計装アンプと差動アンプの違い




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■問題
オペアンプ応用 ― 初級

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,IN+が正の入力,IN-が負の入力,OUTが出力となるゲイン固定の計装アンプです.この計装アンプにV2の同相信号とV3の差動信号を入力します.このときのOUTの波形として正しいのは図2の(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 ゲイン固定の計装アンプ
V2は同相信号で,DCオフセット電圧が2.5V,振幅が1V,周波数が10Hzを入力.
V3は差動信号で,DCオフセット電圧が-25mV,振幅が5mV,周波数が100Hzを入力.


図2 図1のOUT端子の電圧波形
正しいのはどれでしょうか.

(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形


■ヒント

 計装アンプは,微弱な信号を増幅する計測用途に用いられるアンプです.計装アンプは,同相信号と差動信号のどちらを増幅するのか,また,回路のゲインがどうなるかを検討すると分かります.図2の(a)と(b)は10Hzの正弦波で極性が違います.(c)と(d)は100Hzの正弦波で極性が違います.

■解答


(d)の波形

 図1の計装アンプは,IN+の電圧をVIN+,IN-の電圧をVIN-とすると,「VIN+-VIN-」の差動信号を回路のゲインで増幅します.具体的には「VIN+=V2」,「VIN-=V2+V3」ですので,「VIN+-VIN-=-V3」となり,「-V3」を増幅することになります.
 次にV3は,-25mVを中心に5mVの振幅です.また,-V3は,+25mVを中心に振幅が5mVで位相が反転した(負側の振幅から始まる)正弦波となります.回路のゲインは,R1とR3が2kΩ,R2とR4が198kΩのとき「G=1+R2/R1=100」となります.以上により,OUTは「-V3」を100倍した波形となり,(d)の2.5Vを中心に振幅が0.5Vで位相が反転した正弦波となります.

■解説

●計装アンプと差動アンプの違い
 計装アンプは,インスツルメンテーション・アンプ(Instrumentation amplifier)とも呼ばれます.計装アンプは,センサなどからの微弱な差動信号を増幅し,ノイズなどの同相信号は除去する特殊なアンプのことで計測用途に使われます.図1の回路は2個のOPアンプを使ったゲイン固定の計装アンプとなります.計装アンプのIN+とIN-の2つの入力はOPアンプの非反転端子であり,高い入力インピーダンスとなります.また,2つの入力端子のインピーダンスは,同じOPアンプであれば一致して平衡になります.
 計装アンプと似た回路に,図3のOPアンプ(U1)と「R1=R3,R2=R4」の抵抗で構成した,差動アンプがあります.差動アンプの入力側の抵抗(R1,R3)は計装アンプの入力インピーダンスに比べて小さいため,信号源抵抗(R5,R6)が入力側の抵抗(R1,R3)より十分小さくないと回路で決まるゲインになりません.また,IN+からみた入力インピーダンスとIN-からみた入力インピーダンスが一致しないため平衡ではありません.平衡でないと信号線に重畳される同相信号のノイズに対して影響を受けます.差動アンプにはこれらの弱点があるので,高精度が必要なときは計装アンプを用います.以降では図1の計装アンプと図3の差動アンプの違いをシミュレーションで確認します.


図3 差動アンプの回路例
波線内は信号源で差動信号(V1とV2),同相信号(V3),出力抵抗(R5とR6).

●信号源抵抗による差動アンプのゲイン変化
 図3の差動アンプのIN+とIN-からOUTまでの関係は式1であり,ゲインは「R2/R1」となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 ゲインを高く設定すると,R2は入手できる上限があるため,入力側の抵抗(R1,R3)が小さくなります.信号源抵抗(R5,R6)が差動アンプの入力側の抵抗(R1,R3)より十分小さければゲインは式1となります.しかし,そうでなければ,信号源抵抗によりゲインが変わります.これを図3のR5とR6の抵抗値を変数Rsで変えて,シミュレーションで確認します.
 図4は,図3のシミュレーションの結果です.「.param Rs=1」で,R5とR6の信号源出力抵抗が1Ωです.上段は,同相信号(DCオフセット電圧が2.5V,振幅1Vで周波数が10Hz)に差動信号(振幅5mVで周波数が100Hz)が重畳しているときのVIN+とVIN-の電圧波形です.中段は,差動信号の「VIN+-VIN-」です.下段は,OUTの波形です.上段の波形は,同相信号の振幅が差動信号の振幅より大きいため微弱な差動信号の波形はみえません.
 信号源抵抗(R5とR6)が差動アンプの入力側の抵抗(R1とR3)より十分小さな1Ωのとき,V1とV2の差電圧が「VIN+-VIN-」の差動信号となり,図4の中段に示す振幅が5mVで100Hzとなります.これを式1から求まる回路のゲイン「R2/R1=100倍」で増幅するため,OUTは振幅が0.5Vで周波数が100Hzの波形となります.


図4 信号源抵抗Rsが1Ωのときのシミュレーション結果
上段はIN+とIN-の電圧波形.
中段は振幅が5mV,周波数が100Hzの差動信号波形.
下段は振幅が0.5V,周波数が100Hzの出力波形.

