同期整流型降圧スイッチング電源の考え方
図1の左の図は,NchMOSトランジスタ(M1)とPchMOSトランジスタ(M2)を使用した,同期整流型降圧スイッチング電源の出力部です.電源電圧は,20VでOut端子には5Vを出力します.そして,Out端子には10Ωの負荷抵抗(RL)が接続されています.
図1の右の図は,MOSトランジスタを駆動するV1とV2の信号波形で,下段がV1,上段がV2の波形です.
この同期整流型降圧スイッチング電源回路に関する説明文として,適切なものは(a)~(d)のどれでしょうか.
電源電圧は,20VでOut端子には5Vを出力する.
(a)逆起電力による破壊を防止するため,L1と並列にダイオードを接続する必要がある
(b)M2を完全にONさせるために,P点の電圧は電源電圧(Vcc)よりも高くする必要がある
(c)V1のハイレベル期間を長く,V2のハイレベル期間を短くすると,出力電圧は大きくなる
(d)デッド・タイムを長くしても,M1とM2が同時にONすることがある
図1は,MOSトランジスタ(M1,M2)をスイッチ(SW)として使用することで電力ロスが小さくなり,高効率に出力電圧を発生させることができます.図1の回路は,同期整流となっています.
まず,M1とM2が,それぞれONになったときとOFFになったときの電流の流れを考え,そして,PchMOSトランジスタとNchMOSトランジスタの特性について考えます.なお,デッド・タイムはV1とV2が共にOFF(0V)の期間をいいます.
コイルをスイッチング駆動するときは,逆起電力による破壊防止のため,スイッチOFF期間の電流ルートを確保する必要があります.しかし,図1のM1とM1のボディ・ダイオードがその働きをします.L1と並列にダイオードを使うことはありませんので,(a)は間違いです.
また,M2は,PchMOSトランジスタなので,ゲート電圧を電源よりも高くする必要はありません.そのため,(b)も間違いです.
次に,V1のハイレベル期間を長く,V2のハイレベル期間を短くすると,出力電圧は小さくなるため,(c)も間違いです.
最後に,デッド・タイムを十分長くしても,M2がONしてD点の電圧が立ち上がったときに,ドレイン・ゲート容量によって,M1のゲート電圧が高くなり,M1とM2が同時にONしてしまうことがあります.したがって正解は(d)ということになります.
●降圧スイッチング電源の基本動作
図2は,スイッチ(SW1)とダイオード(D1)を使った最も基本的な降圧スイッチング電源の構成図です.SW1を周期的にON/OFFすることで,出力電圧を制御します.
SW1がONするとコイル(L1)に電流が流れます.コイルには,電流を流し続けようとする性質があるため,SW1がOFFしたときは,コイルの電流はダイオード(D1)を経由して流れます.
図2で負荷抵抗に流れる電流により,コイルの電流が0にならず,連続して流れている場合の出力電圧は,式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
なお,Vinは電源(Vcc)の電圧でdはSW1がONしている時間の比率(デューティ比)です.
SWを周期的にON/OFFすることで,出力電圧を制御する.
●ダイオードの代わりにスイッチを使う
図3は,図2のダイオード(D1)をスイッチ(SW2)に置き換えたスイッチング電源もあります.図2のSW1をOFFしたとき,コイルの電流はD1を経由して流れるため,D1で発生する電力(D1の電圧降下と電流を掛けたもの)が無駄電力となります.そのため,図2の効率をさらに良くするため,D1をスイッチに置き換えました.ダイオードの代わりに,SW2をタイミング良くON/OFFさせて同じ動作をさせることから,同期整流型降圧スイッチング電源と呼ばれます.
基本的にはSW1とSW2は逆位相でON/OFFさせますが,SW1とSW2が同時にONすると,大きな貫通電流が流れるため,かならず両方のスイッチがOFFになるタイミングを設けます.この期間のことをデッド・タイムと呼んでいます.
ダイオードの代わりにSW2をタイミング良くON/OFFさせる.
●スイッチの代わりにMOSトランジスタを使う
図1は,図3の同期整流型降圧スイッチング電源のスイッチ(SW1,SW2)部分にMOSトランジスタ(M1,M2)を使用したものです.SW1にPchMOSトランジスタを使用し,SW2にNchMOSトランジスタを使用しています.
