差動増幅回路の入力換算ノイズ
図1は,2つのトランジスタ(Q1,Q2)を使用した差動増幅回路で,抵抗(R5)の値の変化で,どのくらいノイズが発生するのか,確認する回路です.
電源の+V端子が15Vで,-V端子が-15Vになっています.Q1とQ2のベースが入力端子です.Q1のベースは,抵抗(R1)を介して信号源のV1に接続されています.Q2のベースは,抵抗(R2)を介してGNDに接続されています.出力はOUT+とOUT-の差電圧です.
そこで,R5の値を500Ω~100kΩまで変化させたとき,周波数10kHzの入力換算ノイズ電圧密度をシミュレーションします.R5の値と入力換算ノイズ電圧密度の大きさの説明として適切なのは(a)~(d)のどれでしょうか.
LTspiceのサンプルファイル(ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\stepnoise.asc).
(a) R5が小さいほど,入力換算ノイズ電圧密度は大きくなる
(b) R5が小さいほど,入力換算ノイズ電圧密度は小さくなる
(c) R5が小さいほど,入力換算ノイズ電圧密度は小さくなるが,ある値より大きくなる
(d) R5が変わっても,入力換算ノイズ電圧密度はほとんど変わらない
入力換算ノイズとは,出力に発生するノイズを増幅回路のゲインで割り,入力で発生したとみなしたノイズの大きさです.その増幅回路で,ノイズに埋もれずに,どれだけ小さな信号が増幅できるかを知る目安になります.また,ノイズ電圧密度とは,単位帯域幅(1Hz)あたりのノイズ電圧です.
R5の値の変化で,Q1とQ2の動作電流が変わります.トランジスタの電流が変わったときに,どのような変化があるかを考えれば,答えが分かります.
R5が小さいほど,トランジスタの電流が大きくなり,電流に比例して差動増幅回路のゲインが大きくなります.そのため,負荷抵抗(R3,R4)自体が発生するノイズを入力換算したものは小さくなります.また,トランジスタのコレクタ電流が原因のノイズにより,負荷抵抗に発生するノイズは,電流が増加すると大きくなります.その増加の仕方は,電流の平方根(ルート)に比例します.ゲインは電流に比例し,ノイズは電流の平方根に比例しまので,電流が大きいほど,入力換算ノイズ電圧密度は小さくなります.
しかし,ある程度トランジスタの電流が大きくなると,ベース電流によってR1,R2に発生するノイズが無視できなくなります.そのため電流が大きくなると,入力換算ノイズ電圧密度が増加する現象が発生します.その結果,R5の値が小さくなると,入力換算ノイズ電圧密度は小さくなるが,ある値より,入力換算ノイズ電圧密度が増加します.
●回路素子が発生するノイズ
電子回路で発生する微小なノイズの原因は,いろいろなものがあります.代表的なものは,サーマル・ノイズ(熱雑音)とショット・ノイズです.
▼サーマル・ノイズ
サーマル・ノイズは,すべての抵抗から発生するノイズです.抵抗値が大きいほど,また,温度が高いほど大きくなります.このノイズは広い周波数成分を含んでおり,ノイズ電圧(en)は式1で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1を使用し,1kΩの抵抗が,帯域幅1Hzのときに発生するノイズ電圧を計算すると,4nVとなります.
▼ショット・ノイズ
ショット・ノイズは,半導体素子などに流れる電流に発生するノイズで,電流が大きいほど大きくなります.このノイズも広い周波数成分を含んでおり,ノイズ電流(in)は式2で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図1の回路で,主要なノイズ源となるのは,R1~R4の抵抗が発生するサーマル・ノイズとQ1,Q2のコレクタ電流に含まれるショット・ノイズ及び,ベース電流に含まれるショット・ノイズです.
負荷抵抗(R3,R4)で発生するサーマル・ノイズは,増幅回路のゲインが大きいほど,入力換算した値は小さくなります.R3,R4で電圧に変換されるショット・ノイズは,Q1,Q2のコレクタ電流の平方根に比例しますが,ゲインはコレクタ電流に比例するため,入力換算した場合は,電流が大きいほうが小さくなります.