 図5は,「.param Rs=100」で,R5とR6の信号源出力抵抗が100Ωのときの図3のシミュレーション結果です.信号源抵抗(R5とR6)が差動アンプの入力側の抵抗(R1とR3)の100Ωと同じ値になると,V1とV2の差電圧が1/2へ分圧されて「VIN+-VIN-」の差動信号となり,図5の中段の振幅が2.5mVで100Hzとなります.これを100倍で増幅するので,OUTは振幅が0.25Vで周波数が100Hzの波形となります.図4図5から分かるように差動アンプは信号源抵抗の影響を受けやすい回路となります.


図5 信号源抵抗Rsが100Ωのときのシミュレーション結果
上段はIN+とIN-の電圧波形.
中段は振幅が2.5mV,周波数が100Hzの差動信号波形.
下段は振幅が0.25V,周波数が100Hzの出力波形.

●差動アンプの入力インピーダンス
 次に図6の回路で,V1とV2からみた差動アンプ側の入力インピーダンスを「.net」コマンドを用いてシミュレーションで調べます.


図6 差動アンプの入力インピーダンスをシミュレーションする回路

 図7は,図6のシミュレーション結果です.100HzのときのV1側からみた入力インピーダンスは「R1=100Ω」となり,V2側からみた入力インピーダンスは「R3+R4=10.1kΩ」となります.このように入力インピーダンスが一致しないため平衡でなく,例えば信号線に商用電源の50Hzまた,60Hzなどの同相信号ノイズが加わると影響を受けます.


図7 図6のシミュレーション結果
V1側とV2側からみた入力インピーダンスは異なる.

●計装アンプのゲイン
 図1の計装アンプは,IN-を入力としたOPアンプ(U1)とR1,R2からなる非反転アンプ,また,IN+の2つを入力としたOPアンプ(U2)とR3,R4からなるアンプで構成しています.IN+の電圧をVIN+,IN-の電圧をVIN-,OUTの電圧をVOUTとすれば式2の関係となります.

・・・・・・・・・・(2)

 ここで「R1=R3,R2=R4」とすれば,式2の右辺第二項の電圧は「(1-1)VIN+」でゼロとなり,VOUTには現れません.図1よりVIN+の電圧はV2の電圧源ですから同相信号が除去されることが分かります.
 「R1=R3,R2=R4」を用いて式2を整理すると式3となり,図1の計装アンプのゲインは差動信号「VIN+-VIN-」を固定ゲインの「1+R2/R1=100倍」で増幅することになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

  固定ゲインの詳しい計算は,過去にLTspiceアナログ電子回路入門で配信した「2個のOPアンプを使った計装増幅器のゲインはいくら」を参照してください.

●ゲイン固定の計装アンプのシミュレーション
 図8は,LTspiceのjigsフォルダにあるゲイン固定の計装アンプ回路「1049.asc」です.V2は,同相信号でDCオフセット電圧が2.5V,振幅が1V,周波数が10Hzです.V3は,差動信号でDCオフセット電圧が-25mV,振幅が5mV,周波数が100Hzです.シミュレーションは,過渡解析をおこない,回路の電圧波形をプロットします.


図8 図1をシミュレーションする回路

 図9は,図8のシミュレーション結果です.上段は同相信号のVIN+と同相信号に差動信号が重畳しているときのVIN-の電圧波形です.中段は差動信号の「VIN+-VIN-」です.下段は,OUTの波形です.上段のVIN-の波形は,同相信号の振幅が差動信号の振幅より大きいため差動信号の波形はみえません.しかし,中段の差動信号を計算すると直流オフセット電圧が+25mVで振幅が5mVの位相が反転した波形が確認できます.この直流と交流の差動信号を100倍のゲインで増幅するため,下段のOUTの波形は2.5Vを中心に振幅が0.5Vで位相が反転した正弦波となり,解答の(d)となることが分かります.


図9 図8のシミュレーション結果
上段はIN+とIN-の電圧波形.
中段は振幅が5mV,周波数が100Hzの差動信号波形.
下段は振幅が0.5V,周波数が100Hzの出力波形.

 以上,解説したように,計装アンプは差動信号を増幅し,同相信号を除去する高精度なアンプとなります.計装アンプに使うOPアンプは直流特性が良いものを選びます.今回の回路例で使っているOPアンプはオフセット電圧とオフセット電圧ドリフトが優れるゼロドリフトOPアンプです.また,R1,R2,R3,R4のマッチングがズレると式2の右辺第二項の同相電圧が出力に現れ、CMRR(コモン・モード・リジェクション・レシオ)が悪化して特性が悪くなりますから注意してください.


■データ・ファイル


解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_018.zip

●データ・ファイル内容
Differential_Amplifier.asc:図3の回路
Differential_Amplifier.plt:図3と図4のプロットを指定するファイル
Differential_Amplifier_Zin.asc:図6の回路
Differential_Amplifier_Zin.plt:図6のプロットを指定するファイル
1049.asc:図8の回路
1049.plt:図8のプロットを指定するファイル
signal.asy:AC信号源のシンボル

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