消費電力を抑えたエミッタ・フォロワ回路
図1は,±12Vの電源で動作する交流ゲインが1倍のエミッタ・フォロワ回路です.V1の振幅が10Vの正弦波信号のとき,OUTは0Vを中心に振幅が10Vの正弦波になります.この回路のOUTの吸い込み電流は,J1のNチャネルJFETとR3からなる定電流源の5.9mAで決まります.図1の中で消費電力が大きい部品はJFETです.OUTの信号が振れているとき,NチャネルJFETの最大の消費電力は(a)~(d)のどれでしょうか.
JFETの消費電力はいくつでしょうか.
(a)59mW (b)71mW (c)108mW (d)125mW
電力は電圧と電流の積から計算できます.NチャネルJFETの電流は定電流源の値です.OUTの信号が正負に振れているときのドレイン・ソース間の最大電圧を検討すると簡単に分かります.
JFETのドレイン・ソース間の電圧(VDS)を検討するため,ソースの電圧(VS)を求めます.ソースの電圧は-12Vの電源にR3の電圧降下を加えた電圧です.R3の電流はJFETのドレイン電流(ID)ですので,電圧降下はオームの法則よりID*R3です.ドレイン電流は定電流になっているので,OUTの電圧が振れても一定です.これより,図1の回路定数の「V-=-12V」,「ID=5.9mA」,「R3=130Ω」を使うと,ソースの電圧(VS)は式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
次にドレインの電圧を求めます.ドレインの電圧はOUTの電圧なので,0Vを中心に振幅が10Vの正弦波です.OUTの信号が振れているときのドレインの電圧の最大値は「VD=10V」となります.JFETのドレイン・ソース間の電圧(VDS)はドレイン電圧とソース電圧の差電圧ですので,式1のソース電圧「VS=-11.2V」を使って式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
JFETの消費電力はドレイン・ソース間の電圧とドレイン電流の積なので,式2の電圧「VDS=21.2V」と「ID=5.9mA」の電流より,式3となります.以上の検討より,(d)125mWが正解となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
●エミッタ・フォロワ回路の消費電力に注意する
図2の回路は,エミッタと負の電源間をR3のプルダウン抵抗にした,よく使われるエミッタ・フォロワ回路です.ここでは図1と図2の消費電力を比較し,図1の方が低消費電力になることを解説します.プルダウン抵抗とは十分に低い電圧に保つための抵抗です.
●プルダウン抵抗の消費電力
図2は,図1のJ1とR3からなる定電流源を,プルダウン抵抗(R3)に変更しただけです.±12Vの電源とV1の正弦波の振幅10Vと他の部品は全て同じです.プルダウン抵抗は,振幅の最小値と負荷抵抗(RL)により,抵抗値の範囲が決まります.具体的には,OUTの負の振幅の最小値(VOUT)は,負の電源のV-をR3とRLの抵抗で分圧した電圧になるので,式4の不等式の関係になります.式4より,負の電源に近い振幅のときはR3を小さな抵抗値にしなければなりません.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4へ「V-=-12V」,「VOUT=-10V」,「RL=2kΩ」を代入すると式5になります.R3は,400Ω以下に設定する必要があり,これにより図2では「R3=390Ω」にしています.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
図2のR3の消費電力は,R3の両端の電圧と抵抗値から求められます.R3は,OUTと負の電源間にあるので,OUTの振幅が正に振れた「VOUT=10V」のときが最大になります.このとき,負の電圧は「V-=-12V」ですので,R3の消費電力は式6となり,1W以上になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
このように,プルダウン抵抗を使ったエミッタ・フォロワ回路は,OUTの振幅が負の電源付近まで振らせようとすると,R3の抵抗値を小さくする必要があります.この抵抗値の設定でOUTの振幅が正の電圧になったときは,R3の電流が大きくなり,消費電力が大きくなるのが弱点となります.
●プルダウン抵抗の消費電力を確認する
図3は,図2のシミュレーション結果で上段がOUTの電圧波形,下段がR3とQ1の電力波形です.使用したドット・コマンドは「.tran 5m」で,時間が0msから始まり,5msまでのトランジェント解析を実行するという意味になります.上段のOUTの波形は,R3を390Ωにしたので最小値は-10Vまで振れます.下段のR3の電力は,OUTの電圧が10Vになったとき最大になり,1.2Wになります.この値は,式6で机上計算した値とほぼ同じです.トランジスタの電流はR3の電流を含むので,Q1の消費電力も大きくなります.
