オーディオ・アンプの出力オフセット電圧
図1は,オーディオ・アンプの回路です.この回路は,アンプの入力信号が無いときの出力オフセット電圧を調べる回路です.出力オフセット電圧は,4つのパラメータ「VOS」,「R1IB+」,「(R6||R7)IB-」,「G=1+R7/R6」で表すことができます.4つのパラメータが出力オフセット電圧に与える影響を(a)~(d)に示しました.この中で間違えているものが1つあります.それはどれでしょうか.
「VOS」は入力オフセット電圧.
「(R6||R7)IB-」は入力バイアス電流IB-とR6とR7の並列抵抗の電圧降下.
「R1IB+」は入力バイアス電流IB+とR1の電圧降下.
「G=1+R7/R6」は回路のゲイン.
(a) 「VOS」は出力オフセット電圧を正側へ増加させる
(b) 「(R6||R7)IB-」は出力オフセット電圧を正側へ増加させる
(c) 「R1IB+」は出力オフセット電圧を正側へ増加させる
(d) 回路のゲインGは「VOS」,(R6||R7)IB-,R1IB+の全ての電圧に乗じられる
オーディオ・アンプを三角形のアンプ記号で表すと考えやすくなります.入力側には,出力オフセット電圧の要因となる3つの電圧源「VOS」,「(R6||R7)IB-」,「R1IB+」が在ります.これらの電圧と回路のゲイン「G」を使って出力オフセット電圧を表すと分かります.回路に複数の電圧源があるときは重ね合わせの理を使うと便利です.
図2は,図1の2つの入力バイアス電流と抵抗の電圧降下を電池マークとし,オーディオ・アンプを理想アンプの記号で表したブロック図です.
入力バイアス電流と抵抗による電圧降下を電池マークで示した.
図2の重ね合わせの理より,回路に1つの電圧源を残して他をショートすると3つの回路条件が生まれ,それぞれ計算した結果を合計するとVOUTの電圧式が分かります.
1つ目は「VOS」の電圧源が回路に有り,「(R6||R7)IB-」と「R1IB+」をショートと考えると「VOUT1=G*VOS」となります.
2つ目は「(R6||R7)IB-」の電圧源が回路に有り,「VOS」と「R1IB+」をショートと考えると「VOUT2=G*(R6||R7)IB-)」となります.
3つ目は「R1IB+」の電圧源が回路に有り,「VOS」と「(R6||R7)IB-」をショートと考えると「VOUT3=-G*(R1IB+)」となります.
重ね合わせの理より,出力オフセット電圧は,VOUT1,VOUT2,VOUT3を合計した電圧なので式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1より「VOS」と「(R6||R7)IB-」の電圧源は,出力オフセット電圧を正側へ増加させます.「-R1IB+」の電圧は,出力オフセット電圧を負側へ増加させます.ゲイン「G」は3つの電圧源に乗じられます.以上より間違えているのは(c)になります.
アンプで増幅した信号は,出力オフセット電圧を中心に正負に振れます.理想アンプの出力オフセット電圧は,ゼロなので,式1をゼロに近づけるほど良い特性となります.
●ノード電圧とデバイス電流のシミュレーション
図3は,LTspiceのEducationalフォルダにあるオーディオ・アンプの直流動作点を調べる回路です.この回路を用いてオーディオ・アンプの入力オフセット電圧(VOS)と2つの入力バイアス電流(IB+,IB-)と出力オフセット電圧(VOUT)をシミュレーションで調べます.シミュレーションで直流動作点を調べるときは「.opコマンド」を使います.
「.opコマンド」によるDC解析で直流動作点を調べる.
図3のシミュレーションを実行すると図4の直流動作点の一覧が現れます.ここには,全てのノード電圧と全てのデバイス電流が表示されるので,目的の直流動作点を調べることができます.例として,出力オフセット電圧を調べます.出力オフセット電圧は,図3のOUTのラベルがついた電圧なので,図4より「V(out) : -0.128574V」となります.
