モデル・パラメータをステップ解析する
図1は,トランジスタ(Q1)と抵抗(R1)で構成したエミッタ・フォロワ回路です.機能は,V1の信号を高い入力抵抗(RIN)で受け,ゲインが約1倍でOUT端子から次の回路へ伝えるバッファ回路となります.入力抵抗(RIN)はトランジスタの電流増幅率(hFE)と抵抗(R1)でほぼ決まります.入力抵抗の近似式として正しいのは次の(a)~(d)のどれでしょうか.
(a) RIN=hFE×R1 (b) RIN=R1/hFE (c) RIN=hFE×R12 (d) RIN=hFE2×R1
入力抵抗(RIN)はV1の変化に対するベース電流の変化から求まります.ベース電流の変化は,抵抗(R1)に流れる電流とトランジスタの電流増幅率(hFE)に関係があります.これらの関係を使うと入力抵抗が分かります.
V1の変化をΔV1とします.エミッタ・フォロワのゲインは約1倍なので,ΔV1はOUT端子にそのまま伝わります.OUT端子のΔV1は,オームの法則によりR1によって電流の変化となり,これが式1のコレクタ電流の変化(ΔIC)となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
次に,ベース電流の変化(ΔIB)はコレクタ電流の変化(ΔIC)を電流増幅率(hFE)で割った電流なので式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
トランジスタのベースからみた入力抵抗は,ΔV1をΔIBで割ったものです.式1と式2を使ってΔV1/ΔIBを表すと式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
以上をまとめると,ベース電圧のΔV1は抵抗にかかるΔV1と同じです.ベース電流のΔIBは,R1の抵抗に流れるΔICをhFEで割った小さな電流となります.この関係より,ベース端子から回路側をみた入力抵抗(RIN)は,R1をhFE倍した大きな抵抗値になります.
●トランジスタのモデル・パラメータについて
トランジスタを使った回路では,データシートの電気的特性が変化したときに与える影響について調べることがあります.図1を例にとると,回路の入力抵抗はトランジスタの電流増幅率(hFE)で変わります.データシートには電流増幅率(hFE)の下限値が記載されていますので,シミュレーションで入力抵抗がどれくらいまで下がるかなどの検討ができます.
トランジスタの特性はモデル・パラメータで定義します.モデル・パラメータを調べるとき,回路図に配置したトランジスタを右クリック後,「Pick New Transistor」を選んだ後に現れる図2の「Select Bipolar Transistorウィンドウ」中で確認できます.具体的には「.model」ステートメント中の「IS=…」以降で「パラメータ名=数値」で調べることができます.以降ではトランジスタのアーリ電圧のパラメータ「VAF」と電流増幅率のパラメータ「BF」を変化させたシミュレーション例を紹介します.
「.model」ステートメントでトランジスタ特性を定義している.
●モデル・パラメータをステップ解析する方法
図3は,LTspiceのEducationalフォルダにある「stepmodelparam.asc」の回路です.この回路はベース電流(I1)を一定のステップで変化させてトランジスタを駆動し,ベース電流ごとにコレクタ・エミッタ間電圧(V1)をスイープして,コレクタ電流(IC1)の変化をプロットした静特性を調べています.この静特性においてアーリ電圧のパラメータ「VAF」を「.step」コマンドを使い,100Vから50Vまで25Vステップで変化したらどうなるかを調べるシミュレーション例となります.
VAFのパラメータを変化させている.
図4は,図3のシミュレーション結果です.V2の電圧変化によるコレクタ電流の変化は,I1のベース電流が同じでもVAFが50Vで右上がりの傾きが大きく,VAFが100Vで傾きが水平に近づきます.この傾きはトランジスタの出力抵抗を表しており,VAFが50Vになると出力抵抗は小さくなり,逆にVAFが100Vになると出力抵抗は大きくなるシミュレーション結果となります.このように図3の中にある「.step」コマンドを使うと,トランジスタのモデル・パラメータを変化させたシミュレーションができます.
VAFを変化させると静特性の傾きが変わる.
●電流増幅率を変化させる
次に電流増幅率のパラメータ「BF」を変化させるシミュレーション例です.図5は,I1の電流を100μA~500mA間を対数でスイープし,そのときの電流増幅率をプロットする回路です.パラメータ「BF」は「.step」コマンドで 50~200間を50ステップで変えています.トランジスタのコレクターエミッタ間電圧は,V1の電圧とQ1のベース・エミッタ間電圧を加えた約9.7Vであり,2N2222のデータシートの測定条件である10Vに近づけています.
「.step」コマンドで「BF」を変化させる.
図6は,図5のシミュレーション結果です.横軸はI1の電流で,縦軸は「Ic(Q1)/Ib(Q1)」の計算で電流増幅率にしています.図6より「BF」の値により電流増幅率は変化し,コレクタ電流が1mAの電流増幅率をカーソルで調べると一番小さい電流増幅率は「hFE=54」となります.2N2222のデータシートより「IC=1mA,VCE=10V」の条件で 電流増幅率の最小値は「hFE=50」です.これと比べると「BF=50」のときの電流増幅率はワースト・ケースに近いモデル・パラメータの条件であることが分かります.
●エミッタ・フォロワの入力抵抗のシミュレーション
図7は,図1のエミッタ・フォロワ回路においてトランジスタの電流増幅率が変化したときの入力抵抗をシミュレーションする回路です.回路図中にはトランジスタの電流増幅率を変化させる「.step」コマンドがあり,図5で使った「BF」の変化と同じにしました.図6で調べたコレクタ電流が1mAの電流増幅率と式3を使って入力抵抗を机上計算すると次のようになります.
BF=200のとき「217×1kΩ=217kΩ」
BF=150のとき「163×1kΩ=163kΩ」
BF=100のとき「109×1kΩ=109kΩ」
BF=50のとき 「54×1kΩ=54kΩ」
「.step」コマンドで「BF」を変化させる.
図8は,図7のシミュレーション結果で, プロットは「1/d(Ib(Q1))」に変更しました.d(Ib(Q1))の導関数は,ΔV1の変化に対するΔIBの変化を表しており,その逆数は入力抵抗となります.図8のV1の電圧が1.66V付近が,コレクタ電流が1mAとなるバイアス条件です.ここにカーソルをあてて4つの入力抵抗を調べると,先ほどの机上計算とほぼ一致することが分かります.
2N2222の「BF」は標準で「BF=200」です.このときの回路の入力抵抗は220kΩとなります.しかし,ワースト・ケースの「BF=50」では入力抵抗が56kΩまで下がることが分かります.
電流増幅率が変わると入力抵抗が変わる.
以上解説したように,エミッタ・フォロワ回路の入力抵抗は,エミッタ側に接続したR1の抵抗をhFE倍した値で近似できます.トランジスタの特性が変わったときに回路へ与える影響を調べるときは,トランジスタのモデル・パラメータを「.step」コマンドで変化させることにより,検証することができます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_010.zip
●データ・ファイル内容
stepmodelparam.asc:図3の回路
IC_hfe.asc:図5の回路
Common_Collector_Ri.asc:図7の回路
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