直流バイアス電圧を調整するレベル・シフト回路
図1は,Q1のトランジスタとR1とR2の分圧器を使った,レベル・シフト回路です.レベル・シフト回路は,前段回路と後段回路の直流バイアス電圧を調整するときに使います.Q1のベースが入力,OUTが出力となります.図1の前段回路の信号は,V1の電圧源で表し,直流バイアス電圧2Vを中心に正負に振れる信号です.このときOUTから後段に伝わる信号の直流バイアス電圧は(a)~(d)のどれでしょうか.
Q1のベース・エミッタ電圧(VBE)が0.72V,回路の正の電源(VCC)が+10V,負の電源(VEE)が-10V.
(a)+1.26V (b)+0.64V (c)-3.64V (d)-4.36V
直流バイアス電圧の計算の条件として,図1の中から,Q1のベース・エミッタ電圧(VBE)が0.72V,回路の正の電源(VCC)が+10V,負の電源(VEE)が-10Vとなります.Q1のエミッタ電圧を求めて,その電圧からR1の電圧降下を減算するとOUTの電圧が分かります.
OUTの電圧は,V1からどのくらい低くなるかを検討します.図1より,V1からVBEを減じた電圧がQ1のエミッタ電圧なので「VE=V1-VBE」となります.エミッタ電圧から抵抗の電圧降下(R1IE)を減じた電圧がOUTの電圧なので「VOUT=VE-R1IE」となります.この2つの関係よりOUTの電圧は式1となります.ここでIEはトランジスタのエミッタ電流です.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
次にエミッタ電流(IE)は,直列接続した「R1+R2」の合成抵抗の両端にかかる電圧と抵抗値より求めることができます.「R1+R2」の両端にかかる電圧は,エミッタ電圧(VE)と負の電源(VEE)なので「VR1+R2=VE-VEE」となります.エミッタ電圧は「VE=V1-VBE」なので,「VR1+R2=V1-VBE-VEE」となります.オームの法則より電流は式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2を式1へ代入するとVOUTは式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3へ図1の「V1=2V,VBE=0.72V,VEE=-10V,R1=470Ω,R2=470Ω」を入れると「VOUT=-4.36V」となり,OUTの直流バイアス電圧は(d)が正解となります.
●レベル・シフト回路の用途
レベル・シフト回路は,直流バイアス電圧を調整するときに使います.具体例をあげると,DC結合したアンプの直流バイアス電圧調整です.DC結合は各段を直接接続して,直流と交流の両方を増幅します.このため,DC結合を使うときは直流の増幅でアンプを飽和させないことや,交流のダイナミックレンジを広くするため直流バイアス電圧を電源電圧の半分に設定する等の配慮が必要になります.このようなときにレベル・シフト回路を段間に入れて,直流バイアス電圧を調整します.
●レベル・シフト回路の動作を確認する
図2は,図1のシミュレーション結果です.レベル・シフト回路の入力になるBラベルと出力になるOUTをプロットしました.上の入力波形は,0ms~5msの間,直流バイアス電圧が2Vで交流が無信号になります.5ms以降は,2Vの直流バイアス電圧を中心に交流が±2Vの振幅となり,周波数が1kHzの正弦波になります.このように,5msを境に入力波形を分けて,直流と交流の電圧を測りやすいようにしました.
下のOUTの波形は,0ms~5msの間は出力の直流バイアス電圧となります.5ms以降はレベル・シフト回路を通過したときの交流の振幅が分かります.これらの具体的な電圧値はドット・コマンドの「.MEAS」で調べます.
ベースの電圧波形とOUTの電圧波形をプロット.
図1のドット・コマンドは「.tran」と「.MEAS」を使用しています.トランジェント解析「.tran」は,時間の経過による回路の応答を調べるときに使います.なので「.tran 10m」は,時間が0sから始まり,10msまでのトランジェント解析を実行するという意味になります.
「.MEAS」は,図1に5つあります.「.MEAS」を使うとき,解析のタイプを指定する必要があり,トランジェント解析では「.MEAS TRAN」というように指定します.コマンドの内容の意味は次のようになります.
1.「.MEAS TRAN DC_OUT FIND V(out) AT=2m」
2msの時間におけるOUTの電圧を探し,DC_OUTに入れます.
