マッチング・トランジスタで作るアンプ
図1はマッチング・トランジスタ(Q1,Q2)を使ったゲインが約20倍の反転アンプです.V1が入力の信号源,OUTが出力です.このアンプの特徴は,OUTの直流電圧の温度変化が小さくなります.
Q1,R1,R2,R6はバイアス回路で,Q2,R3,R4,R5のアンプへ適切な直流バイアス電流を加えています.図1において,回路の温度が125℃のとき,OUTの直流電圧は何Vでしょうか.正しいものを(a)~(d)の中から選んでください.
ただし,温度が25℃でのQ1のベース・エミッタ電圧は「VBE1=0.54V」で,1℃上昇するごとに「-2mV/℃」の温度依存があります.抵抗は温度依存がないものとします.
125℃におけるOUTの直流電圧は何Vでしょうか.
(a)直流5.00V (b)直流4.94V (c)直流4.84V (d)直流4.50V
Q1とQ2はマッチング・トランジスタなので,温度特性を含めて全ての特性は同じとみなせます.抵抗は「R2=R4,R5=R6」の関係があり,Q1,R1,R2,R6のバイアス回路とQ2,R3,R4,R5のアンプは,回路図上に示したVcの電圧が等しくなる回路です.これをヒントに25℃のときのOUTの直流電圧を求め,その値が125℃に上昇したときの電圧を検討すると分かります.
直流のとき,コンデンサには,電流が流れないので,図1のC1とV1は回路から外して考えます.以降の式中で使う記号は,Q1とQ2のベース・エミッタ電圧がVBE1,VBE2,エミッタ電流がIE1,IE2,コレクタ電流がIC1,IC2,ベース電流がIB1,IB2とします.
まず,図1上のVCの電圧を使って,IC1とIC2の関係を検討します.VCは,Q1,R2,R6の回路側を見ると式1が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
同様に,R5の左側はVcの電圧なので,Q2,R4,R5の回路側は式2が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
Q1のベース・エミッタ電圧は,エミッタの逆方向飽和電流をIS,熱電圧をVTとすると「VBE1=VTln(IC1/IS)」になります.また,エミッタ電流が「IE1=IB1+IC1」,ベース電流は電流増幅率をβとすると「IB1=IC1/β」になります.この関係を式1に入れて整理すると式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
同様に式2は,Q2のベース・エミッタ電圧を「VBE2=VTln(IC2/IS)」,エミッタ電流が「IE2=IB2+IC2」,ベース電流は電流増幅率をβとすると「IB2=IC2/β」とすると,式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
マッチング・トランジスタは,同じ特性であることから,式3と式4にあるエミッタの逆方向飽和電流ISと電流増幅率βは同じになります.また,熱電圧(VT)は,ボルツマン定数をk,絶対温度をT,電子の電荷をqとすると「VT=kT/q」となって同じになります.式3と式4の電圧はVCで同じになることから,2つの式を等しいとおくと,図1の「R2=R4」,「R5=R6」の関係より「IC1=IC2」になります.このように直流ではQ1のコレクタに流れる電流とQ2のコレクタ電流が等しくなるカレント・ミラー回路として動作し,Q1とQ2のコレクタ電流値が回路の直流バイアス電流となります.
