電圧制御スイッチのモデルと使用例
図1は,S1,S2,S3スイッチのどれか1つをONにしてR1,R2,R3,R4の接続を変え,抵抗比で決まる反転増幅器のゲインを切り替える回路です.S1,S2,S3のオン抵抗が1kΩ,オフ抵抗が100MΩです.R1,R2,R3,R4はオン抵抗と同じ1kΩです.OPアンプを理想とすれば,INからOUTまでのゲインの説明で正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.
オン抵抗が1kΩ,オフ抵抗が100MΩ.
(a):S1がON,S2とS3はOFFの状態でゲイン誤差がある
(b):S2がON,S1とS3はOFFの状態でゲイン誤差がある
(c):S3がON,S1とS2はOFFの状態でゲイン誤差がある
(d):(a),(b),(c)ともゲイン誤差は無い
スイッチには,オン抵抗とオフ抵抗があります.オン抵抗による電圧降下とオフ抵抗による漏れ電流の2つが回路へ与える影響を検討すると分かります.
(a)のS1がON,S2とS3はOFFの状態を考えます.S1,S2,S3スイッチの片側は抵抗に繋がり,反対側はOPアンプの反転端子に繋がっています.S1はOPアンプを理想とすれば反転端子に流れる電流はゼロなので,S1がONの状態でもスイッチに電流は流れません.これよりオン抵抗の電圧降下は無いため,S1の抵抗側の電圧は反転端子にそのまま伝わります.次にOFFしているS2とS3は,抵抗側と反転端子間に電圧差があり,S2の両端の電圧はR2の両端の電圧とほぼ同じです.また,S3の両端の電圧もR3の両端の電圧とほぼ同じです.R2とR3が1kΩ,S2とS3のオフ抵抗が100MΩなので,S2とS3に流れる漏れ電流は,R2とR3に流れる電流より非常に小さく無視できます.以上より,S1のオン抵抗とS2,S3のオフ抵抗の影響はなく,(a)のゲインは反転アンプの抵抗比で決まるゲイン「G=-(R2+R3+R4)/R1=-3」となり,ゲイン誤差はありません.
(b)は(a)のONしているスイッチが違うだけです.これより(a)と同じ理由でS2のオン抵抗とS1,S3のオフ抵抗の影響はありません.(b)のゲインは反転アンプの抵抗比で決まるゲイン「G=-(R3+R4)/(R1+R2)=-1」となり,ゲイン誤差はありません.
(c)も(a)のONしているスイッチが違うだけです.これより(a)と同じ理由でS3のオン抵抗とS1,S2のオフ抵抗の影響はありません.(c)のゲインは反転アンプの抵抗比で決まるゲイン「G=-R4/(R1+R2+R3)=-1/3」となり,ゲイン誤差はありません.
以上より,(a),(b),(c)ともオン抵抗とオフ抵抗の影響は無視できるのでゲイン誤差はありません.よって回答は(d)となります.
●電圧制御スイッチのモデル・パラメータ
LTspiceには,図1のS1,S2,S3のような電圧制御スイッチがあります.電圧制御スイッチは,ONとOFFを切り替える電圧のしきい値やオン抵抗とオフ抵抗などの設定ができます.この電圧制御スイッチを使うと,機械的な接点を持つスイッチや半導体スイッチなどを模擬することができます.表1に電圧制御スイッチで設定できるモデル・パラメータを示します.これらは「.model」で指定します.
具体例として,次の「.model」を使った電圧制御スイッチで説明します.
.model MYSW SW(Ron=1 Roff=1Meg Vt=.5 Vh=0)
「MYSW」という名前の電圧制御スイッチは,オン抵抗が1Ω,オフ抵抗が1MΩ,ONとOFFを切り替える電圧のしきい値は0.5V,ヒステリシス電圧は0Vとなります.電圧制御スイッチはモデルが必要ですので,表1のモデル・パラメータを用いて特性を指定します.ヒステリシス電圧を与えるパラメータの「Vh」は,指定する電圧で次の3つの異なる動作となります.
・「Vh=0」のときは,ヒステリシスが無しとなり「Vt」のしきい値でON/OFFする
・「Vh=正の電圧」のときは,「Vt+Vh」と「Vt-Vh」のしきい値でON/OFFする
・「Vh=負の電圧」のときは,「Vt+Vh」と「Vt-Vh」の間で,オン抵抗とオフ抵抗がスムーズに推移する
●電圧制御スイッチのシミュレーション
図2は,LTspiceのEducationalフォルダにある「Vswitch.asc」の回路です.
