エミッタ接地アンプの周波数特性
図1は,NPNトランジスタを使ったエミッタ接地アンプです.この回路は,交流の信号だけ増幅し,直流の信号を増幅しません.交流の信号は,低周波側のコーナ周波数(fCL)から高周波側のコーナ周波数(fCH)までとなります.C1,C2,C3のコンデンサは,fCLとfCHのコーナ周波数に影響を及ぼします.その説明として正しいのは,(a)~(d)のどれでしょうか.
オリジナルの回路にBノードのラベルを加えています.
ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\MeasureBW.asc
(a) C1とC2はfCL,C3はfCHに影響する
(b) C1とC3はfCL,C2はfCHに影響する
(c) C1はfCL,C2とC3はfCHに影響する
(d) C3はfCL,C1とC2はfCHに影響する
コンデンサは,低周波でオープン,高周波でショートと考えることができます.C1,C2,C3のコンデンサがオープン,またはショートしたときの信号の伝わり方や回路の動きを検討すると分かります.
C1は,低周波でオープンとすると信号を通過させず,高周波でショートになると回路中のIN(ノード)とB(ノード)が接続されて信号が通過するハイ・パス・フィルタになります.これよりC1は低周波側のコーナ周波数(fCL)に影響を及ぼします.
C2は,低周波でオープンとするとR3がエミッタとGND間に接続している状態となります.高周波でショートになるとR3の両端もショートになってエミッタはGNDになります.エミッタ接地アンプは,R3があるとゲインは低くなり,R3がショートするとゲインは高くなります.これより低周波側で低いゲイン,高周波側で高いゲインとなるハイ・パス特性になるため,低周波側のコーナ周波数(fCL)に影響を及ぼします.
C3は,低周波でオープンとすると回路に影響を与えません.高周波でショートのとき,ベースとOUTが接続され,ベースの信号は増幅されずにOUTに現れるためゲインが低くなります.これより,低周波側では,回路で決まるゲイン,高周波側で低いゲインとなるロー・パス特性になるため,高周波側のコーナ周波数(fCH)に影響を及ぼします.
以上よりC1,C2,C3のコンデンサがfCLとfCHのコーナ周波数に及ぼす影響は,(a)の「C1とC2はfCL,C3はfCHに影響する」になります. 図1のエミッタ接地アンプの周波数特性は,fCLより低くなる低周波,fCLとfCHの間のアンプとして使用できるゲインのある中域周波数,fCHより高くなる高周波の3つに分けることができます.解説では,3つの周波数の応答について説明します.
●低周波応答
図2は,図1のトランジスタを低周波π型等価回路に置き換えた小信号等価回路です.C3の容量値は,C1とC2の容量値に比べると遥かに小さいので無視しています.RSはvsの信号源抵抗です.この図を使って低周波でのコーナ周波数を検討します.
コーナ周波数の解析で伝達関数を解くと計算量が多くなります.そこで,AC結合などで生まれる低周波のコーナ周波数は,Short-Circuit Time Constant法を使って近似値を求めます.Short-Circuit Time Constant法は,図2の電圧源(vs)をショートにします.そして複数あるコンデンサの1つを残し,他のコンデンサは十分に低いインピーダンスになったショートとしたときのコーナ周波数を求めます.これをコンデンサの数だけ繰り返して求め,各々のコーナ周波数を加算すると,おおよそ全体のコーナ周波数になります.
●C1による低域側のコーナ周波数
C1による低域側のコーナ周波数を検討するため,C2はショートにして考えます.コーナ周波数は,時定数であるCRの積の逆数です.CがC1の容量値,Rがテブナンの定理よりC1に付くテブナン等価抵抗となります.図2のC2をショートしてC1に付くテブナン等価抵抗(RTHV1)を求めると式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図2のRBは図1のR1とR2の並列抵抗ですので式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
C1による低域側のコーナ周波数をfCL1とすると,式1のテブナン等価抵抗を使って式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3の具体的な周波数を机上計算します.低周波π型等価回路のトランスコンダクタンス(Transconductance)は「gm=IC/VT」で表され,図1のコレクタ電流「IC=200μA」と熱電圧「VT=26mV」より「gm=7.7mA/V」となります.また,π型等価回路のベースとエミッタ間の抵抗は「rπ=β/gm」であり,トランジスタ(2N3904)の電流増幅率は「β=312」より「rπ=41kΩ」となります.RBはR1とR2の並列抵抗なので「RB=9kΩ」となります.信号源抵抗のRSは,図1には無いので「RS=0Ω」です.これらを式3へ入れると「fCL1=22Hz」となります.
●C2による低域側のコーナ周波数
次にC2による低域側のコーナ周波数を検討するため,C1は,ショートして考えます.トランジスタは,エミッタからベース側の抵抗を見ると(1+β)倍小さく見え,これを等価エミッタ抵抗と呼びます.等価エミッタ抵抗は「rπ+(RS||RB)/(1+β)」となり,「等価エミッタ抵抗=131Ω」になります.コレクタ側の出力抵抗は「ro=VA/IC」であり,2N3904のアーリー電圧「VA=100V」を使うと「ro=500kΩ」となります.roは等価エミッタ抵抗とR3に比べ十分大きな値になるので無視します.これらの検討結果からC2に付くテブナン等価抵抗(RTHV2)は,等価エミッタ抵抗とR3の並列抵抗になり,式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
C2による低域側のコーナ周波数をfCL2とすると,式4のテブナン等価抵抗を使って式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式5の具体的な周波数を机上計算すると,「fCL1=69Hz」となります.以上の結果より,Short-Circuit Time Constant法を使って算出した,低域側のトータルのコーナ周波数の近似値は,式6となり,おおよそ「fCL=91Hz」となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
●中域周波数のゲイン
エミッタ接地アンプは,中域周波数の信号を増幅します.ここでは,中域周波数のゲインを机上計算します.中域周波数では,図1のC1とC2の容量は大きいのでショートと見なすことができます.小信号等価回路は図3となります.
