IGBTの等価回路と特性
図1は,IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)の回路記号と等価回路を示そうとしています.IGBTは,高耐圧大電流のスイッチとして使われるデバイスです.IGBTの等価回路は,nチャネルMOSFETとバイポーラ・トランジスタの2つの素子で表すことができます.また,ゲート・エミッタ間のHighまたはLowの電圧で,コレクタ・エミッタ間がON/OFFするスイッチとなります.IGBTの等価回路として適切なのは図2の(a)~(d)のどれでしょうか.
(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路
IGBTの用途は高耐圧,大電流の半導体スイッチとしてパワー・エレクトロニクスの分野で使われています.IGBTはゲートとエミッタ間の電圧が0VでOFFになりコレクタとエミッタ間には電流が流れません.その逆のゲートとエミッタ間にNMOSのしきい値以上の電圧が印加すると,nチャネルMOSFETがONしてバイポーラ・トランジスタへ電流が流れ,コレクタとエミッタ間がONとなって電流が流れるスイッチです.この動作になる等価回路を検討すると分かります.
IGBTのゲート・エミッタ間の電圧でコレクタ・エミッタ間がON/OFFする回路を考えます.このときエミッタはグラウンド,コレクタは正の電圧です.
ゲートとエミッタ間の電圧が0Vのとき,図2(a)~(d)のNMOSがOFFとなり,4つの等価回路は全てOFFとなるため差がありません.ゲートとエミッタ間にNMOSのしきい値以上の正の電圧を印加すると,(a)~(d)の等価回路は次の動作になります.
(a)は,NMOSがONしてPNPトランジスタのベース電流となり,コレクタとエミッタ間に電流が流れ,等価回路はONします.
(b)は,NMOSがONする条件ですが,NMOSに流れる電流とNPNのベース電流は逆方向のためコレクタとエミッタ間に電流は流れず,等価回路はOFFとなります.
(c)は,(b)と同じで,NMOSに流れる電流とPNPのベース電流は逆方向のため,等価回路はOFFとなります.
(d)は,ゲートとエミッタ間に正の電圧を印加するとPNPはOFFとなるのでコレクタとエミッタ間に電流は流れず,等価回路はOFFとなります.
以上より,ゲートとエミッタ間の電圧が0VでスイッチがOFF,ゲートとエミッタ間の電圧がNMOSのしきい値以上の正の電圧でスイッチがONとなるのは(a)の等価回路となります.
●IGBTは高耐圧で低速のスイッチング
IGBTは,MOSFETの高入力インピーダンス特性とバイポーラ・トランジスタのコレクタが大電流のときにコレクタ・エミッタ間電圧が低くなる低飽和特性の2つの良いところを活かしたデバイスです.用途は電源やモータの制御などのパワー・エレクトロニクスの分野で高耐圧,大電流のスイッチとして使われます.IGBTを使ったスイッチは電流または電圧をON/OFFすることにより電力を制御します.モータを例にすると,IGBTのスイッチのON/OFFで回転数を上げたり下げたりします.パワー・エレクトロニクスのスイッチはMOSFETもあります.使い分けは高耐圧で低速のスイッチングはIGBT,低耐圧で高速なスイッチングはMOSFETという具合です.ここではIBGTの特性について解説します.
●IGBTの構造と等価回路
図3(a)は,IGBTの構造を表し,等価回路に使うNMOSとPNPを灰色の回路記号で示しました.回路記号の各端子をIGBTのp型とn型の領域で説明すると,NMOSのドレインはn-,ゲートはIGBTのゲート,ソースはn+です.PNPのコレクタはp+,ベースはn-,エミッタはpとなります.この図を用いてIGBTの等価回路を検討します.
図3(a)よりIGBTは,コレクタからエミッタに向かってP型半導体とN型半導体がPNPNと並ぶように作られています.図3(a)の灰色で示したNMOSのソースとPNPのコレクタはIGBTのエミッタとなります.また,灰色のNMOSのドレインとPNPのベースはn-で共通であり,等価回路に直すとNMOSのドレインとPNPのベースは結線されていることになります.以上より,図3(a)の灰色で示したNMOSとPMOSを使うと,IGBTの等価回路は図3(b)となり,解答の図2(a)となることが分かります.
IGBTは,コレクタからエミッタに向かってPNPNとなる構造となるため,図4(a)のように灰色の回路記号で示したPNPトランジスタとNPNトランジスタ,さらにp領域の抵抗があります.これらは図4(b)のサイリスタとなります.
