サーミスタを使用した温度調節回路
図1は,小型恒温槽内の温度を一定に保つための,電熱ヒータとサーミスタを使用した温度調整回路です.この回路は,ヒータ用の12V,オペアンプ用の5V,サーミスタ用の1.25Vの3種類の電源を使用しています.また,電熱ヒータの消費電力は12Wで,連続通電した場合,恒温槽内の温度は100℃になります.電熱ヒータは,MOSトランジスタ(M1)でON/OFF制御されます.
恒温槽内の温度を変えて,サーミスタが接続されているTM点の電圧を測定すると,図2のようなグラフになります.
この恒温槽は,1kΩの可変抵抗器(VR)の摺動子の位置を変えて温度設定を行います.VRの摺動子の位置が,図1のように590Ω:410Ωになっている場合,恒温槽内の温度は(a)~(d)のどれに近くなるでしょうか.
可変抵抗器(VR)の摺動子の位置を変えて温度設定を行う.
(a)40℃ (b)50℃ (c)60℃ (d)70℃
図1の回路で,AD8538はヒステリシス付きのコンパレータとして動作します.コンパレータ出力がハイ・レベルのときにM1がONして,電熱ヒータが発熱します.そして,M1がON/OFFを繰り返すことで,恒温槽内の温度を一定に保ちます.
その温度は,ヒステリシス付きのコンパレータのスレッショルド電圧が分かれば,図2のグラフを使用して求めることができます.
恒温槽の温度が低く,TM点の電圧が低いとき,AD8538の出力はハイ・レベルになり,M1がONします.そして,恒温槽内の温度が上昇することで,TM点の電圧が上がります.TM点の電圧が,ヒステリシス付きコンパレータのスレッショルドを越えると,AD8538の出力はロー・レベルになりM1がOFFします.
そのスレッショルド電圧は,R2の抵抗値が非常に大きいことを利用して近似式を立てると,比較的簡単に求めることができます.まず,VRの摺動子端の概略電圧は1.25*410/1000≒0.513Vとなります.AD8538の出力電圧を5Vとすると,R2に流れる電流は約0.9μAです.そのため,AD8538の出力電圧が0Vになり,M1がOFFするスレッショルド電圧は,摺動子端電圧に20k*0.9μ=18mVほど足した,0.531V程度になります.
図2を使用して,TM点がこの電圧のときの温度を読み取ると,約50℃です.そのため,恒温槽の温度は50℃前後に制御されることになります.
図1の温度調整回路のキー・ポイントは,サーミスタとヒステリシス付きコンパレータの動作です.そこで,全体動作の解説の前に,サーミスタとヒステリシス付きコンパレータの動作を解説します.
●サーミスタの抵抗値と出力電圧
サーミスタは温度によって抵抗値が変化する素子です.図1で使用しているサーミスタは,高温で抵抗値が小さくなるタイプのもので,抵抗との分圧回路を構成すると,温度に比例した電圧を取り出すことができます.
図3は,サーミスタの抵抗値と分圧出力電圧の温度特性をシミュレーションするための回路です.Rtがサーミスタで,抵抗値にサーミスタの温度特性の数式を記入してあります.「.STEP」コマンドで温度を20℃から80℃まで1℃ステップで変化させ,「.OP」コマンドで動作点を解析します.
「.STEP」コマンドで温度を20℃から80℃まで1℃ステップで変化させる.
図4がサーミスタの温度特性のシミュレーション結果です.上段がサーミスタ(Rt)の抵抗値です.Rtの両端電圧をRtに流れる電流で割ることで抵抗値を求めています.下段はTM点の電圧で,図2と同じものです.図3のような回路とすることで,温度に対し抵抗値が非直線に変化するサーミスタを使用して,温度に対して比較的直線状に変化する電圧を得ることができます.
上段がサーミスタ(Rt)の抵抗値で,下段がM点の電圧.
●ヒステリシス・コンパレータの動作
図5は,図1で使用しているヒステリシス・コンパレータをシミュレーションするための回路です.まず,この回路のスレッショルド電圧がいくつになるか,計算します.
TM端子の電圧がY端子の電圧よりも低いとき,出力がハイレベルになる.
このヒステリシス・コンパレータは,TM端子の電圧がY端子の電圧よりも低いとき,出力(G端子)がハイレベル(5V)になります.Y端子の電圧は,R2が非常に大きいことを考慮すると,比較的簡単に計算することができます.G端子の電圧が5Vであることから,R2に流れる電流は最大でも5V/5MΩ=1μAです.そのため,R2に流れる電流によりVR2に発生する電圧は,0.4mV以下となることから,無視することができます.