図2のV1は,振幅が0Vから1Vの三角波を発生する電圧源でS1の電圧制御スイッチをコントロールします.S1スイッチは,V2からR1を介してGNDへ接続し,V1の電圧でON/OFFさせてOUTの波形をプロットします.S1は「MYSW」という名前があり,「.model」で「MYSW」の特性を指定します.具体的には「MYSW」の特性はオン抵抗が1Ω,オフ抵抗が1MΩ,ONとOFFを切り替える制御電圧のしきい値は0.5V,ヒステリシスを指定する電圧は負の電圧の-0.4VなのでON/OFFの切り替えはスムーズになります.「.model」の記述は次のようになります.
.model MYSW SW(Ron=1 Roff=1Meg Vt=.5 Vh=-.4)
図3は,図2のシミュレーション結果です.INの電圧が「Vt+Vh」と「Vt-Vh」の間でOUTの電圧は3.3Vと0V間を推移します.「Vh」は負の電圧ですので電圧制御スイッチの切り替えがスムーズになっているのが分かります.
図4は,図2の電圧制御スイッチの特性を指定する「.model」のオン抵抗とオフ抵抗としきい値は同じで,ヒステリシスを0.4Vへ変更したシミュレーション結果です.
「Vh」は正の電圧ですので,しきい値は「Vt+Vh=0.9V」と「Vt-Vh=0.1V」となり,INの電圧が0.9Vを超えるとONしてOUTの電圧は3.3Vから0Vへ変わり,0.1Vより小さくなるとOFFして0Vから3.3Vとなります.「.model」の記述は次のようになります.
.model MYSW SW(Ron=1 Roff=1Meg Vt=.5 Vh=.4)
図5は,図2の電圧制御スイッチの特性を指定する「.model」のしきい値は同じで,オン抵抗は1kΩ,オフ抵抗は100MΩ,ヒステリシスを0Vへ変更したシミュレーション結果です.しきい値は「Vt=0.5V」となり,INの電圧が0.5VとなるタイミングでON/OFFし,OUTの電圧は切り替わります.オン抵抗は1kΩ,図2のR1も1kΩですから,ONしたときのOUTの電圧は3.3Vの半分の1.65Vとなります.「.model」の記述は次のようになります.
.model MYSW SW(Ron=1k Roff=100Meg Vt=.5 Vh=0)
●電圧制御スイッチの使用例
図6は,図1の反転アンプのゲイン切り替えをシミュレーションする回路です.
電圧制御スイッチの特性は図5の「.model」と同じ指定
S1,S2,S3の電圧制御スイッチを切り替える制御電圧X,Y,Zは,図7のサブサーキットとします.
そして,図8のタイミングで切り替えます.具体的には0ms~10ms間はXが1VでYとZは0V, 10ms~20ms間はYが1VでXとZは0V,20ms~30ms間はZが1VでXとYは0Vです.電圧制御スイッチの特性は図5と同じになるように「.model」を指定しました.この回路へ振幅が3V,周波数が1kHzの正弦波を入力し,OUTの振幅よりゲインを求めます.
図9は,図6のシミュレーション結果です.
ゲイン誤差は無く机上計算値と一致する.
0ms~10ms間の「S1がON,S2とS3がOFF」のOUTの振幅は位相が反転した9Vです.入力の振幅は3Vですから,机上計算のゲイン「G=-(R2+R3+R4)/R1=-3」と一致し,ゲイン誤差はありません.次に10ms~20ms間の「S2がON,S1とS3がOFF」のOUTの振幅は位相が反転した3Vです.これより机上計算のゲイン「G=-(R3+R4)/(R1+R2)=-1」と一致し,ゲイン誤差はありません.最後に20ms~30ms間の「S3がON,S1とS2がOFF」のOUTの振幅は位相が反転した1Vです.こちらも机上計算のゲイン「G=-R4/(R1+R2+R3)=-1/3」と一致し,ゲイン誤差はありません.
以上,解説したように,電圧制御スイッチは機械的なスイッチや半導体スイッチなどの代わりに使用できます.また電圧制御スイッチの特性は表1のモデル・パラメータで指定し,「.model」中に記述して使います.電圧制御スイッチの使用例として反転増幅器のゲイン切り替えを示しました.回路にスイッチを入れて接続を切り替えるとき,オン抵抗により特性が悪化することがあります.このようなときはONしているスイッチに電流を流さないように回路で工夫します.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_006.zip
●データ・ファイル内容
Vswitch.asc:図2の回路
Programable_Gain_Inverting_Amplifier.asc:図6の回路
SW_Control.asc:図7のサブサーキット
SW_Control.asy:図7のサブサーキットシンボル
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