パワーMOSFETの消費電力と温度
図1は,電源が入ったメイン基板に,安全にサブ基板を抜き差しすることができる,ホット・スワップ・コントローラIC(LTC4260)をシミュレーションする回路です.基板の接続を検出し,外付けNチャネルMOSFET(M1)を使用して,OUT端子の電圧のON/OFFを行います.図1では,シミュレーション開始1.1秒後にM1がONするようになっています.
図2は,図1のシミュレーションの結果で,M1の3種類の波形(消費電力,ジャンクション温度,ケース温度)をプロットしています.このX,Y,Zの波形の内容として正しい組み合わせは(a)~(d)のどれでしょうか.
小さな負荷抵抗(R8=1Ω)が接続されているため,過電流保護と復帰を繰り返す.
LTspiceのサンプルファイル(ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\SOAtherm-Tutorial.asc)を一部改変したもの.
3種類の波形(X,Y,Z)の内容として正しい組み合わせは?
MOSFET(M1)の | X | Y | Z |
(a) | 消費電力 | ジャンクション温度 | ケース温度 |
(b) | ジャンクション温度 | 消費電力 | ケース温度 |
(c) | 消費電力 | ケース温度 | ジャンクション温度 |
(d) | ケース温度 | ジャンクション温度 | 消費電力 |
MOSFET(M1)の消費電力,ジャンクション温度,ケース温度は,それぞれ時間的な変化の仕方が異なります.この点に着目して考えれば,3つの波形がどれに該当するかが分かります.
使用しているMOSFET(M1)は,半導体チップをモールド・ケースの中に封入したものです.ケース温度は,モールド・ケースの温度で,ジャンクション温度は,半導体チップ自体の温度です.
MOSFET(M1)の | X | Y | Z |
(a) | 消費電力 | ジャンクション温度 | ケース温度 |
LTC4260は,MOSFETに流れる電流が一定値を超えると,MOSFETをOFFさせませます.そして,一定時間経過後に再度ONさせますが,負荷抵抗が小さい場合,再びMOSFETをOFFさせる,ということを繰り返します.
MOSFETの消費電力は,MOSFETがONしてからOFFするまでの短い時間に発生するため,細いパルス状になります.これは,Xの波形が該当します.
M1の消費電力によってM1の半導体チップが発熱しますが,チップ自体は小さいため,急激に温度があがります.そのため,ジャンクション温度もパルス状のグラフとなります.ただし,ジャンクション温度の平均値は徐々に上昇していきます.これは,Yの波形が該当します.
ケースは,体積が大きいため,ケース温度はゆっくりと上昇していきます.これは,Zの波形が該当します.
●熱抵抗を使用して消費電力からジャンクション温度を求める
熱抵抗を使用すると,半導体の消費電力から半導体チップの温度(ジャンクション温度)を計算することができます.熱抵抗は,2点間の温度の伝わりやすさを表すもので,単位は[℃/W]です.値が大きいほど熱が伝わりにくいことを表しています.半導体のジャンクション・ケース熱抵抗は,チップが1Wの電力を消費したとき,ケース表面とチップの温度差が何℃になるか,で定義されています.また,ケース・周囲熱抵抗というものもあり,この二つを使用して,周囲温度とチップの温度差を計算することができます.
消費電力を電流に置き換え,温度を電圧に,熱抵抗を電気抵抗に置き換えると,通常の電気回路と同様にLTspiceでシミュレーションすることができます.
図3は,MOSFETのジャンクション温度をシミュレーションするための回路です.Tj端子の電圧がジャンクション温度になります.ジャンクション・ケース熱抵抗を0.5℃/W,ケース・周囲熱抵抗を50℃/Wとし,周囲温度を25℃とすると,MOSFETの消費電力が1Wのときのジャンクション温度は75.5℃になることが分かります.
消費電力を電流に,温度を電圧に,熱抵抗を電気抵抗に置き換える.
●熱抵抗等価回路を改良して,温度の時間的変化を調べる
図3の回路を使用することで,消費電力からジャンクション温度を求めることができますが,温度の時間的変化は分かりません.そこで,図3の回路にコンデンサを追加し,温度の時間的変化を調べられるように改良したものが図4です.
