3端子電源の過電流保護回路
図1は,簡略化した3端子電源ICの回路図です.この3端子電源には,過電流保護機能が付いています.過電流保護機能は,出力がGNDと短絡(ショート)したり,極端に小さな負荷抵抗が接続されたときに,出力電流を制限して,ICが破壊するのを防ぎます.
図1の赤枠で囲んだ「D1とR5」は,この過電流保護に関連する素子です.D1は,ブレーク・ダウン電圧が3.5Vのツェナー・ダイオードです.「D1とR5」の役割の説明として適切なのは,(a)~(d)のどれでしょうか.
「D1とR5」の役割の説明として,適切なのは?
(a) 制限電流値にヒステリシス特性を持たせる
(b) 制限電流値が温度によって変化しないようにする
(c) 制限電流値が電源電圧によって変化しないようにする
(d) 制限電流値を電源電圧によって変化させる
まず,出力電流が大きくなったとき,どのようにして出力電流を制限しているかを考えます.次に,R5及びD1がその動作にどのような影響を与えるかを考えれば,答えが分かります.
図1の回路で,電源電圧が「Out端子の電圧+D1のブレーク・ダウン電圧」よりも高い場合,R5に電流が流れ,その電流はR6にも流れて電圧が発生します.一方,OUT端子に負荷を接続すると,その負荷に流れる電流はR1を経由して流れます.
負荷電流が大きくなると,R1の電圧降下が大きくなります.R6の電圧とR1の電圧を足したものが0.7Vを越えると,Q4がONし,Q2のベース電流を減少させて,出力電流を制限します.R6に発生する電圧は,電源電圧が高いほど大きくなるため,電源電圧が高くなると,小さな負荷電流で電流が制限されることになります.このように,R5とD1は制限電流値を電源電圧によって変化させる働きをしています.なので,正解は「(d) 制限電流値を電源電圧によって変化させる」となります.
●電源ICの出力トランジスタの消費電力
図2は,図1の電源ICの回路から,過電流保護回路を削除した,シミュレーション用の回路図です.出力電圧値は,R3とR4で設定できます.しかし,図2では出力電圧(VOUT)が5Vになるように設定されています.負荷として,2Ωの抵抗が接続されているため,出力電流(IOUT)は2.5Aになります.この回路で,出力トランジスタ(Q1)の消費電力(PQ1)は,コレクタ・エミッタ間電圧にIOUTを掛けたものなので,式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
当然ですが,出力トランジスタの消費電力は,電源電圧に比例して大きくなります.図2の回路で,「.DC」コマンドを使用して,VCCを0Vから30Vまで0.1Vステップで変化させ,Q1の消費電力をシミュレーションしてみます.
VCCの値を変えてQ1の消費電力を調べる.
図3が図2の回路のシミュレーション結果です.出力電圧は,電源電圧6.5V以上で,5Vで一定となっています.Q1の消費電力は,Altキーを押しながらQ1をクリックすることで表示できます.ここでは「V(VCC,OUT)*Ic(Q1)」として,Q1のコレクタ端子(VCC)とエミッタ端子(OUT)の電圧差にQ1のコレクタ電流を掛けたものを表示しています.
Q1の消費電力は電源電圧に比例して大きくなる.
図3から分かるように,出力トランジスタの消費電力は,電源電圧が大きいほど大きくなります.トランジスタの発熱は,消費電力に比例するので,トランジスタが破壊しないようにするためには,電源電圧が高くなるほど,より小さい電流で出力電流を制限する必要があります.
●過電流保護回路の「D1とR5」の役割
図4は,図1の3端子電源ICの過電流保護回路の動作をシミュレーションするための回路図です.Q4が出力電流を制限するためのトランジスタです.Q4のベース・エミッタ間電圧(VBEQ4)が0.7V以上になるとQ4がONし,Q6のコレクタ電流をOUT端子にバイパスすることで,Q2のベース電流が小さくなり,出力電流が制限されます.この回路でVBEQ4は,式2で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・(2)
ここでVZは,D1のブレーク・ダウン電圧です.式2の1項目はIOUTに比例し,2項目はVCCに比例します.そのため,電源電圧が高くなるほど小さな出力電流で電流が制限されることになります.
Q4が出力電流を制限するためのトランジスタ.
●電源電圧を変えたときの結果
図5は図4で,負過電流(IOUT)が1mAの状態で電源電圧を変えたときの,VBEQ4のシミュレーション結果です.電源電圧が高くなるほど,VBEQ4が大きくなっていることが分かります.この電圧にIOUT*R1の電圧が加算されるため,電源電圧が高くなるほど小さなIOUTでVBEQ4が0.7V以上となり,電流が制限されます.
電源電圧が高くなるほど,VBEQ4が大きくなっている.
●電源電圧をステップ変化させた結果
図6は,図4の回路で,シミュレーション・コマンドを「.dc IOUT 100m 3 1m VCC 10 30 5」に変更したときのシミュレーション結果です.電源電圧をパラメータとして10Vから30Vまで5Vステップで変化させ,出力電流を100mAから3Aまで1mAステップで変化させたときの出力電圧表示しています.電源電圧が10Vのときは出力電流2.5A程度で電流制限がかかり,出力電圧が低下しています.一方,電源電圧が30Vになると,出力電流1A程度で電流制限がかかっています.
電源電圧が高いほど,小さな電流で電流が制限されている.
なお,図4の回路で,出力電流を流す電流源IOUTにはloadというパラメータが追加されています.これは,図7のように,パラメータ入力画面で「This is an active load」にチェックを入れることで追加することができます.このパラメータを付けると,電流源に電圧が加わっていないときには電流が流れなくなります.
loadを付けると,電流源に電圧が加わっていないときには電流が流れない.
図8は,loadというパラメータを付けない状態でシミュレーションしたものですが,出力電圧が異常な値となって,意図したシミュレーション結果になりません.
出力電圧が異常な値となっており,意図したシミュレーション結果ではない.
以上,3端子電源の過電流保護回路について解説しました.この3端子電源はLM78シリーズと呼ばれるものですが,非常にシンプルな回路で必要な機能を実現しています.LM78シリーズの回路動作に関しては,過去記事の「さまざまな出力電圧の3端子電源IC」や「三端子レギュレータの過熱保護回路」を参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_015.zip
●データ・ファイル内容
LM78XX_Q1PW.asc:図2の回路
LM78XX_VBEQ4.asc:図4の回路
LM78XX_Clim.asc:図6をシミュレーションするための回路
LM78XX_Clim_NG.asc:図8をシミュレーションするための回路
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