上段はOUTの電圧波形,下段はR3とQ1の電力波形.
抵抗の消費電力が大きく,実用的でない.
図3の下段の電力は,カーソルを温度計に変えることによりプロットできます.具体的には図4のようにALTキーを押すと,カーソルが温度計になります.測定したい部品の上でクリックすると,電力のシミュレーション結果をプロットできます.
●抵抗の代わりに定電流源を使う
図2の消費電力が大きくなるのは,負の振幅が振れるようにR3を小さくすると,正の振幅のときにR3の電流が増えるのが原因でした.対策は,負の振幅が振れるために必要な電流を定電流源から供給すれば,正の振幅のときも一定の電流と電力になり小さくなります.OUTの電圧を「VOUT=-10V」にする定電流源の値は,負荷抵抗が「RL=2kΩ」のとき,「-10V/2kΩ=-5mA」となります.マイナスの符号は吸い込み電流を表しており,プルダウン抵抗の代わりに,吸い込み電流が5mA以上の定電流源を使えば良いことになります.この考えを元に,定電流源はさまざまな回路があり,今回は図5のNチャネルJFETと抵抗による定電流源を用いました.
この回路はJFETの電流とR3の電圧降下の自己バイアスにより適切なゲート・ソース電圧になり,ドレインからの吸い込み電流が一定となる定電流源回路です.図5の詳細は過去のメルマガ「NチャネルJFET電流源の出力電流と温度補償」で解説していますので参考にしてください.
図6は,図5のシミュレーション結果で-40℃,27℃,125℃の各温度で,V1が変化したときのドレイン電流の変化をプロットしました.使用したドット・コマンドは「.dc V1 0 25 10m TEMP list -40 27 125」で,-40℃,27℃,125℃の各温度において,V1は0V~25V間を10mVステップでスイープしたDC解析を実行するという意味になります.
図6の結果より,図5の回路はV1が変化しても約6mAの一定電流が流れる定電流源回路であるのが分かります.6mAに設定したのは,前述の「RL=2kΩ」で「VOUT=-10V」にする吸い込み電流は5mAより,余裕を持たせた電流になります.
ドレイン電圧と温度が変化しても電流の変化が小さい定電流源回路になる.
●定電流源に変えた消費電力の確認
図7は,図1のシミュレーション結果で上段がOUTの電圧波形,下段がJFETとR3とQ1の電力波形です.使用したドット・コマンドは図2と同じ「.tran 5m」のトランジェント解析になります.上段のOUTの波形は,定電流源の吸い込み電流を6mAにしたので最小値は-10Vまで振れます.下段の電力の縦軸(0mW~150mW)は図3の下段の縦軸(0W~1.5W)と比べると1桁下がっており,図1のエミッタ・フォロワを構成する全ての部品は,図2の回路より低消費電力になっています.また,図1で検討したJFETの電力は123mWであり,机上計算の125mWと同じになるのが分かります.消費電力が大きいのはJFETで,2N5485のデータ・シートより最大の許容損失(TO-92パッケージの25℃で350mW)以内に入ります.
上段はOUTの電圧波形,下段はJFETとR3とQ1の電力波形.
図3より消費電力が小さい.
以上,解説したように,図1の電流源を使ったエミッタ・フォロワ回路は,図2のプルダウン抵抗を使ったエミッタ・フォロワ回路より低消費電力になります.定電流源に使ったJFETにはバラツキがあり,設定した電流値からズレることがあります.このため,実際の部品で確認することが大切です.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_012.zip
●データ・ファイル内容
Emitter follower using JFET.asc:図1の回路
Emitter follower using JFET.plt:図1のプロットを指定するファイル
Emitter follower using Resistor.asc:図2の回路
Emitter follower using Resistor.plt:図2のプロットを指定するファイル
Current Source used JFET.asc:図5の回路
Current Source used JFET.plt:図5のプロットを指定するファイル
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