次に,具体的な直流バイアス電流を求めて,OUTの直流電圧を検討します.Q1のコレクタ電流は,電源電圧(V2)からR1,Q1,R2を通ってGNDに流れる直列回路の電流です.25℃における電流は,電源電圧が「V2=10V」,Q1のベース・エミッタ電圧は「VBE1=0.54V」,抵抗値は「R1=18.2kΩ」,「R2=499Ω」を使い,オームの法則より式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
25℃におけるOUTの直流電圧は,電源電圧(V2)からR3による電圧降下を減じた電圧になります.R3の電圧降下は「VR3=IC2*R3」であり,「IC1=IC2」の関係と式5より「IC2=506μA」となります.よって,OUTの直流電圧は式6となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
温度が25℃から125℃へ変化したときを考えます.125℃と25℃の温度差は100℃です.ベース・エミッタ電圧は1℃上昇するごとに-2mV/℃の温度依存があるので,125℃のベース・エミッタ電圧は25℃の電圧から200mV低くなり,「VBE2=0.34V」となります.式5と同じようにオームの法則を使ってQ1のコレクタ電流を求めると式7となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
「IC1=IC2」の関係を使い,125℃におけるOUTの直流電圧は式8となります.この検討より,正解は(c)直流4.84Vとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
図1のマッチング・トランジスタを使ったアンプは,式6で検討した25℃の直流電圧4.94Vと,式8で検討した125℃の直流電圧4.84Vから分かるように,その差は0.1Vしか無く,OUTの直流電圧の温度変化が小さくなるのが特徴です.
●抵抗で直流電圧を加えるトランジスタ・アンプ
図2の回路は,抵抗を使って,直流電圧を加え,ゲインが約20倍(G=-R3/R4)になる,よく使われる反転アンプです.ここでは,図2の特性(抵抗で直流電圧を加える)と図1の特性(マッチング・トランジスタで直流電圧を加える)を比較し,図2の回路が,温度変化により,OUTの直流電圧の変化が図1より大きくなることを解説します.
図1と図2を比べると,R1とR2のバイアス回路だけが違います.図2のバイアス回路は,R1とR2の分圧回路でQ2のベースにバイアス電圧を加える回路形式です.トランジスタは2N2222を用い,ベース・エミッタ電圧は1℃上昇するごとに「-1.7mV/℃」の温度依存となります.図2の詳細については「オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門 ―― エミッタ接地回路のゲイン」で解説しています.参考にしてください.
●「.step」で回路の温度を変えてシミュレーションする
図2を用いて,-25℃,25℃,75℃,125℃の温度におけるトランジェント解析を実行して,OUTの波形をプロットし,温度による変化を確かめます.使用するドット・コマンドは「.tran」と「.step」です.
図2の「.tran 5m」は,時間が0msから始まり,5msまでのトランジェント解析を実行するという意味になります.「.step temp -25 125 50」は回路の温度を-25℃から125℃までを50℃ステップで変化させるという意味で,-25℃,25℃,75℃,125℃の4つの温度で,トランジェント解析「.tran 5ms」を実行します.
図3は,図2のシミュレーション結果です.0ms~2msまでの時間は交流信号が無いので,直流電圧となります.2ms以降は入力の振幅が100mVの正弦波を回路のゲインで増幅しています.
図3より,0ms~2ms間をみると,4つの温度でOUTの直流電圧が大きく変化しているのが分かります.高温になるとOUTの直流電圧が低くなるので,125℃のときは波形の下側がGNDに近づいてスイングすることができずひずんでいます.このように図2の抵抗の分圧回路を用いると,Q2のベース・エミッタ電圧の温度変化によりR4の電流が変化します.R4は499Ωなので小さな抵抗値であり,ベース・エミッタ電圧のわずかな変化で直流バイアス電流は大きく変わります.R4の電流はQ2のコレクタ電流となり,R3の電圧降下が大きくなってOUTの直流電圧の温度変化も大きくなります.この温度特性を改善した回路が図1となります.
OUTの直流電圧の変化が大きい.
