高い電圧が掛からないOPアンプ回路の工夫




『LTspice Users Club』のWebサイトはこちら

■問題
IC内部回路 ― 上級

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,308型OPアンプの内部回路と負帰還回路からなる非反転アンプです.V3が入力,OUTが出力,ゲインがR20とR21の抵抗比で決まります.OPアンプ内部回路の初段アンプは,Q3とQ4の差動アンプとなり,コレクタ・エミッタ間の電圧(VCE3,VCE4)が,高い電圧が掛からないように内部回路で工夫されています.その電圧として正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.
 


図1 308型OPアンプの内部回路と負帰還回路からなる非反転アンプ
トランジスタのベース・エミッタ間電圧が「VBE=0.6V」
Q5とQ17のコレクタ電流が「IC=6μA」の定電流源
ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\LM308.asc

(a) 約0.6V (b) 約1.2V (c) 約1.8V (d) 約2.4V


■ヒント

 図1のOPアンプは,308型の内部回路です.負帰還によりIN+とIN-の電圧は,バーチャル・ショートで同じ電圧となります.また,差動アンプが平衡するので,Q5のコレクタ電流は半分ずつQ3とQ4に流れます.差動アンプは,左右対象の回路なので,平衡しているとき,Q3とQ4のコレクタ・エミッタ間電圧が同じになります.Q3とQ4のベース電圧を起点にトランジスタのコレクタ電圧(VC3,VC4)とエミッタ電圧(VE3,VE4)を求め,電圧の差を計算すると,コレクタ・エミッタ間の電圧(VCE3,VCE4)が分かります.

■解答


(a) 約0.6V

 図2は,図1からOPアンプの初段アンプを抜き出した回路です.Q15とQ17は,定電流源のI5とI17の記号で表しました.差動アンプが平衡しているとQ3とQ4のコレクタ・エミッタ間電圧は同じになるので,ここではIN+側に接続しているQ4のコレクタ・エミッタ間電圧(VCE4)を計算します.


図2 図1の初段アンプ

 図2のQ4のベース電圧となるIN+の電圧をVIN+とします.VIN+の電圧を起点にQ4のコレクタ電圧(VC4)を検討します.VIN+から見たQ14のベース電圧は,VBE4とR1の電圧降下を減じた電圧となります.Q14のベース電圧に,VBE14とVBE18を加えた電圧がQ7のベース電圧となります.Q7のベース電圧からVBE7を減じた電圧がQ4のコレクタ電圧(VC4)となります.この関係よりQ4のコレクタ電圧(VC4)は式1となります.

・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 次にQ4のエミッタ電圧(VE4)は,VIN+からVBE4を減じた電圧となり,式2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 全てのトランジスタのベース・エミッタ間電圧を「VBE」とし,式1から式2を減算してコレクタ・エミッタ間電圧(VCE4)を求めると式3となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3は,VIN+の項が消えるため,Q4のベース電圧が変動しても一定のコレクタ・エミッタ間電圧となります.式3で「VBE=0.6V」,「I5=6μA」,「R1=2kΩ」とすると「VCE4=594mV」となります.同様の計算がQ3側でも成り立ち,コレクタ・エミッタ間電圧は「VCE3=594mV」となります.以上より解答は(a)の約0.6Vとなります.

■解説

●308型OPアンプの内部回路
 308型OPアンプは,初段の差動アンプ(図1のQ3,Q4)に直流電流増幅率が数千あるスーパーベータ・トランジスタ(Super-β Transistor)を使い,入力バイアス電流を数nA以下にしたOPアンプです.入力バイアス電流を低減するほど理想OPアンプに近づきます.スーパーベータ・トランジスタは,コレクタ・エミッタ間の耐圧が低いので,高い電圧が掛からないように回路で工夫しています.
 図3は,図1を増幅段ごとに書き直した回路です.図3を用いてOPアンプ内部回路の解説をします.バイアス回路は,内部回路へ安定したバイアス電流を供給するために用いられ,Q5,Q17,Q21,Q29のコレクタから各段に一定のバイアス電流を供給します.2つの入力端子間にあるQ1,Q2,R8は,IN+とIN-間に大きな差動電圧が加わったときに,Q3とQ4の差動アンプを保護する回路です.


図3 図1を増幅段ごとに書き直した回路

 入力の差動アンプには,スーパーベータ・トランジスタを用いて入力バイアス電流を低減し,入力特性の性能を良くしています.先ほどの式3で検討したように,VIN+が変化してもQ3とQ4のコレクタ・エミッタ間電圧は,約0.6Vとなるのでスーパーベータ・トランジスタのブレークダウンを防ぎます.
 2段目アンプは,Q8,Q10の差動アンプとQ15,Q16のアクティブ・ロードで増幅し,Q23のエミッタから出力段に信号を伝えます.出力段は,AB級のバッファ回路で,Q24,Q25,R16はクロス・オーバ歪を抑えるためのバイアス回路となります.Q26,R17,R18は負荷へ過大な電流が流れたときにQ27とQ28を保護する回路です.
 308型の回路は,スーパーベータ・トランジスタを用いて,入力特性の性能を良くした高精度OPアンプの先駆けとなり,その後のAD108やLT1008などの高精度OPアンプも308型を受け継いでいます.308という有名な品番は,同じ回路構成で製造した108,208,308の1つで,民生用普及グレードになります.
 図4は,図3のOPアンプ内部回路を三角形のOPアンプ・シンボルにして,図1の回路を表しました.R20,R21の抵抗比「G=1+R20/R21」でゲインが決まる非反転アンプとなります.