また,Q1,Q2のベース電流の大きさは,コレクタ電流の1/βとなるため,コレクタ電流が小さい領域ではR1,R2で電圧に変換されるショット・ノイズは無視できます.
しかし,コレクタ電流が増加し,ベース電流が大きくなると無視できなくなり,コレクタ電流が大きくなるほど,入力換算ノイズ電圧密度が大きくなります.そのため,特定のコレクタ電流のときに,入力換算ノイズ電圧密度が一番小さくなる,という特性になります.
●差動増幅回路のゲイン
図1の回路の差動ゲイン(G)は,R5に流れる電流をIとすると,式3で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
また,R5に流れる電流は式4で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式3,4を使用して計算すると,R5が500Ωのとき「I=28.6m,G=147」で,R5が100kΩのとき「I=143μ,G=2.7」となります.つまり,図1の回路でR5を500Ωから100kΩまで変化させると,ゲインは147倍から2.7倍まで変わることになります.
●R1とR2に発生するノイズが無視できない場合
LTspiceでノイズ・シミュレーションを行う場合,「.noiseコマンド」を使用します.周波数範囲を指定する方法と,特定周波数を指定する,2種類の記述方法があります.
図1では,特定周波数を指定して解析を行うように記述しており,「.NOISE V(OUT+,OUT-) V1 list 10K」となっています.出力はV(OUT+,OUT-)で,入力信号源はV1とし,10kHzのノイズを解析する,という意味になります.
図2は,差動増幅回路のノイズのシミュレーション結果です.V(ionoise)が入力換算ノイズ電圧密度で単位はV/√Hzとなっています.入力換算電圧密度は,R5が16kΩ程度のときに最小となっています.しかし,16kΩ以上になると入力換算電圧密度は,増加しています.また,ゲインは,R5の値を変化させることで,116倍から2.7倍まで変化していることが分かります.
入力換算ノイズ電圧密度は,R5が16kΩ程度のときに最小となり,それ以上は増加しています.
●R1とR2に発生するノイズが無視できる場合
図3は,図1のR1とR2を1kΩから1Ωに変更したときのシミュレーション結果です.入力換算ノイズ電圧密度の絶対値が小さくなり,R5が小さいときに,入力換算ノイズ電圧密度が大きくなるという現象が無くなっています.
R5が小さいときに,入力換算ノイズ電圧密度が大きくなる現象は無い.
●R5を固定し周波数範囲を指定した場合
図4は,R5を500Ωに固定し,周波数範囲を指定したノイズ解析を行うための回路図です.「.noise V(OUT+,OUT-) V1 dec 10 100 1MEG」となっており,出力はV(OUT+,OUT-)で,入力信号源はV1とし,ディケード当たり10ポイントで100Hzから1MHzまでのノイズを解析する,という意味になります.
ディケード当たり10ポイントで100Hzから1MHzまでのノイズを解析する.
図5は,図4の差動増幅回路のノイズの周波数特性のシミュレーション結果です.出力ノイズ電圧密度(V(onoise))と,入力換算ノイズ電圧密度(V(inoise))をプロットしています.また,Ctlrキーを押しながら,画面上部のV(onoise)をクリックすることで,ノイズ電圧密度を10Hzから1MHzまで積分したノイズの実効値を表示することができます.図5ではノイズの実効値は0.55mVとなっています.
10Hzから1MHzまで積分したノイズの実効値は0.55mVとなっている.
以上,今回は,ノイズ・シミュレーションの方法を解説しました.入力換算ノイズ電圧密度は,R5の値の変化やR1,R2の値によっても変化が起きることを解説しました.回路で発生するノイズの大きさを手計算で求めるのは非常に大変です.しかし,LTspiceを使用することで簡単に求めることができます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_033.zip
●データ・ファイル内容
stepnoise_1k.asc:図1の回路
stepnoise_1k.plt:図2のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
stepnoise_1.asc:図3をシミュレーションするための回路
stepnoise_1.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
noise_Frq.asc:図4の回路
noise_Frq.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
■LTspice関連リンク先
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