図3の信号源抵抗(RS)から右側をみた入力抵抗(Rin)は式7となります.式7中のRBは式2の通りです.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
vbはvsをRSとRBの抵抗で分圧した電圧なので式8となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
vbをエミッタ接地アンプで増幅するので,出力電圧voは式9となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式8と式9より,エミッタ接地アンプのゲインは式10となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
式10の具体的なゲインを机上計算します.「gm=7.7mA/V」,「RS=0Ω」,「ro=500kΩ」,「R4=20kΩ」よりゲインは「vo/vs=43.4dB」となります.
●高周波応答
図4は,図1のトランジスタを高周波用のπ型等価回路に置き換えた小信号等価回路です.高周波になるとベースとエミッタ間の容量であるCπ,ベースとコレクタ間の容量であるCBCが無視できないため,これらの容量が低周波π型等価回路に加わった等価回路となります.C3とCBCは並列なので1つの容量「C3+CBC」と見なすことができます.C1とC2は図3の中域周波数の小信号等価回路と同様にショートと見なすことができます.
高周波のコーナ周波数は,Open-Circuit Time Constant法を使って近似値を算出します.Open-Circuit Time Constant法は,図4の電圧源(vs)をショートにします.そして,複数あるコンデンサの1つを残し,他のコンデンサは,アンプの周波数特性に影響を与えないようにオープンとしたときの時定数を求めます.各々の時定数を加算した後の式に対して逆数をとると,おおよそ全体のコーナ周波数になります.
図5は,図4のCπを残し,C3とCBCをオープンにした等価回路です.これを使ってCπに関係する時定数を計算するため,テブナン等価抵抗を求めます.
Cπに付くテブナン等価抵抗を求める.
図5よりCπに付くテブナン等価抵抗は式11となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
図6は,図4のC3とCBCの合成した容量を電圧源(vx)に置き換え,Cπをオープンにした等価回路です.これを使ってC3とCBCを合成した容量に関係する時定数を計算するため,テブナン等価抵抗を求めます.
C3とCBCに付くテブナン等価抵抗を求める.
図6よりvxは,キルヒホッフの電圧則より式12が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
式12中のvbは式13となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
ここでRiは,式14の並列抵抗となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)
式12,式13,式14よりvxは,式15となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)
式15より,vxに付くテブナン等価抵抗は式16となります.
・・・・・・・・・・・・・・・(16)
Open-Circuit Time Constant法を使って計算した,高周波側のトータルのコーナ周波数の近似値は,式17となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(17)
式17の具体的なコーナ周波数を机上計算します.「rπ=41kΩ」,「RB=9kΩ」,「RS=0Ω」,「gm=7.7mA/V」,「ro=500kΩ」,「R4=20kΩ」,2N3904のCπは「Cπ=14.9pF」,CBCは「CBC =2.15pF」より,おおよそ「fCH=82kHz」となります.
●エミッタ接地アンプのシミュレーション
図1のシミュレーションを実行して周波数特性を確認します.図1には「.measureコマンド」があり,低周波側のコーナ周波数(fCL)と高周波側のコーナ周波数(fCH),またfCLとfCH間の帯域幅,中域周波数のゲインを自動測定できます.「.measureコマンド」は次の内容です.OUTの最大ゲインを変数tmpへ入れます.tmpから1/√2 (=-3dB)となる最初の周波数と,最後の周波数のバンド幅をBWへ入れます.
.measure BW trig mag(V(out))=tmp/sqrt(2) rise=1 targ mag(V(out))=tmp/sqrt(2) fall=last
「.measureコマンド」の結果はログファイル内にあります.図7はシミュレーション終了後に,回路図上で「Ctrl+L」(CtrlキーとLキーを同時押し)で表示させたものです.図7のように低周波と高周波のコーナ周波数,帯域幅,中域周波数のゲインが分かり,机上計算とおおよそ一致しています.
図8は,C1を通過した後のBノード周波数特性(緑),BノードからOUTまでのエミッタ接地アンプの周波数特性(赤),全体の周波数特性(青)をプロットしました.fCLより低周波側をみると,緑のプロットはC1に関係した ハイ・パス・フィルタの特性となります.赤のプロットはC2に関係しており,C2がオープンとみなせる低周波のときはR3があるのでゲインは低くなり,C2がショートとみなせるfCLとfCHの間はR3がショートとなりゲインは高くなります.高周波側のfCHはC3によるコーナ周波数となり,更に周波数が高くなるとゲインは低下して0dBに近づきます.このように図1のエミッタ接地アンプはfCLとfCH間の帯域幅の交流信号を増幅する回路となります.
以上解説したように,図1のエミッタ接地アンプはfCLとfCH間の周波数の信号を増幅します.シミュレーションでは信号源抵抗のRSを0Ωにできますが,実際の回路は信号源抵抗があります.信号源抵抗があると式14のRiが大きくなり, RSとC3のミラー容量により高周波側のコーナ周波数は低くなります.C1はカップリングコンデンサ,C2はバイパスコンデンサと呼ばれます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_034.zip
●データ・ファイル内容
MeasureBW.asc:図1の回路
MeasureBW.plt:図1のプロットを指定するファイル
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