図4は,図1のデッド・タイムを確認するための回路です.図1の回路のデッド・タイムを「.tran」コマンドを使用して,シミュレーションで確認します.M1とM2のドレインは,それぞれGNDと電源に接続し,電流が流れないようになっています.
V2は,周期が4μsec(250kHz)で5Vの期間が約1μsecのパルス電圧を発生します.デューティ比は0.25となっています.
V1は「.param」コマンドを使用して,遅延時間やON時間を調整することで,デッド・タイムが発生するようにしています.V2の周期も4μsecですが,5Vの期間は(3μsec-2*dt)となっています.ここでdtがデッド・タイムで,図4では0.4μsecに設定しています.
「.param」で遅延時間やON時間を調整し,デッド・タイムを発生させている.
図5は,図4のシミレーション結果です.上段がV1とV2の出力電圧です.下段がNchMOSのゲート・ソース電圧(赤色)と,PchMOSのゲート・ソース電圧(青色)です.
ゲート・ソース電圧は同時にスレッショルド電圧(約2V)以上になることはない.
それぞれのMOSトランジスタのゲート・ソース電圧は,抵抗(R1,R2)とゲート・ソース容量の影響で,波形がなまっています.しかし,同時にスレッショルド電圧(約2V)以上になることはありません.そのため,同時にONすることはなく,デッド・タイムが適切であることが分かります.
●MOSトランジスタを使用した同期整流型降圧スイッチング電源の確認
図6は,いよいよ,図1の回路をシミュレーションするための回路です.V1とV2の設定は,図4と同じで,デッド・タイムも同じ0.4μsecとなっています.
デッド・タイムの設定は図4と同じ0.4 μsecとなっている.
●セルフ・ターン・オン現象
図7は,図6のシミュレーション結果です.最下段がM1のドレイン電流で,ピーク状の非常に大きな電流が流れています.これは,M1とM2共にONしてしまい,貫通電流が流れているためです.
上から2段目が,それぞれのMOSトランジスタのゲート・ソース電圧です.M1のゲート電圧(V(GN))は一度小さくなった後,再び立ち上がり,スレッショルド電圧を越えています.これはM2がONするタイミングでD点の電圧(上から3段目)が立ち上がり,この電圧が,M1のドレイン・ゲート容量を介して,ゲートに加わるためです.このとき,M1とM2共にONとなり,大きな貫通電流が流れます.これはM2がONするタイミングで発生するため,デッド・タイムを大きくしても,防ぐことはできません.この現象はセルフ・ターン・オンと呼ばれています.
M1に非常に大きなピーク状のドレイン電流が流れている.
●セルフ・ターン・オン現象を防止する方法
セルフ・ターン・オン現象を防止する方法の1つは,MOSトランジスタがOFFしているときのゲートを,低インピーダンスで駆動することです.そこで,ゲートに挿入されている抵抗を小さくしてみます.
図8は,図6の回路のR1の値を50Ωから10Ωに変えたときのシミュレーション結果です.D端子が立ち上がったときの,M1のゲート電圧の上昇が,スレッショルド電圧以下に小さくなっており,M1とM2が同時にONすることはありません.M1のドレイン電流のピーク値も小さくなっており,貫通電流が流れていないことが分かります.
なお,ドレイン電流に小さなピークが残っていますが,これは,M1のボディー・ダイオードの逆回復電流です.デッド・タイム期間はM1のボディー・ダイオードに電流が流れているため,ダイオードが逆バイアスになった直後に,逆回復電流が流れます.逆回復電流は,貫通電流と比べると非常に幅の狭い電流になっています.
M1のゲート電圧の上昇が,スレッショルド電圧以下になっている.
以上,MOSトランジスタを使用した同期整流型降圧スイッチング電源について解説しました.降圧スイッチング電源の詳しい動作に関しては,「LTspice電源&アナログ回路入門 ―― 降圧スイッチング電源の基礎」を参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_007.zip
●データ・ファイル内容
Dead_Time.asc:図4の回路
SelfTON.asc:図6の回路
SelfTON.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
SelfTON_10.asc:図8をシミュレーションするための回路
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