.さらに,OPアンプの電源端子に印加される,+電源と-電源の差電圧は,31Vで一定となっていることが分かります.
出力電圧は±50Vとなっており,ADA4626の最大動作電圧を越える電圧が得られている.
●ブートストラップ回路の入力電圧
図4は,図2のOPアンプの±電源の電圧と入力電圧(IN)のシミュレーション結果を表示したものです.入力(OPアンプの非反転入力端子)の電圧は,+電源と-電源の範囲内にあります.OPアンプの非反転入力端子の電圧が,+電源と-電源よりも大きい場合や小さい場合,OPアンプが正常に動作しなくなることがあります.しかし,図2の回路では,入力電圧範囲も問題ないことが分かります.
入力(OPアンプの非反転入力端子)の電圧は,+電源と-電源の範囲内にある.
●ゲインと入力レベルを変更
図5は,図2の回路のゲインと入力レベルを変更した回路です.ゲインは5倍で,入力レベルはピーク電圧10Vとしてあります.正常に動作すれば,図2と同様に±50Vの出力が得られる設定となっています.
ゲインを5倍とし,入力レベルはピーク電圧10Vとなっている.
図6は,図5のシミュレーション結果です.出力波形がひずんでおり,±50Vの出力が得られていません.これは,入力電圧範囲が,±電源の範囲に入っていないためです.入力の+側では,-電源の電圧が,入力電圧よりも大きくなろうとして破綻し,入力の-側では,+電源の電圧が,入力電圧よりも小さくなろうとして破綻しています.このように,OPアンプの電源にブートストラップを適用する場合は,ゲイン設定に注意が必要です.
出力波形がひずんでしまっており,±50Vの出力が得られていない.
以上,ブートストラップを使用したOPアンプ回路について解説しました.ブートストラップを使用した回路では,ゲイン以外にも,入力周波数の範囲やスルー・レート等,注意すべき点があります.高電圧出力が必要な場合は,±110Vで動作可能なADHV4702のような高耐圧アンプの使用も検討してみてください.また,ブートストラップを使用したOPアンプ回路の情報は,「アナログ・デバイセズ:ブートストラップによるオペアンプ動作範囲の拡大」やその中の参考資料に詳しく記載されていますので,参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_023.zip
●データ・ファイル内容
BootstrapOPamp.asc:図2の回路
BootstrapOPamp.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
BootstrapOPamp_NGasc:図5の回路
BootstrapOPamp_NG.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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