図4(b)のサイリスタはIGBTのコレクタからエミッタに大電流が流れるとRpの抵抗で電圧降下が発生し,その電圧降下はNPNトランジスタのONさせることがあります.NPNトランジスタがONするとPNPトランジスタのベース電流が増えて更にRpの電圧降下が大きくなる正帰還となって,IGBTのゲート電圧に関係なく電流が流れ続けてIGBTを破壊することもあります.実際のIGBTはこのサイリスタがONしないように工夫した設計になっています.
●IGBTの静特性
図5はIGBTの静特性をシミュレーションする回路です.LTspiceのEducationalフォルダにある「IGBT.asc」です.静特性はゲート電圧(V2)を一定のステップで変化させてトランジスタを駆動し,ゲート電圧毎にコレクタ・エミッタ間電圧(V1)をスイープして,コレクタ電流の変化をプロットします.具体的にはゲート電圧のV2は0V~20Vを5Vステップで変化させます.またV1のコレクタ・エミッタ間電圧は0~25Vまでを1mVでスイープします.
図6は,図5のシミュレーション結果でIGBTの静特性となります.図6よりIGBTはV1のコレクタ・エミッタ間電圧が約0.7V以上にならないとコレクタ電流は流れません.原因を図3(b)の等価回路を使って調べると,IGBTのコレクタとエミッタ間には等価回路のNMOSを介してPNPのエミッタとベース間の電圧が入るためです.IGBTをスイッチとして考えると,ONのときコレクタとエミッタ間の電圧は0V近くまで下がらないことから,低い耐圧のときの半導体スイッチはコレクタ・エミッタ間電圧が0V以上で電流が流れ始めるバイポーラ・トランジスタやMOSFETを用い,高い耐圧のときにIGBTを使います.
●IGBTの損失
理想スイッチは,ONのとき電流が流れてもスイッチの電圧降下は0V,OFFのときは高い電圧を印加しても電流は流れない,またスイッチのON/OFFの切り替え時間は0秒です.このため理想スイッチは損失がありません.しかし実際のスイッチはそうなりません.IGBTで考えるとコレクタ・エミッタ間電圧とコレクタ電流の積が損失となります.ここではIGBTの動的な損失について検討します.
図7は,IGBTがスイッチで負荷となるコイル(L1)をON/OFFする回路です.V1の矩形波でスイッチのONの時間は5μs,OFFの時間は20μsを繰り返します.ダイオード(D1)はIGBTがOFFのときコイルとダイオード間で電流を還流させるフライホイールダイオードです.
図8は,図7のシミュレーション結果です.プロットは4つに分かれており,上から「IGBTのゲート電圧」,「IGBTのコレクタ・エミッタ間電圧」,「コレクタ電流」,「損失となるコレクタ・エミッタ間電圧とコレクタ電流の積」です.
図8よりゲート電圧の矩形波でIGBTはターン・オフ,ターン・オンしています.15μsのターン・オフではコレクタ電流は10Aから急にゼロにならず徐々に小さくなります.原因はIGBTのn-層に蓄積されたキャリアが再結合により無くなるまで時間がかかるからです.IGBTのこの電流をテール電流と呼びます.IGBTの損失は,図8の最下段のコレクタ・エミッタ間電圧とコレクタ電流の積です.ターン・オンとターン・オフのときの切り替わりのときの損失をスイッチング損失と呼びます.また,スイッチングが安定したときの損失は定常(導通)損失と呼びます.この2つの損失がIGBTの動的な損失です.IGBTにはテール電流があるためスイッチング損失がMOSFETに比べて大きくなります.
ターン・オフするとテール電流が流れスイッチング損失が大きくなる.
IGBTは,LTspiceXVIIのリリースで追加されました.SPICEモデルはLTspiceXVIIのリリース時に実装されたモデルのみで,市販のものは部品ライブラリに登録されていません.しかし,直流解析で得られる静特性や,過渡解析で確認できるテール電流など,基礎的なIGBTの特性はシミュレーションで確かめることができると思います.IGBTのシンボルはツール・バーの「Component」から「Misc」フォルダへ進み,NIGBTがnチャネルのIGBT,PIGBTがpチャネルのIGBTとなります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_004.zip
●データ・ファイル内容
IGBT.asc:図5の回路
IGBT_tran.asc:図7の回路
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