図4の回路では,MOSFETの消費電力がパルス状に変化したときの,ジャンクション温度とケース温度の時間的変化を調べます.電流源はパルス幅2msecで電流値100A,周期が200msecのパルス波となっています.パルス幅が周期の1/100なので,平均電流は1Aになります.これはピーク消費電力が100Wで,平均消費電力が1Wの状態をシミュレーションすることになります.
ピーク消費電力が100Wで,平均消費電力が1Wの状態をシミュレーションする.
図5がコンデンサを追加した熱抵抗等価回路のシミュレーションの結果です.ケース温度はゆっくりと上昇し,最終的には図4の結果と同じ75℃になることが分かります.
ケース温度はゆっくりと上昇し,最終的に75℃になっている.
図6は,図5の時間軸を拡大し,消費電力(電流源の電流)を追加したものです.ジャンクション温度は消費電力の変化に合わせ,パルス状に変化し,平均温度は徐々に上昇していくことが分かります.
ジャンクション温度は消費電力の変化に合わせ,パルス状に変化している.
●LTspiceの熱解析機能を使用してジャンクション温度を調べる
LTspiceに登録されているMOSFETの一部には,ジャンクション温度とケース温度をシミュレーションできるものがあります.モデル式の中に,「RthetaJA」というキーワードが含まれているものが該当します.
図7は,図1の回路に解析用のコマンドを追加したものです.ここで使用しているPSMN4R8100BSEというMOSFETは,熱解析機能を使用することができます.熱解析機能を有効にするために「.options SOAaccounting=1」というオプションを指定します.この熱解析機能のデフォルトの周囲温度は,85℃になっています.図7では周囲温度を25℃に変更するため「MOSFETのSpice LineにTambient=25」と記入して周囲温度を変更しています.V1は,サブ基板がメイン基板に挿入された状態を模擬するため,1秒後に3.1Vから0Vに変化させています.さらに,負荷抵抗(Rload)を「.step」コマンドで1Ω,10Ω,50Ω,100Ωと変化させて解析を行います.
オプション指定で熱解析機能を有効化し,周囲温度を25℃に設定.
図8は,図7のシミュレーションの結果です.上段がM1の消費電力で,中段がM1のジャンクション温度,下段がM1のケース温度となっています.ジャンクション温度とケース温度のグラフを表示する場合は,グラフ画面を右クリックし,表示されたメニューから[Add Traces]を選択し,表示された候補の中からtj#m1とtc#m1を選択します.「Rload=1Ω」のときは,保護回路が動作し,過電流保護と復帰を繰り返しますが,それ以外の値のときは,消費電量やジャンクション温度,ケース温度はすぐに一定の値で安定することが分かります.
「Rload=1Ω」のとき以外は,ジャンクション温度,ケース温度は,すぐに一定の値で安定する
図9は,「Rload=1Ω」のときだけを表示したものです.M1の消費電力は細いパルス状となっています.ジャンクション温度もパルス状に変化していますが,その平均値は徐々に大きくなっています.そしてケース温度はゆっくりと上昇しています.
このように,LTspiceの熱解析機能を利用すると,消費電力の複雑な変化に対し,ジャンクション温度等がどのように変化するかを,簡単にシミュレーションすることができます.
以上,MOSFETの消費電力とジャンクション温度やケース温度との関係を解説しました.なお,「LTspice電源&アナログ回路入門No.44 発火させないためのチップ温度と熱抵抗」では「SOAtherm-NMOS」という熱解析用シンボルを使用して熱解析を行う方法を紹介しました.しかし,「SOAtherm-NMOS」は現在のバージョンのLTspiceでは廃止され,このシンボルを使用しなくても熱解析ができるようになっています.
参考情報:SOAtherm-NMOS symbol missing in LTspice XVII
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_039.zip
●データ・ファイル内容
TJ_EqC.asc:図3の回路
TJ_EqC_Tran.asc:図4の回路
SOAtherm-Tutorial_m.asc:図7の回路
SOAtherm-Tutorial_m.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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