トランジスタのモデル・パラメータと特性




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■問題
使用するコマンド ― .MODEL /.DC/.STEP

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,PNPトランジスタ(Q1,Q2)によるカレント・ミラーを使用して,抵抗(R1)に電流を流し,一定の電圧を発生させる回路です.シミュレーションする際に,Q1とQ2の,あるモデル・パラメータの値を200から50に変化させたところ,Out端子の電圧が1.12Vから1.52Vに変化しました.変化させたモデル・パラメータは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 カレント・ミラーを使用して,抵抗(R1)に電流を流し,一定の電圧発生させる回路
変化させるモデル・パラメータ以外は,デフォルト値になっているものとします.

(a) BF(順方向電流増幅率)
(b) VAF(順方向アーリ電圧)
(c) RB(ベース抵抗)
(d) RC(コレクタ抵抗)


■ヒント

 モデル・パラメータとは,シミュレーションする素子の特性を実際の製品の特性に近づけるためのものです.非常に多くのパラメータがあります.BFは順方向電流増幅率,VAFは順方向アーリ電圧,RBはベース抵抗,RCはコレクタ抵抗を表しています.この4つのパラメータを変化させたときに,Q2の電流がどのように変わるかを考えれば,答えが分かります.

■解答


(b) VAF(順方向アーリ電圧)

 VAFは,順方向アーリ電圧を表しています.アーリ電圧が小さくなると,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧が変化したとき,コレクタ電流が大きく変化します.また,図1のQ1のコレクタ・エミッタ間電圧は,約0.7Vと小さいのに対して,Q2のコレクタ・エミッタ間電圧は,約29Vと大きくなっています.そのため,アーリ電圧が小さくなると,Q1よりもQ2のコレクタ電流が大きくなり,Out端子の電圧が高くなります.
 BFの値を変えたときも,Q2の電流は多少変化します.しかし,BFが小さくなると,Q2の電流は小さくなるため,設問の条件に合いません.
 RBおよびRCを200Ωから50Ωに変えても,Q1,Q2の電流は,100μAと小さいため,特性は変化しません.したがって,正解は(b)のVAFということになります.


■解説

●トランジスタのモデル・パラメータは「.model」コマンドで指定する
 LTspiceでシミュレーションを行う場合,使っている素子がどんな特性なのかを指定する必要があります.この素子の特性を定義するためのコマンドが「.model」で,書式は「.model モデル名 モデル・タイプ(モデル・パラメータ群)」となり,例を示すと次のようになっています.

例:「.model PNP200 PNP(VAF=200)」

 モデル名は,定義したモデルを識別するためのものです.回路図上の素子に,そのモデル名を記載することで,その素子特性を使用したシミュレーションが行えます.また,モデル・タイプで素子の種類を指定し,モデル・パラメータ群で素子の特性を指定します.(モデル・パラメータ群)は,省略可能で,記載しなかった場合はデフォルト値が適用されます.
 モデル・パラメータは,非常に多くの種類がありますが,その意味とデフォルト値は,図2のようにLTspiceのHelpで確認することができます.


図2 LTspiceのHelpで素子Q(トランジスタ)の説明を表示したもの
モデル・パラメータの意味とデフォルト値を確認することができる.

 また,LTspiceでトランジスタを配置すると,図1のようにデフォルトのモデル名「PNP」が指定されています.この回路をシミュレーションすると,「.model PNP PNP」というコマンドが自動的に追加されます.このコマンドは,「PNPというモデル名の素子はPNPトランジスタで,モデル・パラメータはすべてデフォルト値」という意味になります.

●トランジスタのモデル・パラメータを変えて静特性を確認する
 図3は,モデル・パラメータの異なるトランジスタの,静特性をシミュレーションするための回路です.


図3 モデル・パラメータの異なるトランジスタの静特性を確認するための回路
アーリ電圧の異なるPNP50とPNP200というモデルを定義している.

 「.model PNP200 PNP(VAF=200)」でアーリ電圧200Vの,PNP200という名前のモデルを定義し,「.model PNP50 PNP(VAF=50)」でアーリ電圧50Vの,PNP50という名前のモデルを定義しています.そしてQ1は,PNP200というモデルを指定し,Q2はPNP50というモデルを指定して特性の違いを調べます.
 なお,F1は電流制御電流源で,V2に流れる電流と同じ電流が出力されます.そのため,F1の電流はI1と同じ値になります.そして,V1を0Vから30Vまで10mVステップで変化させ,さらにI1を1μAから6μAまで1μAステップで変化させます.
 図4は,モデル・パラメータの異なるトランジスタの,静特性のシミュレーション結果です.


