ICに内蔵された過熱検知回路
図1は,ICに内蔵された過熱検知回路です.ICのチップ温度が一定値以上になると,Out端子の電圧がロー・レベルになります.トランジスタQ2のエミッタ・サイズは,トランジスタQ1の10倍になっています.その他のNPNトランジスタのサイズはQ1と同じです.また,PNPトランジスタのサイズはすべて同じになっています.
この回路は,ICのチップ温度が27℃のとき,BE端子の電圧は714mVで,また,この端子電圧の温度係数は-1.52mV/℃でした.この回路で,過熱検知温度を約140℃とするためには,R2の抵抗値を(a)~(d)のどれにすればよいでしょうか.なお,トランジスタの電流増幅率やアーリ電圧は十分大きいものとします.
過熱検知温度を140℃とするためには,R2の値をいくつにすればよいか?
(a)1.8kΩ (b)2.2kΩ (c)2.7kΩ (d)3.3kΩ
図1のトランジスタQ1~Q5で定電流源回路を構成しており,Q2の電流値は「VT*ln(10)/R1」という式で計算できます.ここで「VT=k*T/q」であり,kはボルツマン定数で1.38×10-23[J/K],qは電子電荷で1.6×10-19[C],Tは絶対温度です.
この電流は正の温度係数を持っており,高温で大きくなります.そのため,X点の電圧も,高温で大きくなります.一方,ドランジスタのベース・エミッタ間電圧は高温で小さくなります.そのため,Q6は高温でONすることになり,設定温度以上になると,Out端子をロー・レベルにします.
Q6がONするときのベース・エミッタ電圧は,Q10のベース・エミッタ間電圧と等しいと考え,まず,140℃のときのVBE端子の電圧を計算します.次にQ6のベース電圧が140℃でその電圧になるためには,R2はいくつであればよいか,というように考えれば,R2の抵抗値が計算できます.
BE端子の電圧は高温で小さくなります.まず,BE端子の140℃での電圧を計算すると「714mV-1.52mV*(140-27)=542mV」となります.一方,Q1~Q5で構成される定電流源回路の電流は正の温度係数を持ちます.そして,Q1とQ2の電流は等しく,その値は「VT*ln(10)/R1」となります.ここで「VT=k*T/q」です.
低温状態では,Q7がONしており,R2とR3は並列接続されています.R2とR3の並列抵抗値をRXとすると,X点の電圧は「2*RX*VT*ln(10)/R1」となり,図1の定数を代入すると「661n*T*RX」になります.
X点の電圧は高温で大きくなり,542mVを越えると,Q6がONしてOut端子の電圧ロー・レベルにします.そのため,過熱検知温度を140℃とするためには,140℃でX点の電圧が542mVになるように,RXの値を設定すればよいことになります.なので「542mV=661n*(140+273)*RX」として,RXの値を求めると,1.99kΩになります.R2とR3はの並列抵抗値が1.99kΩであり,R3が20kΩであることから,R2の値を計算すると,2.2kΩになります.
●絶対温度に比例した定電流源回路
図1の回路は,高温で電流値の大きくなる定電流源回路と高温で小さくなるベース・エミッタ間電圧の特性を利用して,チップ温度が高くなったことを検知します.そこで,最初に定電流源回路の動作を解析します.
図2は,図1で使用している,絶対温度に比例した電流を作り出す定電流源回路を取り出したものです.
X点には絶対温度に比例した電圧が発生する.
トランジスタQ3,Q4,Q9はカレント・ミラーとなっとており,コレクタ電流は全て同じ値になります.Q5はこのカレント・ミラーのベース電流による誤差を軽減するためのものです.
Q3,Q4,のコレクタ電流が同じため,Q1とQ2のコレクタ電流も等しくなり,この電流をICとします.ここで,トランジスタQ2のエミッタ・サイズはQ1の10倍となっていることから,逆方向飽和電流(IS)も10倍になます.そのため,A点とX点の電圧差(VAX)に着目して式を立てると,式1が成立します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここで,電流増幅率が十分大きく,コレクタ電流とエミッタ電流は等しいものとします.さらに,式1を変形すると,式2になります.
・・・・・・・・・(2)
式2からICを求めると式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
VTは絶対温度に比例するため,ICも絶対温度に比例した値となることが分かります.X点の電圧(VX)は,Q1とQ2のコレクタ電流を足したものと,RXを掛けたものなので,式4で表されます.
・・・・・・・・・(4)
当然ですが,X点の電圧も絶対温度に比例することになります.なお,この回路は安定点が2つあり「IC=0」でも安定してしまいます.そのため,実用的な回路で使用する場合は「IC=0」とならないように,スタータ回路とよばれる補助回路が必要になります.
図2の回路の温度特性をシミュレーションするため,「.DCコマンド」を使用します.「.DCコマンド」でスイープさせる電圧源や電流源を指定する欄に,「TEMP」と記入することで,温度をスイープした動作点解析が可能になります.図2では,温度を0℃から200℃まで1℃ステップで解析します.
