出力100WのMOSFETパワーアンプ
図1は,MOSFETを出力段に使用した,出力100Wのオーディオ用パワー・アンプです.M1がNチャネル型MOSFETで,M2がPチャネル型MOSFETのB級プッシュプル回路を構成しています.B級プッシュプル回路のアイドリング電流(無信号時にM1およびM2に流れる電流)は,R7の両端電圧(VX)で決まります.図1の定数のとき,VXの値として,もっとも近いのは(a)~(d)のどれでしょうか.
ただし,全てのNPNトランジスタとPNPトランジスタのベース・エミッタ間電圧は,0.6Vとします.また,ベース電流などは無視します.
VXは,R7の両端電圧なので,R7の電流が分かれば簡単に計算できます.まず,Q9の電流がいくつになるかを計算し,その結果からR13,R14の電圧を計算します.その値からQ5の電流を計算することができます.R7の電流はQ5の電流と同じです.
R15の両端電圧は,Q10のベース・エミッタ間電圧と同じなので,Q9の電流は「0.6/470=1.3mA」です.Q7の電流はその半分になります.そのため,R13,R14の電圧は「1.3m*3.9k/2=2.5V」になります.
次に,R9の電圧は,R13,R14の電圧から0.6Vを引いたものです.なので,R9の電流は「(2.5-0.6)100=19mA」になります.Q5の電流はその半分となるため,9.5mAになります.この電流がR7に流れるので,R7の電圧降下は「9.5m*890=8.4V」となり,VXの値は8.4Vということになります.
●MOSFETによるB級プッシュプル回路
通常,大出力パワーアンプの出力段は,B級プッシュプル回路となっています.2つのトランジスタが,それぞれ,出力電圧プラスのときとマイナスのときを分担して働くことで,無信号時の電流を小さくすることができます.
図2は,MOSFETを使用したB級プッシュプル回路をシミュレーションするための回路です.Nチャネル型MOSFETのM1とPチャネル型MOSFETのM2はそれぞれソース・フォロアとして動作します.出力電圧がプラスのとき,Nチャネル型MOSFETのM1が動作し,出力電圧がマイナスのとき,Pチャネル型MOSFETのM2が動作します.入力信号は,ピーク電圧10Vで1kHzの正弦波となっています.V3は,M1とM2にバイアスを与えるための電圧源です.
図2では,バイアス電圧の値をVXとし,0Vと8Vに変化させてシミュレーションを行います.なお,VinのDCオフセット電圧は-VX/2として,出力電圧がGND電位を中心に振れるようにしてあります.
VXの値を変えてシミュレーションを行う.
図3は,MOSFETを使用したB級プッシュプル回路のシミュレーション結果です.上段が出力電圧で,下段がM1,M2のドレイン電流です.「VX=0V」のとき,出力波形はかなりひずんでいます.しかし,「VX=8V」のときは,正弦波となっています.
また,出力電圧がプラスのとき,M2には電流が流れず,M1のドレイン電流が流れます.出力電圧がマイナスのとき,M1には電流が流れず,M2のドレイン電流が流れていることが分かります.
VXの値が小さいと,出力のひずみが大きくなり,逆にVXを大きくすると,無信号時にM1,M2に流れる電流が多くなります.
VX=0Vのときの出力波形はかなりひずんでいる.
●ベース・エミッタ電圧に比例した電流源
図4は,図1の回路に使用されている電流源です.この電流源を使用して,VXの値も決定されています.
ICはV1が変化してもあまり変化しない.
この回路は,V1の電圧が変化しても,Q9の電流はあまり変化せず,一定の電流になります.それは,V1が変化すると,Q10の電流は変動します.しかし,Q10のベース・エミッタ間電圧は,それほど変化しないためです.Q10のベース・エミッタ間電圧をVBEとすると,Q9のコレクタ電流(IC)は式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
このように,ICはベース・エミッタ間電圧に比例した電流になります.
●出力100WのMOSFETパワーアンプの動作とシミュレーション
図5は,出力100WのMOSFETパワーアンプをシミュレーションするための回路です.動作点解析(.OP)を実行すると,R7の両端電圧を表示するようになっています.この回路図を使用して,R7の両端電圧のVXがどのように決まるかを考えてみます.
R7の電圧降下(VX)は7.4Vとなっている.
まず,Q9のコレクタ電流はQ7とQ8に1/2ずつ流れます.そのため,R13の電圧(VR13)は式1を使用し,式2のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
R9の電圧は,VR13からQ5のベース・エミッタ間電圧を引いたものになり,R9の電流(IR9)は式3で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
IR9の半分の電流がR7に流れるため,R7の電圧降下(VX)は式4のようになります.
・・・・・(4)
式4を見るとわかるように,VXはベース・エミッタ間電圧(VBE)に比例する電圧になります.図5の定数を入れて計算すると,8.4Vになります.図5のシミュレーション結果でVXは,約7.4Vになっています.これは,Q5,Q6のベース電流によって,R13,R14の電圧が小さくなるため計算とシミュレーション結果に誤差がでます.
図6は,図5の回路のトランジェント解析の結果です.上段がOUTの波形で,下段がRLで発生する電力です.RLで発生する電力の平均値は101Wとなっており,このアンプが100W出力が可能なことが分かります.
RLで発生する電力の平均値は101Wとなっている.
なお,図1および図5の回路は,LTspiceのサンプルファイル(ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\100W.asc)を書き換えたものです.元になった100W.ascには,出力オフセット電圧を調整するための抵抗が追加されています.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_029.zip
●データ・ファイル内容
MOSFET_Bclass.asc:図2の回路
MOSFET_Bclass.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
100W_MOSFET_AMP_OP.asc:図5の回路
100W_MOSFET_AMP.asc:図6をシミュレーションするための回路
100W_MOSFET_AMP.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
■LTspice関連リンク先
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