1つの入力から同相と逆相の2つの出力を作る
図1は,トランジスタ1個で作った,OUT1とOUT2の波形が逆相となるフェーズ・スプリッタ(phase splitter)です.入力信号は0Vを中心に振幅が5Vの正弦波で,OUT1の波形が入力の逆相で,OUT2の波形が入力と同相となります.また,直流バイアス電圧は,OUT1が15V,OUT2が5Vになるように抵抗(R1,R2,R3,R4)を調整しています.この回路で,OUT1とOUT2の波形として正しいのは,図2の(a)~(d)のどれでしょうか.
入力の正弦波は,C1を通過しても減衰せずにQ1のベースに重畳(ちょうじょう)されるものとします.また,トランジスタの電流増幅率は十分大きく,その影響は無視できるものとします.
(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形
入力の信号は,C1を通過しても減衰せずにQ1のベースに重畳されるので,Q1のベースからエミッタへの信号の伝わり方を検討するとOUT2の振幅が分かります.そしてOUT2からR3への信号の伝わり方を検討するとOUT1の振幅が分かります.
図3は,フェーズ・スプリッタの動作波形(1),(2),(3),(4)を回路図へ示しました.この図を使って解説します.
入力信号は,C1を通過し,図3の(1)の波形のように直流バイアス電圧「VB=5.65V」を中心に振幅が5Vの正弦波となります.その信号は,Q1のベース電圧となり,ベース・エミッタ間電圧(0.65V)分だけ低くなった信号がOUT2へ同相で伝わります.ベース・エミッタ間電圧は,信号が振れてもほぼ一定の電圧「VBE=0.65V」とみなせるので,OUT2は,図3の(2)の波形となり,直流バイアス電圧「VB-VBE=5V」を中心に振幅が5Vの正弦波になります.OUT2がこの波形になっているのは図2の(a)と(b)であり,図2の(c)と(d)は候補から消えます.
次に,OUT2の電圧変化は,図3の(3)のR4の電流変化となり,Q1のエミッタからコレクタを通って,R3に同じ電流変化が伝わります.具体的にはOUT2の直流バイアス電圧が5Vなので,R4に流れる直流分はオームの法則より「5V/5.1kΩ=980μA」となります.同様に交流分は振幅が5Vなので電流の振幅が980μAとなって伝わります.この動作により,OUT1の直流バイアス電圧は電源電圧20VからR3の電圧降下を減じた電圧なので,「20V-980μA*5.1kΩ=15V」となります.同様に交流分は「980μA*5.1kΩ=5V」の振幅となります.OUT1の波形は,図3の(4)の波形となり,直流バイアス電圧15Vを中心に振幅が5Vの正弦波になります.OUT1の位相は,OUT2の電圧が高くなるとR4の電流が増えてR3に伝達され,OUT1の電圧は低くなるので逆相の信号となります.OUT1がこの波形になっているのは図2の(a)となります.
●フェーズ・スプリッタの用途
図1のフェーズ・スプリッタは,トランジスタ1個で,入力の信号から同相と逆相の2つの出力信号を生成できます.身近な使用例は,汎用ロジックのTTL回路で,トーテム・ポール出力段(プッシュ・プル回路)のドライブ回路に使われています.
●回路定数の設定
解答では,Q1のベースから信号を追って,OUT1とOUT2の波形を考えました.ここでは,解答とは逆方向の,OUT1とOUT2から入力に向かって検討し,どのように図1の回路定数にしたかを解説します.
設計の流れは,OUT1とOUT2の直流バイアス電圧の目標値からR3とR4を決めます.次に,OUT2の直流バイアス電圧の目標値にするのに必要なQ1のベース電圧が分かるので,そのベース電圧になるようにR1とR2を決めます.
設計の条件として,電源電圧が20V,OUT1の直流バイアス電圧が15V,OUT2の直流バイアス電圧が5V,OUT1とOUT2の交流の振幅は同じになるようにします.また,R4に流れる直流電流は約1mA,Q1のベース・エミッタ間電圧は0.65Vで電流増幅率は200とします.
