ゲイン調整ができる計装アンプ
図1は,IN+が正の入力,IN-が負の入力,OUTが出力となる計装アンプでR3によりゲインの調整ができます.R3が無い場合の初期値のゲインは「G=1+R2/R1」です.R3の調整によるゲインの変化として正しいのは次の(a)~(d)のうちどれでしょうか.
(a) 初期値のゲインから増加する
(b) 初期値のゲインから減少する
(c) 初期値のゲインを中心に増減する
(d) 初期値のゲインにR3を乗じたゲインとなる
図1は,R3でゲイン調整ができる計装アンプで,V3で表したセンサなどの微弱な差動信号を増幅する計測用途に使われます.R3を接続するとIN-の電圧の変化がOUTまで伝わる経路が増えたことになります.増えた経路の影響がOUTにどのように伝わるかを検討すると分かります.
IN+の電圧をVIN+,IN-の電圧をVIN-とします.R3が無いときは「VIN+-VIN-」の差動信号を「G=1+R2/R1」で増幅するゲイン固定の計装アンプです.このときOPアンプU1の反転端子はバーチャル・ショートによりVIN-となります.同じようにOPアンプU2の反転端子はバーチャル・ショートによりVIN+となります.この2つのバーチャル・ショートにより,R3を接続したときの両端の電圧は「VIN+-VIN-」ですので,差動信号の電圧変化に応じた電流がR3に流れます.R3の電流は, 同じ差動信号の「VIN+-VIN-」で変化するR5の電流に加わることから,VOUTの電圧変化が増加して計装アンプのゲインは高くなります.以上の回路動作より,R3の抵抗をつけると,無いときの初期値からゲインが増加することになり,解答の(a)となります.
●R3で調整する計装アンプのゲインを求める
図2を使ってR3でゲイン調整したときに,解答の(a)のように初期値のゲインから増加することを机上計算で調べます.図2は,計算しやすいように,同じ抵抗値を同じ素子番号で表しました.また,バーチャル・ショートにより,OPアンプU1の反転端子の電圧をVIN-,OPアンプU2の反転端子の電圧をVIN+と記入しました.
同じ抵抗値は同じ素子番号で表した.
図2の計装アンプは,前段のOPアンプU1を使ったアンプと後段のOPアンプU2を使ったアンプで構成しています.R3が無いとゲイン固定の計装アンプとなり,後段の入力はOPアンプU2の非反転端子の電圧のVIN+,前段の出力となるVA(R1の左側)の2つです.R3を接続すると追加の入力となるVIN-(R3の左側)が加わります.このときのVAの電圧を回路の抵抗とVIN+,VIN-を使って表すと式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1を使い,後段の3つの入力(VIN+,VA,VIN-)が回路を通過した後の出力電圧は式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2より,右辺にある「VIN+-VIN-」は差動信号です.この電圧を「G=1+R2/R1+2R2/R3」のゲインで増幅することが分かります.R3が無いときのゲインは,式2のR3を無限大とすると,ゲイン固定の計装アンプの「G=1+R2/R1」となります.これが初期値のゲインです.R3を接続することにより初期値のゲインから「2R2/R3」の関係でゲインが増加していくことが分かります.
●R3を変えたときのシミュレーション
図3は,R3の抵抗値を変数「RG」で表し,「.step」コマンドを使って「RG」が2.2kΩ,5.1kΩ,1GΩの3種類のゲインをシミュレーションする回路です.1GΩは絶縁抵抗の意味でR3が無いときを表します.シミュレーションは,AC解析を用いてゲイン周波数特性をプロットします.
V3は差動信号.
図4は,図3のシミュレーション結果です.3種類の抵抗のゲインについて式2を使って計算すると,RGが2.2kΩのとき101.9倍,RGが5.1kΩのとき50.2倍,RGが1GΩのとき11.0倍です.図4の周波数が100Hzのとき,ゲインについてカーソルを使って調べると机上計算と一致します.このようにR3の抵抗値を調整することでゲイン調整ができる計装アンプとなります.
ゲインは式2の机上計算と同じになる.
●同相信号と差動信号を入力したシミュレーション
図5は,LTspiceのjigsフォルダにあるゲイン調整ができる計装アンプ回路「1002.asc」です.ノイズに相当する同相信号と微弱な差動信号を入力したときの出力波形をシミュレーションする回路です.このシミュレーションで計装アンプの特徴である同相信号を除去し,差動信号を増幅する様子をシミュレーションで確かめます.ここで同相信号(V4)は振幅が1V,周波数が10Hzの正弦波,また差動信号(V3)は振幅が1mV,周波数が100Hzの正弦波です.