2.「.MEAS TRAN DC_Emitter FIND V(E) AT=2m」
2msの時間におけるEラベルの電圧を探し,DC_ Emitterに入れます.
3.「.MEAS TRAN in_pp PP V(B)」
Bラベルの電圧のピーク・ツー・ピークを求め,in_ppに入れます.
4.「.MEAS TRAN out_pp PP V(out)」
OUTの電圧のピーク・ツー・ピークを求め,out _ppに入れます.
5.「.MEAS TRAN Gain PARAM out_pp/in_pp」
測定したin_ppとout_ppの値を使い,out_pp/in_ppの除算した結果をGainに入れます.
図3は,5つの「.MEAS」の結果です.これらはログ・ファイル中にあるので,回路図ウインドウのメニュー・バーから「Veiw」→「SPICE Error Log」とするか,また,回路図上で,キーボード上で「Ctrl+L」を行いとログ・ファイルを表示します.
測定した値がログ・ファイルにある.
「dc_out」は,時間が2msにおけるOUTの直流バイアス電圧で,-4.36Vであることが分かります.この電圧は,解答の(d)と一致し,シミュレーションでもOUTの直流バイアス電圧が確認できました.
「dc_emitter」は,時間が2msにおけるエミッタ電圧です.エミッタ電圧と入力の直流バイアス電圧より,Q1のベース・エミッタ電圧は「VBE=2V-1.28V=0.72V」と計算できます.このベース・エミッタ電圧が,図1に示した「VBE=0.72V」になります.
残りの3つは,直流バイアス電圧に正弦波が重畳されたときの振幅とゲインの計算結果となります.数値は約,次のようになります.
「in_pp」は,入力信号のピーク・ツー・ピークの電圧で4Vppとなります.
「out_pp」は,OUTのピーク・ツー・ピークの電圧で2Vppとなります.
「gain」は「out_pp/in_pp」の計算から0.5倍となり,出力振幅が入力振幅より減衰します.
減衰する理由について式3を使って検討します.式3より,V1が直流のみの場合は電圧シフトとなりますが,V1に交流が重畳されるとR2/(R1+R2)の係数で減衰するのが分かります.「R1=R2=470Ω」なので,ゲインは0.5倍となりシミュレーションと一致します.このように図1のレベル・シフト回路はR1とR2で直流を調整すると交流が減衰してしまうのが弱点になります.
●定電流源を使ったレベル・シフト回路
図4は,図1の交流が減衰する弱点をカバーするレベル・シフト回路です.図1のR2を定電流源のI1に変えたものです.I1の電流値は,図1のエミッタ電流と同じにしました.具体的には,式2へ「V1=2V,VBE=0.72V,VEE=-10V,R1=470Ω,R2=470Ω」を入れて求めた「IE=12mA」です.I1以外の回路定数やコマンドは図1と同じです.
図1のR2をI1に変更した回路.
図4のOUTの電圧は,V1からベース・エミッタ電圧(VBE)と抵抗の電圧降下(R1I1)を減じた電圧なので式4となります.式4は,式3のようにV1にかかる係数がないので,交流が重畳されても減衰せずにゲインは1倍となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●定電流源のレベル・シフト回路を確認する
図5は,図4のシミュレーション結果です.レベル・シフト回路の入力になるBラベルと出力になるOUTをプロットしました.図2のOUTのプロットと比べると,0ms~5ms間の直流バイアス電圧は変わらずに,5ms以降の交流の振幅は減衰しないことが分かります.
ベースの電圧波形とOUTの電圧波形をプロット.
図6は,図4の5つの「.MEAS」の結果です.出力の直流バイアス電圧である「dc_out」は,-4.36Vで図3の結果と変わりません.交流の数値は約「in_pp」が4Vpp,「out_pp」が4Vppとなります.「gain」は1倍となり,図1の0.5倍減衰する弱点をカバーしていることが分かります.
測定した値がログ・ファイルにある.
以上,解説したように,レベル・シフト回路は,直流バイアス電圧の調整に使います.レベル・シフト回路の作り方は他にもあり,図1のR1をダイオードやツェナー・ダイオードに変える方法もあります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_002.zip
●データ・ファイル内容
DC Level Shift 1.asc:図1の回路
DC Level Shift 1.plt:図1のプロットを指定するファイル
DC Level Shift 2.asc:図4の回路
DC Level Shift 2.plt:図4のプロットを指定するファイル
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