X点の電圧(VX)は,式1のように,0.513Vになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
このときのY点の電圧(VY1)は,式2で計算することができます.
・・・・・・・・・・(2)
このVY1がコンパレータ出力がハイ・レベルからロー・レベルになるときのスレッショルド電圧です.次に,コンパレータ出力がロー・レベルからハイ・レベルになるときのスレッショルド電圧を計算してみます.コンパレータ出力がロー・レベル(0V)のときのY端子の電圧(VY2)は式3で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
VY1とVY2の差電圧の20mVがヒステリシス幅となります.V3は初期電圧0.5Vで,0.5秒後に0.55Vになり,1秒後に再び0.5Vになるように設定してあります.そして,「.TRAN」コマンドで1秒間の解析を行います.
図6がヒステリシス・コンパレータのシミュレーション結果です.TM端子の電圧が上昇して,1つ目のスレッショルド電圧(VY1=0.531V)を越えると,出力(V(g))が5Vから0Vに変化します.次に,TM端子の電圧が下降して2つ目のスレッショルド電圧(VY2=0.511V)よりも小さくなると,出力は再び5Vになっています.
TM端子の電圧がVY1を越えると出力が5Vとなり,VY2を下回ると0Vになる.
●恒温槽の温度調整の原理とシミュレーション確認
図1の温度調整回路では,恒温槽の温度が低い場合,サーミスタの抵抗が大きく,TM点の電圧が低くなります.このとき,AD8538の出力はハイ・レベルになり,M1がONします.すると,電熱ヒータが発熱し,恒温槽の温度が上昇します.
恒温槽の温度が上昇すると,サーミスタの抵抗が小さくなり,TM点の電圧が上昇します.TM点の電圧が式2のVY1の電圧を越えると,AD8538の出力はロー・レベルになり,M1がOFFします.すると,電熱ヒータが加熱しなくなり,恒温槽の温度は低下していきます.恒温槽の温度が低下することで,サーミスタの抵抗が大きくなり,TM点の電圧が減少します.TM点の電圧が式3のVY2の電圧よりも小さくなると,AD8538の出力はハイ・レベルになり,M1がONし,再び電熱ヒータが発熱します.この動作を繰り返すことで,恒温槽の温度が一定値に保たれます.
図7は,恒温槽の温度がどのように変化するかをシミュレーションするための回路図です.右上の「B1,R4,C1,V4」が,恒温槽内の温度をシミュレーションするための回路です.電熱ヒータ(Rh)で発生する電力をB1で電流に変換し,熱抵抗R4で温度に変換します.V4は,ヒータがOFFしているときの恒温槽の温度を表現しています.
「.IC」コマンドを使用して,T点の初期値を25Vに設定している.
問題文に12Wのヒータを連続通電したとき,恒温槽内の温度が100℃になると,記載されているため,熱抵抗R4は(100-25)/12=6.25と求められます.C1は恒温槽の温度が変化する時定数を表現するためのものです.このように構成すると,T点の電圧が恒温槽の温度の値を表すことになります.また,図7左上のRtがサーミスタです.図3の抵抗値の式のTEMPの部分を,V(T)に変更してあります.「.TRAN」コマンドを使用して,20秒間のシミュレーションを行います.なお,T点の電圧が25Vから解析スタートするようにするため,「.IC」コマンドを使用して,初期値を設定してあります.
図8が恒温槽の温度変化のシミュレーション結果です.恒温槽の温度を表すT点の電圧は,25Vからスタートして上昇し,多少変動しながら,約50Vで一定になっています.これは恒温槽の温度が50℃に制御されていることを表しています.また,SW点の電圧は,12Vと0Vの矩形波となっており,ヒータがON/OFF制御されていることが分かります.
T点の電圧は,25Vからスタートして,約50Vで一定となっている.
以上,サーミスタと電熱ヒータを使用した温度調整回路について解説しました.サーミスタの詳しい動作と使い方に関しては,「オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門:サーミスタを使用した温度測定回路」を参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_011.zip
●データ・ファイル内容
Thermistor.asc:図3の回路
Thermistor.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
H_Comp.asc:図5の回路
H_Comp.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
T_Cont.asc:図7の回路
T_Cont.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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