ブートストラップがあるエミッタ・フォロワの特性
図1は,ブートストラップ(Bootstrap)があるエミッタ・フォロワです.ブートストラップは出力から入力への正帰還のことで,図1では,OUTからC2とR4を通り,Q1ベースの入力までの経路です.これは,C2による正帰還になります.図1で,ブートストラップの効果として正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.
ただし,V1の信号周波数帯において,C1とC2のインピーダンスはR1,R2,R4より十分低いとします.また,検討を簡単にするため,ベースからトランジスタ側を見たRZ1の抵抗値は無限大とします.
検討を簡単にするためRZ1は無限大.
ブートストラップの効果として正しいのはどれ?
(a)入力インピーダンスが高くなる
(b)入力インピーダンスが低くなる
(c)ゲインが高くなる
(d)ゲインが低くなる
C1とC2のインピーダンスがR1,R2,R4より十分低いとき,コンデンサはショートと見なせます.ブートストラップの効果を検討するため,C1をショートした状態で,C2のショートが無いときと有るときの違いを考えると分かります.ブートストラップという名は,R4をブーツに例え,ブーツを持ち上げるためにQ1ベース側が上がる(電圧が高くなる)と,ストラップとなるもう一端のC2側を自分自身で引き上げる(C2の正帰還で電圧が高くなる)という動作からきています.
図1を機能ごとに分けると,Q1とR3がエミッタ・フォロワの本体回路,R1,R2,R4はQ1の直流動作点を決めるバイアス回路,C1はV1の交流信号を通過させるカップリング・コンデンサ,C2はOUTからR4を通ってベースへ交流信号を正帰還する経路になります.ここでは図1を書き換えて,図2(a)のC1をショートと見なし,C2が無いときの等価回路と,図2(b)のC1とC2をショートと見なした等価回路を用いて特性の違いを検討します.
(a)と(b)の違いは,赤色で示した配線の有無
まず,ゲインについて考えます.図2(a)のQ1とR3からなるエミッタ・フォロワの本体回路は,Q1のベースに加わる交流信号を,ゲインがほぼ1倍でエミッタに伝えます.同様に,図2(b)のエミッタ・フォロワの本体回路もQ1のベースにV1の交流電圧が加わるので,エミッタまでのゲインはほぼ1倍になります.図2(a),(b)共にエミッタは,OUTに繋がるので,2つの回路のゲインの変化はありません.この検討より(c)と(d)は消えます.
次に,V1から回路側を見た入力インピーダンスについて検討します.図2(a),(b)共,Q1のベースからトランジスタ側を見たRZ1は,無限大としました.これより,図2(a)のV1から回路側を見た入力インピーダンスはR1,R2,R4のバイアス回路で決まり「R4+(R1||R2)」になります.一方,図2(b)の入力インピーダンスは,R4の見かけ上の抵抗値で決まります.具体的に,エミッタ・フォロワのV1の交流信号とOUTの交流信号は,ほぼ同じなので,R4の両端の交流電圧もほぼ同じになります.この動作より,R4の交流電流は極端に低い電流となり,R4の見かけ上の抵抗値が図2(a)に比べて遥かに高くなります.以上より,正解は(a)の入力インピーダンスが高くなるになります.
●エミッタ・フォロワの入力インピーダンスに注意する
図3の回路は,図1のブートストラップの経路となるR4とC2を削除し,R1とR2の分圧回路に変更した,よく使われるエミッタ・フォロワです.エミッタ・フォロワに求められる交流特性は,ゲインが1倍で,前段の信号を入力では高いインピーダンスで受け,出力では低いインピーダンスになることです.
以降では,入力インピーダンスに注目し,図3より図1のほうが高い入力インピーダンスになることを解説します.RZ1は無限大とせず,ベースから見える抵抗を用います.
図1の入力インピーダンスと比較する.
●入力インピーダンスの導出
図3のC1はR1とR2より十分低いインピーダンスになるように設定すると,ショートと見なせるので,図4(a)の回路になります.図4(a)のトランジスタを低周波π型等価回路に置き換えると図4(b)になります.ここでは,図4(b)を使ってベースからトランジスタ側を見たRZ1の抵抗値を求め,その後,Zinの入力インピーダンスを求めます.
まず,RZ1をベースの電圧vtと流れる電流itより求めます.vtはキルヒホッフの電圧則より式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,itはトランジスタのエミッタで見ると,キルヒホッフの電流則より式2の関係になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2をvoについて解くと式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3を式1へ代入し,ベースからトランジスタ側を見たRZ1を求めると式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
次に,図4(b)のRBは図4(a)のR1とR2の並列抵抗を表し,式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
図4(b)の入力インピーダンスZinはRBとRZ1の並列抵抗なので,式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
具体的な入力インピーダンスを求めるとき,式4中のベース・エミッタ間の抵抗rπ,電流増幅率β,コレクタ・エミッタ間の抵抗(ro)が必要になります.これらは,LTspiceの「.op」のシミュレーションより分かります.
図5は,図3の「.op」のシミュレーション結果です.「.op」は回路の直流動作点の解析で,ログ・ファイルに記録されます.ログ・ファイルは,メニュー・バーからView → SPICE Error Logで表示する方法と,ショート・カット・キーの「Crtl+L」を用いる方法があります.
