出力100WのMOSFETパワーアンプ




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■問題
オーディオ・アンプ ― 初級

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,MOSFETを出力段に使用した,出力100Wのオーディオ用パワー・アンプです.M1がNチャネル型MOSFETで,M2がPチャネル型MOSFETのB級プッシュプル回路を構成しています.B級プッシュプル回路のアイドリング電流(無信号時にM1およびM2に流れる電流)は,R7の両端電圧(VX)で決まります.図1の定数のとき,VXの値として,もっとも近いのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 MOSFETを使用した,出力100Wのオーディオ用パワー・アンプ
ただし,全てのNPNトランジスタとPNPトランジスタのベース・エミッタ間電圧は,0.6Vとします.また,ベース電流などは無視します.

(a) 2.1V (b) 4.2V (c) 8.4V (d) 16.8V

■ヒント

 VXは,R7の両端電圧なので,R7の電流が分かれば簡単に計算できます.まず,Q9の電流がいくつになるかを計算し,その結果からR13,R14の電圧を計算します.その値からQ5の電流を計算することができます.R7の電流はQ5の電流と同じです.

■解答


(c)8.4V

 R15の両端電圧は,Q10のベース・エミッタ間電圧と同じなので,Q9の電流は「0.6/470=1.3mA」です.Q7の電流はその半分になります.そのため,R13,R14の電圧は「1.3m*3.9k/2=2.5V」になります.
 次に,R9の電圧は,R13,R14の電圧から0.6Vを引いたものです.なので,R9の電流は「(2.5-0.6)100=19mA」になります.Q5の電流はその半分となるため,9.5mAになります.この電流がR7に流れるので,R7の電圧降下は「9.5m*890=8.4V」となり,VXの値は8.4Vということになります.

■解説

●MOSFETによるB級プッシュプル回路
 通常,大出力パワーアンプの出力段は,B級プッシュプル回路となっています.2つのトランジスタが,それぞれ,出力電圧プラスのときとマイナスのときを分担して働くことで,無信号時の電流を小さくすることができます.
 図2は,MOSFETを使用したB級プッシュプル回路をシミュレーションするための回路です.Nチャネル型MOSFETのM1とPチャネル型MOSFETのM2はそれぞれソース・フォロアとして動作します.出力電圧がプラスのとき,Nチャネル型MOSFETのM1が動作し,出力電圧がマイナスのとき,Pチャネル型MOSFETのM2が動作します.入力信号は,ピーク電圧10Vで1kHzの正弦波となっています.V3は,M1とM2にバイアスを与えるための電圧源です.
 図2では,バイアス電圧の値をVXとし,0Vと8Vに変化させてシミュレーションを行います.なお,VinのDCオフセット電圧は-VX/2として,出力電圧がGND電位を中心に振れるようにしてあります.


図2 MOSFETを使用したB級プッシュプル回路
VXの値を変えてシミュレーションを行う.

 図3は,MOSFETを使用したB級プッシュプル回路のシミュレーション結果です.上段が出力電圧で,下段がM1,M2のドレイン電流です.「VX=0V」のとき,出力波形はかなりひずんでいます.しかし,「VX=8V」のときは,正弦波となっています.
 また,出力電圧がプラスのとき,M2には電流が流れず,M1のドレイン電流が流れます.出力電圧がマイナスのとき,M1には電流が流れず,M2のドレイン電流が流れていることが分かります.
 VXの値が小さいと,出力のひずみが大きくなり,逆にVXを大きくすると,無信号時にM1,M2に流れる電流が多くなります.


図3 MOSFETを使用したB級プッシュプル回路のシミュレーション結果
VX=0Vのときの出力波形はかなりひずんでいる.

●ベース・エミッタ電圧に比例した電流源
 図4は,図1の回路に使用されている電流源です.この電流源を使用して,VXの値も決定されています.


図4 ベース・エミッタ電圧に比例した電流源
ICはV1が変化してもあまり変化しない.

 この回路は,V1の電圧が変化しても,Q9の電流はあまり変化せず,一定の電流になります.それは,V1が変化すると,Q10の電流は変動します.しかし,Q10のベース・エミッタ間電圧は,それほど変化しないためです.Q10のベース・エミッタ間電圧をVBEとすると,Q9のコレクタ電流(IC)は式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 このように,ICはベース・エミッタ間電圧に比例した電流になります.

●出力100WのMOSFETパワーアンプの動作とシミュレーション
 図5は,出力100WのMOSFETパワーアンプをシミュレーションするための回路です.動作点解析(.OP)を実行すると,R7の両端電圧を表示するようになっています.この回路図を使用して,R7の両端電圧のVXがどのように決まるかを考えてみます.


図5 出力100WのMOSFETパワーアンプをシミュレーションする回路
R7の電圧降下(VX)は7.4Vとなっている.

 まず,Q9のコレクタ電流はQ7とQ8に1/2ずつ流れます.そのため,R13の電圧(VR13)は式1を使用し,式2のようになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 R9の電圧は,VR13からQ5のベース・エミッタ間電圧を引いたものになり,R9の電流(IR9)は式3で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 IR9の半分の電流がR7に流れるため,R7の電圧降下(VX)は式4のようになります.

・・・・・(4)

 式4を見るとわかるように,VXはベース・エミッタ間電圧(VBE)に比例する電圧になります.図5の定数を入れて計算すると,8.4Vになります.図5のシミュレーション結果でVXは,約7.4Vになっています.これは,Q5,Q6のベース電流によって,R13,R14の電圧が小さくなるため計算とシミュレーション結果に誤差がでます.
 図6は,図5の回路のトランジェント解析の結果です.上段がOUTの波形で,下段がRLで発生する電力です.RLで発生する電力の平均値は101Wとなっており,このアンプが100W出力が可能なことが分かります.


図6 出力100WのMOSFETパワーアンプのトランジェント解析結果
RLで発生する電力の平均値は101Wとなっている.

 なお,図1および図5の回路は,LTspiceのサンプルファイル(ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\100W.asc)を書き換えたものです.元になった100W.ascには,出力オフセット電圧を調整するための抵抗が追加されています.


■データ・ファイル


解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_029.zip

●データ・ファイル内容
MOSFET_Bclass.asc:図2の回路
MOSFET_Bclass.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
100W_MOSFET_AMP_OP.asc:図5の回路
100W_MOSFET_AMP.asc:図6をシミュレーションするための回路
100W_MOSFET_AMP.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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