●回路定数の算出
まず,OUT2の直流バイアス電圧が5VになるR4を決めます.設計の条件よりR4に流れる直流電流の目標は約1mAとしたので,オームの法則によりR4は式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
E24の抵抗の系列から近い値を選んで,「R4=5.1kΩ」としました.次に,OUT1の直流バイアス電圧の検討に移ります.R4の直流電流は,R3の直流電流と同じで,「R3=R4」とするとR3の電圧降下はR4と等しい5Vになります.よって,OUT1の直流バイアス電圧は「20V-5V=15V」となり設計の条件を満足します.この検討より「R3=5.1kΩ」としました.
OUT1とOUT2の交流の振幅も「R3=R4」とすることにより,同じ振幅になるので設計の条件を満足します.位相はOUT2が高くなるとOUT1は低くなるので逆相の関係になります.
次にR1とR2の検討に入ります.Q1のコレクタ電流はR4に流れる直流電流とほぼ等しく,Q1の電流増幅率は200の条件から,Q1のベース電流は式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
OUT2の直流バイアス電圧は5V,ベース・エミッタ間電圧は0.65Vの設計の条件より,Q1のベース電圧は式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
R1の直流電流は,R2の直流電流とベース電流に分流します.式2のベース電流の変化による誤差を少なくするため,R2の直流電流はベース電流の10倍以上にし,ここでは,余裕をみて90μAとします.この検討より,R2の両端にかかる電圧は式3の5.65Vと,直流電流は90μAを使い,R2はオームの法則より式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
E24の抵抗の系列から近い値を選んで「R2=62kΩ」としました.R1の直流電流は,R2の直流電流と式2のベース電流を加えた電流なので「90μA+5μA=95μA」となります.また,R1の両端に掛かる電圧は,電源電圧と式3のベース電圧より「20V-5.65V」となります.これよりR1はオームの法則により式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
E24の抵抗の系列から近い値を選んで,「R1=150kΩ」としました.このようにしてR1,R2,R3,R4の抵抗値を決めています.C1のカップリング・コンデンサは,信号周波数と回路の入力インピーダンスにより,信号振幅が減衰しない容量にします.
●トランジェント解析で直流バイアス電圧を表示させる方法
図1で使用している「.tran」は,トランジェント解析を実行します.トランジェント解析は,時間の経過による回路の応答を調べるときに使います.なので「.tran 4m」は,時間が0sから始まり,4msまでのトランジェント解析を実行するという意味になります.
LTspiceや他のSPICEもそうですが,トランジェント解析の実行前に回路の直流バイアス・ポイントを求めるドット・コマンド「.op」を自動で実行しています.自動で実行した「.op」の結果は,トランジェント解析終了後に回路図上にプロットできます.
図4は「.op」の結果を回路図上にプロットするやり方のスクリーン・ショットです.シミュレーション終了後に次のように行います.
(1)調べたい箇所のワイヤ上にマウスを当てて右クリックします
(2)プルダウン・メニューが出ます
(3)「Place .op Data Label」を選び回路図上に表示させます
図5は,図4に示した方法を使って,図1のQ1ベース,OUT1,OUT2の直流バイアス電圧を回路図上に表示させました.このように,Q1ベースが5.65V,OUT1が15V,OUT2が5Vとなり,3箇所の直流バイアス電圧は,先ほどの設計手順の直流バイアス電圧と同じになることが分かります.
●フェーズ・スプリッタの回路動作を確認する
図6は,図1のトランジェント解析の結果です.上段が入力信号,下段がOUT1とOUT2の出力信号をプロットしました.
上段が入力信号,下段がOUT1とOUT2の波形をプロット.
図6より,OUT2は,入力と同相で直流バイアス電圧5Vを中心に振幅が5Vの正弦波となります.OUT1は入力と逆相で直流バイアス電圧15Vを中心に振幅が5Vの正弦波となります.図6の下段は図2の(a)と同じになり,フェーズ・スプリッタは入力の信号から同相と逆相の2つの出力信号を生成することがシミュレーションで確かめられました.
以上,トランジスタ1個で作るフェーズ・スプリッタの設計手順と回路動作について解説しました.LTspiceはトランジェント解析の前に,自動で「.op」を実行するので,シミュレーション終了後に回路の直流バイアス・ポイントを調べることができます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_004.zip
●データ・ファイル内容
Phase splitter.asc:図1の回路
Phase splitter.plt:図1のプロットを指定するファイル
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