ベース・エミッタ間の抵抗rπ,直流電流増幅率β,コレクタ・エミッタ間抵抗r(o)が分かる.
図5の直流動作点の一覧より,直流電流増幅率は「β=312」,ベース・エミッタ間の抵抗は「rπ=1.88kΩ」,コレクタ・エミッタ間の抵抗は「ro=24.5kΩ」になります.式4へこれらの値と図3の「R3=1kΩ」を入れると,ベースからトランジスタ側を見た抵抗は「RZ1=303kΩ」になります.また,式5へ図3の「R1=R2=10kΩ」を入れると「RB=5kΩ」になります.最後に式6へRZ1とRBを入れると,「Zin=4.9kΩ」になります.
このように,エミッタ・フォロワ本体のRZ1は,高い抵抗値になりますが,バイアス回路のRBの抵抗値が低くなるので,入力インピーダンスのZinは4.9kΩの低い抵抗値になります.
●入力インピーダンスとゲインのシミュレーション
図6は,図3のシミュレーション結果です.上段が入力インピーダンスの周波数特性で,下段がゲインの周波数特性です.使用したドット・コマンドは「.AC」と「.NET」です.図3の「.ac oct 20 1 1meg」は,1Hzから1MHz間を周波数が2倍あたり20ステップの周波数掃引で小信号AC解析を実行するという意味になります.「.net V1」は,小信号AC解析において回路網パラメータを計算する指令で,V1を接続した1ポート回路の入力インピーダンスを求めるという意味になります.「.NET」は「.AC」の周波数掃引と一緒に使います.
図6の1kHzを境にすると,低周波側はC1により交流信号が通過しない周波数帯となり,高周波側はゲインが1倍のバッファとして使える信号周波数帯になります.図6の上段より,10kHzの入力インピーダンスを調べると「Zin=4.9kΩ」であり,先程の式6の机上計算と同じになります.図6の下段より,同じ周波数でゲインを調べると「G=0.993」であり,ほぼ1倍になるのが分かります.
上段はV1から見た入力インピーダンスの周波数特性.
下段はゲインの周波数特性.
●ブートストラップによる入力インピーダンスの変化
次にブートストラップがあるエミッタ・フォロワの入力インピーダンスZinを求めます.図1のC1とC2はR1,R2,R4より十分低いインピーダンスになるように設定すると,ショートと見なせるので図7(a)の回路になります.図7(a)のトランジスタを低周波π型等価回路に置き換えると図7(b)になります.RBはR1とR2の並列抵抗です.
図7(b)のZinをベースの電圧vtと流れる電流itより求めます.itはトランジスタのベースで見ると,キルヒホッフの電流則より式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
i4はR4の両端の電圧と抵抗値を使い,オームの法則より式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
同じようにibは,rπ両端の電圧と抵抗値を使い,オームの法則より式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
エミッタ・フォロワのゲインは式10になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
式7へ式8と式9を入れてit/vtになるように式を整理し,式10のゲインを用いると式11になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
入力インピーダンスは,式11の逆数なので式12となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
ゲインが1のとき入力インピーダンスは無限大になります.しかし,実際のゲインは,1より僅かに小さな値なので,有限の高い入力インピーダンスになります.
式12中のベース・エミッタ間の抵抗rπはLTspiceの「.op」のシミュレーションより分かります.
図8は,図1の「.op」のシミュレーション結果で,「rπ=1.94kΩ」になります.またゲインは後に示す図9の周波数特性より「G=0.9921」になります.図1の「R4=10kΩ」の抵抗を使うと,式12は「Zin=206kΩ」になります.
ベース・エミッタ間の抵抗rπが分かる.
●ブートストラップの効果をシミュレーションで確認する
図9は,図1のシミュレーション結果です.上段が入力インピーダンスの周波数特性で,下段がゲインの周波数特性です.使用したドット・コマンドは図3と同じ「.AC」と「.NET」になります.
図9より,交流信号が通過しない周波数帯は100Hzより低周波側になり,図6と比べると信号周波数帯が広がっています.これは,C1のコンデンサが同じ容量でもZinが高くなるので,低周波の信号が通過するようになります.図9上段より10kHzの入力インピーダンスを調べると「Zin=210.5kΩ」であり,先程の式12の机上計算とほぼ同じです.図9下段より,同じ周波数でゲインを調べると「G=0.9921」であり,ほぼ1倍になるのが分かります.
上段はV1から見た入力インピーダンスの周波数特性.
下段はゲインの周波数特性.
以上のように,図3のエミッタ・フォロワの直流動作点を決めるバイアス回路は,入力インピーダンスを低くします.対策として図1のブートストラップがあるエミッタ・フォロワを用いると入力インピーダンスを高くすることができます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_014.zip
●データ・ファイル内容
Emitter follower with bootstrap.asc:図1の回路
Emitter follower with bootstrap.plt:図1のプロットを指定するファイル
Emitter follower.asc:図3の回路
Emitter follower.plt:図3のプロットを指定するファイル
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