回路図上にデータ・ラベルを置くことにより,直流電圧を表示することもできます.例として,OUTの電圧を回路図に表示させます.手順は,図5のようにOUTのノード上にマウスカーソルを合わせて左クリックし,プルダウン・メニューから「Place .op Data Label」を選びます.
図6は,データ・ラベルを付けたときのシミュレーション結果です.このように,OUTの電圧が回路図上に表示されます.回路図を保存するとデータ・ラベルも保存されるので繰り返し使うことができます.図3では既にOUTのノードにデータ・ラベルがあり,シミュレーション前は「???」の表示となります.
図4以外に,直流動作点を調べる別の方法としては,回路図上で測定したい所までマウスカーソルを動かしてノード電圧やデバイス電流を調べることもできます.
例として,図7の入力バイアス電流IB+を調べます.IB+はQ1のベース電流なのでマウスカーソルをベース端子に近づけます.このときステータスバーにQ1のベース電流が表示され IB+は14.54μAであることが分かります.同じようにIB-はQ2のベース電流なので,IB-は13.75μAとなります.VOSはQ2ベース電圧とQ1ベース電圧の電圧差なので,「VOS=-74.2mV-(-72.7mV)=-1.5mV」となります.
ステータスバーに直流値が表示される.
●シミュレーションと机上計算を比較する
図3のシミュレーションで調べた「VOS=-1.5mV」,「IB+=14.54μA」,「IB-=13.75μA」を使い,式1より出力オフセット電圧を計算します.図3より抵抗値はR1が5kΩ,R6とR7の並列抵抗は「(R6||R7)=4545.5Ω」,ゲインは「G=1+R7/R6=11」です.これらの値を代入したのが式2となり,シミュレーションの出力オフセット電圧と一致します.
・・・・・・・・・・(2)
式2の出力オフセット電圧の内訳を検討すると,入力オフセット電圧に関係するものが「G*VOS=-16.5mV」,入力バイアス電流に関係するものが「G*[(R6||R7)IB- - R1IB+]=-112.2mV」で,入力バイアス電流に関係するものが支配的になっています.この検討結果より,図3の出力オフセット電圧を小さくするには「(R6||R7)IB-」と「R1IB+」を近い値にすれば良いことが分かります.
●出力オフセット電圧を小さくする方法
「(R6||R7)IB-」と「R1IB+」を近い値にする方法について検討します.R1とR6は同じ5kΩであることから,「R1IB+」を「(R1||R7)IB+」となるように抵抗値を変更すれば出力オフセット電圧が小さくなることが予想できます.図8は,出力オフセット電圧を小さくする方法を確かめるために「(R1||R7)IB+」となるようにR1と並列に50kΩを入れた回路になります.
図8のシミュレーションを実行後,先ほどと同じように入力オフセット電圧と入力バイアス電流を調べると「VOS=-1.6mV」,「IB+=14.58μA」,「IB-=13.73μA」となります. この値を式1へ代入すると,出力オフセット電圧の机上計算は式3となり,-60.5mVに改善できます.
・・・・・・・・・・・(3)
図9は,図8の出力オフセット電圧のシミュレーション結果です.出力オフセット電圧は,式3とほぼ等しい-59.8mVとなり,出力オフセット電圧は小さくなります.
出力オフセット電圧が小さくなる.
以上,解説したように,回路の直流動作点は「.opコマンド」を使って調べることができます.また,出力オフセット電圧を小さくするには,IB+とIB-が抵抗に流れて発生する電圧降下を等しくすれば効果があることが分かります.ここでは,シミュレーションしませんでしたが,ゲインを変えない抵抗値としてR1=500Ω,R6=500Ω,R7=5kΩを選ぶと入力バイアス電流に関係する電圧降下が小さくなり,更に出力オフセット電圧は小さくなります.興味がある方は,抵抗値を変えて確かめてみてください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_030.zip
●データ・ファイル内容
DCopPnt.asc:図3の回路
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