図4 図1をOPアンプの記号を使い書き直した回路

 308型のOPアンプは負帰還を安定にするキャパシタは内蔵されておらず,図3のCC1とCC2間に外付けで補償キャパシタを接続します.これが図4のC1になります.

●スーパーベータ・トランジスタについて
 入力バイアス電流を低減するには,スーパーベータ・トランジスタを使う方法とFETを使う方法があります.308型OPアンプは,スーパーベータ・トランジスタを使う方法を用いています.
 図5(a)は,NPNトランジスタです.図5(b)は,ラテラルPNPトランジスタの配線層より下の断面図です.トランジスタの電流増幅率は,図5に示したベース幅で決まります.NPNが深さ方向,ラテラルPNPが横方向の物理的な距離になります.NPNのスーパーベータ・トランジスタは,ベース幅を狭く製造することで,高い電流増幅率を得ています.


図5 バイポーラ・トランジスタの断面図

 図1は,高耐圧のNPNトランジスタとスーパーベータ・トランジスタの混在となります.高耐圧NPNトランジスタの電流増幅率に影響を与えずにスーパーベータ・トランジスタを製造するとき,p+のベース拡散は,共通で別々にn+のエミッタ拡散をしてベース幅を変えるか,また,その逆で,n+のエミッタ拡散は共通で,別々にp+のベース拡散をしてベース幅を変えるかの方法を用います.
 スーパーベータ・トランジスタの欠点は,ベース幅が狭くなるので,ベースがオープンのとき,コレクタ・エミッタ間の耐圧(BVCEO)が低くなります.入力の差動アンプにスーパーベータ・トランジスタを使うときは,式3のように高い電圧が加わらないように,コレクタ・エミッタ間電圧を1V以下にしています.

●入力バイアス電流のシミュレーション
 図6は「.op」解析により図1の直流動作点を調べたシミュレーション結果で,ログ・ファイル中に記載されています.ログ・ファイルは,シミュレーション終了後に「View→SPICE Error Log」または,回路図上でのCtrl+L(コントロールキーとLキーを同時押し)により表示できます.
 図6の列は,トランジスタで並び,行は直流動作点のシミュレーション結果が記載されています.Q3,Q4の直流電流増幅率(BetaDC:の行)は4990の高い値になります.通常のトランジスタの直流電流増幅率は100~200なので,25~50倍の高い値となります.Q3のベース電流(Ib:の行)は,反転端子側の入力バイアス電流であり0.518nAとなります.同じようにQ4のベース電流は,非反転端子側の入力バイアス電流であり0.555nAとなります.このように入力バイアス電流は,低い電流値となります.
 コレクタ・エミッタ間電圧(Vce:の行)は,Q3が0.659V,Q4が0.656Vとなります.解答の計算では,全てのトランジスタのベース・エミッタ間電圧を「VBE=0.6V」としましたが,実際は各々異なるベース・エミッタ間電圧になるため,解答の約0.6Vからズレが生じています.


図6 「.op」解析の結果
Ibがベース電流,Vceがコレクタ・エミッタ間電圧,BetaDCが直流電流増幅率

 図7は,図1のシミュレーションの指定を「.tran 10m startup」へ変更し,過渡解析の結果をプロットしました.入力は振幅が1.2V,周波数が1kHzの正弦波です.出力は,振幅が13.2Vの正弦波なので,ゲインは「G=11倍」であり,「G=1+R20/R21」の抵抗比で決まるゲインとなります.「V(n017)-V(n024)」のプロットがQ3のコレクタ・エミッタ間電圧,「V(n021)-V(n025)」のプロットがQ4のコレクタ・エミッタ間電圧です.2つのプロットは重なっており,入力信号が正負に振れても「VCE3= VCE4=約0.66V」と一定になります.


図7 過渡解析の結果
非反転アンプのゲインは11倍.
Q3とQ4のコレクタ・エミッタ間電圧は約0.66Vで一定.

 以上,解説したように,スーパーベータ・トランジスタをOPアンプの差動アンプに使うと入力バイアス電流を低減できます.スーパーベータ・トランジスタは,コレクタ・エミッタ間の耐圧が低くなります.この対策として308型のOPアンプは高い電圧が掛からないように内部回路で工夫しています.


■データ・ファイル


解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_042.zip

●データ・ファイル内容
LM308.asc:図1の回路

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs
(6) LTspice電源&アナログ回路入門・アーカイブs
(7) IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(8) オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報


近日発売

Interface 2025年 2月号

ラズパイで作り学ぶ Dockerコンテナ

CQ ham radio 2025年 1月号

2025年のアマチュア無線

HAM国家試験

第4級ハム国試 要点マスター 2025

HAM国家試験

第3級ハム国試 要点マスター 2025

トランジスタ技術 2025年 1月号

注目のロボット センサ&走行制御!

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