図6は,図5のシミュレーション結果です.上段は同相信号のVIN+と同相信号に差動信号が重畳しているときのVIN-の電圧波形です.中段は差動信号の「VIN+-VIN-」です.下段はOUTの波形です.上段のVIN-の波形は同相信号の振幅が差動信号の振幅より大きいため差動信号の波形はみえません.しかし,中段の差動信号を計算すると振幅が1mVで位相が反転した波形が確認できます.図5のゲインは「R3=2.2kΩ」なので101.9倍です.下段のOUTの波形は,中段の差動信号を101.9倍した正弦波になっています.このように計装アンプの出力には同相信号を除去し,微弱な差動信号を回路のゲインで増幅することが分かります.
上段はIN+とIN-の電圧波形.
中段は振幅が1mV,周波数が100Hzの差動信号波形.
下段は差動信号を101.9倍した出力波形.
●計装アンプの同相電圧範囲
図1の計装アンプで注意が必要なのが同相電圧範囲です.同相電圧範囲(Common mode range)は計装アンプが正常に動作する電圧範囲のことで,簡易的に調べるときは図7を用います.
2つの入力端子へV4の同相電圧を印加している.
図7には,差動信号は無く,2つの入力へ同相電圧(V4)を入力してOUTの応答を調べます.計装アンプは,同相信号を除去するので,正常に動作しているときの出力電圧はOPアンプが理想とするとゼロとなります.
図7の回路が正常に動作するには,回路内の電圧がOPアンプの出力電圧範囲でなければなりません.図7のOPアンプU1の出力であるAノードの電圧は,同相信号の電圧をVCMとすると式3となり,同相信号を「1+R1/R2」のゲインで増幅します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3は,式1の「VIN+=VIN-=VCM」とすることで分かります.VAの電圧はOPアンプU1の出力電圧範囲内でしか動作しないため,計装アンプの同相電圧範囲は「1+R1/R2」のゲインによって変わることになります.
図8は,図7のシミュレーション結果です.同相電圧のV4を-15Vから+15Vの範囲を10mVのステップで変化させたときの回路の応答をプロットしました.図8の上段がAノードのゲインで,中段がAノードの電圧,下段がOUTの出力電圧です.
上段はAノードのゲイン.
中段はAノードの電圧.
下段は出力の電圧.
上段のAノードのゲインは,正常動作のときは式3より1.1倍です.同相信号は1.1倍で増幅され,中段のAノードの電圧となります.Aノードが正常に動作するのはOPアンプの出力電圧範囲内ですので,OPアンプの正側の電源付近(+15V)の飽和領域と負側の電源付近(‐15V)の飽和領域では回路は動きません.このため下段のOUTの応答で出力電圧が0Vになる範囲が同相電圧範囲となります.
計装アンプの初期値のゲイン「1+R2/R1」が高いときは,式3のゲイン「1+R1/R2」は低くなります.また,初期値のゲインを低く設定すると式3のゲインは高くなって同相電圧範囲が狭くなります.
この例として図9は,図7のR1とR4を47kΩに変えたときのシミュレーション結果です.図8と図9を比べると式3のゲインは1.1倍から1.47倍になり,Aノードの正側と負側の飽和に到達するまでに差が出ることから,同相電圧範囲が狭くなります.
上段はAノードのゲイン.
中段はAノードの電圧.
下段は出力の電圧.
図8と比べると同相電圧範囲が狭まる.
計装アンプの同相信号範囲については,「LTspiceアナログ電子回路入門 ―― 2個のOPアンプを使った計装増幅器で動作可能な最小の入力電圧は何V?」でも詳しく解説しています.こちらも参考にしてください.
以上,解説したようにR3を接続するとゲイン調整ができる計装アンプとなります.図1の回路を低い電源電圧で初期値のゲインを低く設定すると同相電圧範囲は狭くなります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_020.zip
●データ・ファイル内容
1002_Gain.asc:図3の回路
1002_Gain.plt:図4のプロットを指定するファイル
1002.asc:図5の回路
1002.plt:図6のプロットを指定するファイル
1002_Vcm.asc:図7の回路
1002_Vcm.plt:図8と図9のプロットを指定するファイル
■LTspice関連リンク先
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