図3は,定電流源回路のシミュレーション結果です.上段がQ2のコレクタ電流です.温度に比例した電流になっていることが分かります.また,下段にX点の電圧と,BE点の電圧を表示しています.X点の電圧は温度に比例し,高温になるほど大きくなっています.一方BE点の電圧は高温になるほど小さくなっているのが分かります.このX点とBE点の温度特性を利用し,X点とBE点の電圧が同じになったことを検出することで,設定した温度を検知することができます.
Q2のコレクタ電流とX点の電圧は,高温で大きくなっている.
●過熱検知温度を140℃とするための,R2の値を計算する
次に,設定温度で過熱検知するためのR2の求め方を考えます.図1の回路で,Q7は検出温度にヒステリシス特性を持たせる,スイッチとしての働きをしています.低温では,Out端子の電圧が高く,Q7はONしています.そのため,低温では,R2とR3が並列に接続されていることになります.R2とR3の並列抵抗値をRXとして計算を進めます.
図1では,X点にQ6のベースが接続されています.Q6がONして,Out端子がロー・レベルになり,ベース・エミッタ間電圧(X点の電圧)は,Q10のベース・エミッタ間電圧(BE点の電圧)とほぼ等しいと考えることができます.そのため,設定温度でのBE点の電圧を求め,次に設定温度におけるX点の電圧が,BE点の電圧と等しくなるよう,RXの値を設定すればよいことになります.
まず,BE端子の140℃での電圧を計算します.BE端子の電圧は,問題文から27℃のときに,714mVで,温度係数が-1.52mV/℃です.そのため,140℃のときの電圧(VBE140)は式5のように,542mVになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
X点の電圧(VX)は,式4のように「VX=661n*T*RX」になります.Out端子の電圧がロー・レベルになるのは,式4の値と式5の値が等しくなったときです.したがって,式6が成立します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6を変形してRXを求めると,式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
R2とR3の並列抵抗値がRXなので,R2は式8のように,2.2kΩと求めることができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
●過熱検知回路のヒステリシス特性を考える
ICのチップ温度が設定値を越えると,Out端子がロー・レベルになります.すると,Q7がOFFし,R2に並列に接続されていたR3が切り離されます.そのため,X点とGND間の抵抗値(RX)が大きくなり,R2と同じになります.RXが大きくなると検知温度が下がり,チップ温度がその温度になるまでOut端子はロー・レベルを維持することになります.
ヒステリシスを設ける理由は,過熱検知特性のメリハリを良くするためと,過熱検知を保護回路に利用したときに,保護を確実なものにするためです.図1の回路で,過熱検知が解除される温度を求めてみます.過熱検知が解除されるのもX点の電圧と,BE端子の電圧が等しくなったときです.解除温度をTC℃とすると,式9が成立します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式9を変形して,を求めると,式10のように130℃となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
つまり,図1の回路はチップ温度が上昇して,140℃になったときに過熱検知してOut端子がロー・レベルになります.そして,次にチップ温度が低下して130℃になったときに,過熱検知が解除され,Out端子がハイ・レベルになります.
●過熱検知回路の動作をシミュレーションで確認する
図4は,過熱検知回路の検知温度をシミュレーションするための回路です.「.DCコマンド」を使用し,「.dc TEMP 20 180 1」として,解析温度を20℃から180℃まで1℃ステップで上昇させたシミュレーションを行います.過熱検知解除温度をシミュレーションする場合は,「.dc TEMP 180 20 1」として,解析温度を180℃から20℃まで1℃ステップで低下させます.
「.DCコマンド」で温度を20℃から180℃まで1℃ステップで上昇させる.
図5が温度を上昇させたときの,過熱検知回路のシミュレーション結果です.温度が140℃を越えたところでOut端子がロー・レベルになっていることが分かります.また,X点の電圧と,BE点の電圧が等しくなった温度で,過熱検知していることも分かります.
温度が140℃を越えたところでOut端子がロー・レベルになっている.
図6は,温度を下げていったときの過熱検知回路のシミュレーション結果です.温度が125℃以下になると,Out端子の電圧がハイ・レベルになり,過熱検知が解除されています.
温度が125℃以下になると,Out端子の電圧がハイ・レベルになる.
以上,ICに内蔵される過熱検知回路について解説しました.過熱検知回路は,電源ICやパワーアンプIC等で過熱保護を行うために使用されています. 動作原理は若干異なりますが,電源ICの過熱保護に関しては,LTspice電源&アナログ回路入門:三端子レギュレータの過熱保護回路を参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_013.zip
●データ・ファイル内容
Current_Source.asc:図2の回路
Current_Source.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Overheat_Det_Up.asc:図4の回路
Overheat_Det_Up.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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