図4 モデル・パラメータの異なるトランジスタの,静特性のシミュレーション結果
アーリ電圧が小さいトランジスタは,コレクタ電流の変化が大きい.

 Q1,Q2のコレクタ電流を表示したものですが,PNPトランジスタのコレクタ電流は負の値になるため,マイナスをつけて符号を反転しています.
 図4を見ると,アーリ電圧が小さいトランジスタは,コレクタ・エミッタ間電圧が変わったときの,コレクタ電流の変化が大きいことが分かります.

●「.stepコマンド」でトランジスタのモデル・パラメータを変える
 図3では,VAFの値の異なる,2つのモデルを定義してシミュレーションを行いました.しかし,「.stepコマンド」を使用すると,同じモデルのモデル・パラメータを変化させてシミュレーションを行うことができます.
 図5は,図1の回路で,Q1,Q2のモデル・パラメータのVAFの値を,200と50に変化させてシミュレーションするための回路です.


図5 V1の値を2Vから30Vまで変化させたときの,Out端子の電圧をシミュレーションする
「.stepコマンド」でモデルパラメータの値を変化させている.

 「.stepコマンド」で,数値リストを使って,モデル・パラメータを変化させるときの書式は,「.step モデル・タイプ モデル名(モデル・パラメータ) list 数値1 数値2 ...」となり次の例のようになります.

例:「.step PNP Ptyp(VAF) list 200 50」

 コマンドの意味は,Ptypという名前のモデルの,VAFというモデル・パラメータの値を200と50に変化させています.また,「.DCコマンド」でV1の値を2Vから30Vまで変化させて,Out端子の電圧変化をシミュレーションします.
 図6は,図5のシミュレーション結果です.「.stepコマンド」でモデルパラメータの値を変化させたときの,Out端子の電圧を表示しています.VAFが50Vのときは,V1の変化に対するOut端子の電圧の変化が大きくなっています.また,VAFを200から50に変えると,V1=30VときのOut端子の電圧は,1.12Vから1.52Vに変わることが分かります.


図6 「.stepコマンド」でモデルパラメータの値を変化させたときのOut端子の電圧
VAFが小さいと,V1の変化に対するOut端子の電圧の変化が大きい.

●カレント・ミラーの電源電圧依存性を改善する
 カレント・ミラー回路は,集積回路(IC)では非常に頻繁に使用されます.しかし,図1で使用しているカレント・ミラー回路は,電源電圧が変化したときの出力電流の変化が大きいという欠点があります.そのため,電源電圧依存性を改善するための回路が,いろいろ考案されています.
 図7の「回路2」と「回路3」は,代表的な改善型カレント・ミラー回路です.アーリ電圧が50Vのモデルを使用して,V1の値が変わったときの,3つの回路の出力電圧をシミュレーションします.


図7 電源電圧依存性を改善したカレント・ミラー回路をシミュレーションする
「回路2」と「回路3」は,代表的な改善型カレント・ミラー回路.

 図8図7の改善型カレント・ミラー回路のシミュレーション結果です.図1と同じ「回路1」の出力である,V(out1)はV1の変化によって,大きく出力電圧が変化していますが,「回路2」と「回路3」の出力である,V(out2)とV(out3)の変化はかなり小さくなっています.


図8 電源電圧依存性を改善したカレント・ミラー回路のシミュレーション結果
「回路2」と「回路3」の出力電圧の変化はかなり小さくなっている.

 以上,トランジスタのモデル・パラメータについて解説しました.シミュレーション結果を,実物の回路動作と近づけるためには,使用している部品のモデル・パラメータが非常に重要です.最近はいろいろな部品メーカが,自社の部品のモデル・パラメータを公開しています.LTspiceに登録されていない部品を使用する場合は,メーカからモデル・パラメータを入手して利用することも検討してみてください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_003.zip

●データ・ファイル内容
IC_VCE_VAME.asc:図3の回路
IC_VCE_VAM.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
CM_VAF_step.asc:図5の回路
impCM_VAF.asc:図7の回路

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