●マッチング・トランジスタのスパイス・モデルの入手
マッチング・トランジスタは,デュアル・トランジスタの名前でも呼ばれています.ここでは実デバイスのマッチング・トランジスタでシミュレーションするため,アナログ・デバイセズ社のスパイス・モデルを入手します.使用するデバイスは「MAT12」です.次のリンクより検索してスパイス・モデルをローカルPCヘダウンロードしてください.
https://www.analog.com/en/design-center/simulation-models/spice-models.html
●シンボルの自動生成
図4は,ダウンロードした「MAT12」のスパイス・モデルを表示しました.このスパイス・モデルは,サブ・サーキットで記述されています.サブ・サーキットは繰り返し使う回路を定義するもので,始まりを表す「.SUBCKT」と,終わりを表す「.ENDS」の間にあります.「.SUBCKT」の構文は「.SUBCKT MAT12 1 2 3 5 6 7」となっており,その意味はサブ・サーキット名が「MAT12」で,続く数字はサブ・サーキットの入出力となる6個のノード番号(コレクタ,ベース,エミッタが2個分)です.「.ENDS」はサブ・サーキットの終わりを示す指令で,「.SUBCKT」を使うときは最後の行に記述します.
.SUBCKT上で右クリックし,シンボルを自動生成できる.
サブ・サーキットを回路図上で使うときは,対応したシンボルを作成します.LTspiceにはシンボルの自動生成機能があるので,今回はそれを使います.シンボルの自動生成は,図4中で次のように行います.
(1) 図4の「.SUBCKT」の行上で右クリックします
(2) プルダウンメニューが出ます
(3) 「Create Symbol」を選びます
作成したシンボルは「AutoGenerated」フォルダが自動作成され,次の場所に保存されます.
C:\Users\ユーザ名\Documents\LTspiceXVII\lib\sym\AutoGenerated
図5(a)は自動生成後のシンボルです.図5(b)は配線しやすいようにシンボルの5ピンと7ピンを入れ替えました.今回は図5(b)のシンボルを使います.
(a)自動生成後のシンボル (b)ピン配置を編集後のシンボル
図5の1ピン,2ピン,3ピン,5ピン,6ピン,7ピンは「MAT12」サブ・サーキットの端子(入出力となるノード番号)で,トランジスタ端子との関係は,図4の「MAT12」冒頭にコメントで記載があります.具体的には表1となります.
作成したシンボルの呼び出しは,トランジスタや抵抗などと同じように,ツールバーのComponentへ進み,図6のようにAutoGeneratedフォルダからMAT12のシンボルを選びます.
自動生成したシンボルはAutoGeneratedフォルダにある.
●マッチング・トランジスタで作ったアンプのシミュレーション
図7は,MAT12を使い,図1のマッチング・トランジスタを使ったアンプを書き直した回路です.MAT12のベース・エミッタ電圧は1℃上昇するごとに「-2.2mV/℃」の温度依存となります.使用するドット・コマンドは図2と同じの「.tran 5m」と「.step temp -25 125 50」にして,シミュレーション結果を比較します.
図8は,図7のシミュレーション結果で,-25℃,25℃,75℃,125℃の4つの温度におけるトランジェント解析のプロットになります.図3の抵抗でバイアスしたトランジスタ・アンプのシミュレーション結果と比較すると,0ms~2ms間の直流電圧の温度変化は小さくなり改善されているのが分かります.また,125℃における直流電圧は4.81Vであり,解答の4.84Vに近い値になります.直流電圧の変化が小さいので,高温になっても波形がひずむまで余裕があります.
OUTの直流電圧の変化は小さくなる.
以上のように,マッチング・トランジスタを使うことにより,温度変化によるOUTの直流電圧の変化を小さくすることができます.温度が変化したときの回路の動作をシミュレーションするときは,「.step」コマンドで,tempの変数を調べたい温度に変更し,シミュレーションで確かめることができます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_006.zip
●データ・ファイル内容
Resistive biasing transistor amplifier.asc:図2の回路
Resistive biasing transistor amplifier.plt:図2のプロットを指定するファイル
Matched biasing transistor amplifier.asc:図7
Matched biasing transistor amplifier.plt:図7のプロットを指定するファイル
※図7中のMAT12は回路図ファイルにありません.スパイス・モデルをダウンロードして,シンボルを作り,回路に入れてください.
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