トランスの出力電圧の大きさ
図1は,LTspiceでトランスのシミュレーションを行うための回路です.L1のインダクタンスは100μHで,L2のインダクタンスは900μHです.L1とL2の相互結合係数は1となっています.V1はピーク電圧1Vで周波数100kHz,デューティ比50%の矩形波を出力します.この回路の,OUT端子の信号の波形表す説明として適切のは次の(a)~(d)のどれでしょうか.
OUT端子の信号の波形表す説明として適切のは?
(a)ピーク電圧3Vの矩形波
(b)±1.5Vの矩形波
(c)ピーク電圧9Vの矩形波
(d)±4.5Vの矩形波
トランスは,コア材にコイルを2組以上巻いたものです.1次巻線に加えた交流電圧と2次巻線に発生する出力電圧はコイルの巻き数比によって変わります.コイルのインダクタンスと巻き数の関係を考えれば,答が分かります.
トランスの2次巻線に発生する電圧は,1次巻線に加わる交流電圧と2つのコイルの巻き数比に比例します.一方,コイルのインダクタンスは,コイルの巻き数の2乗に比例します.L1とL2のインダクタンスの比は1:9なので,巻き数比は1:3になります.つまり,図1の回路ではOUT端子の電圧はIN端子の電圧の交流成分の3倍になります.IN端子の電圧の交流成分は±0.5Vの矩形波なので,OUT端子の電圧は±1.5Vの矩形波になります.
●トランスの性質
トランスは,直流電圧を伝えることができません.しかし,交流電圧であれば1次側と2次側を絶縁した状態で伝えることができます.また,交流電圧の大きさを簡単に変えたることもできます.そのため,発電所から送られた高電圧を,家庭で使用される電圧に下げるためなどに使用されています.1次巻線に加えた電圧をE1,2次巻線に発生する電圧をE2とし,1次巻線の巻き数をN1,2次巻線の巻き数をN2とし,巻き数比をnとすると,これらの関係は式1のように表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
このように,1次巻線と2次巻線の巻き数比が分かれば,1次側の電圧と2次側の電圧比が分かります.また,コイルのインダクタンス(L)は,巻き数(N)の2乗に比例し,比例係数をαとすると,式(2)で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
巻き数N1のコイルのインダクタンスをL1とすると,N1のn倍の巻き数のコイルのインダクタンスL2は式3のように計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図1の問題の場合,インダクタンスの比がわかっているので,巻き数比nは式3を変形して式4のように求めることができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
トランスは交流電圧のみを2次側に伝えます.ピーク電圧1Vの矩形波は0.5Vの直流電圧と±0.5Vの矩形波を足し合わせたものと考えられます.そのため,2次側の出力電圧は±0.5Vの矩形波を3倍した,±1.5Vの矩形波になります.
●トランスをシミュレーションする
LTspiceでトランスを使用する場合,図1のように,1次側のコイル(L1)と2次側のコイル(L2)を配置します.そして,sキーを押してコマンド入力画面を表示し,2つのコイルの結合係数を"K1 L1 L2 1"のように記入し,回路図に配置します.この場合係数を1としているので,損失の無い,理想的なトランスになります.
図2は,図1のトランスの回路のシミュレーション結果となります.ピーク電圧1Vの入力信号に対し,出力電圧は±1.5Vの矩形波となっていることが分かります.
ピーク電圧1Vの入力信号に対し,出力電圧は±1.5Vの矩形波となっている
●トランスの出力波形
図1の回路は,LTspiceに付属しているエデュケーショナル・ファイル(ドキュメント\LTspiceXVII\examples\Educational\Transformer.asc)を一部変更したものです.オリジナルの回路ではR1が1Ωではなく10Ωとなっています.図3はR1を10Ωとした時のシミュレーション結果です.信号の上下が斜めになっていることが分かります.これは低い周波数成分が十分に伝わっていないためです.
出力信号の上下が斜めになっている.
●トランスの周波数特性
図1の回路は,L1とV1の間に抵抗R1が挿入されています.コイルは,周波数が低くなるほどインピーダンスが下がり,電流が増加します.ところが,直列に抵抗が入っていると,低い周波数は,その抵抗で電流が制限されるようになります.そのため,周波数が低くなると理想的なトランスとして動作しなくなります.R1の抵抗値とL1のインピーダンスが等しくなる周波数をfCとすると,fCは式5で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
R1が10Ωの時は,15.9kHzよりも低い周波数では,理想的なトランスとしては動作しません.図4は,トランスの周波数特性をシミュレーションするための回路です.R1の値を1Ωと10Ωに変化させて,周波数特性を調べます.
R1の値を1Ωと10Ωに変化させる.
図5が抵抗を挿入したトランスの周波数特性のシミュレーション結果です.周波数が低くなるとゲインが小さくなっています.また,R1が大きいほどゲイン低下をはじめる周波数が高いことが分かります.
R1が大きいほどゲイン低下をはじめる周波数が高い.
●2次巻線が2つあるトランスのシミュレーション
図6は,2次巻線が2つあるトランスをシミュレーションするための回路(\LTspiceXVII\examples\Educational\Transformer2.asc)です.2次巻線が2つある場合,図6のようにコイルを3つ配置し,"K1 L1 L2 L3 1"のように結合係数を記述します.
"K1 L1 L2 L3 1"のように結合係数を記述する.
図7は,図6の回路のシミュレーション結果です.A点及びB点ともに信号が伝送されていることが分かります.
2つの2次巻線にそれぞれ信号が伝送されている.
以上,LTspiceでトランスをシミュレーションする方法について解説しました.今回は結合係数は1としましたが,実際のトランスは損失があるため,結合係数は1よりも小さくなります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice6_001.zip
●データ・ファイル内容
Transformer_1.asc:図1の回路
Transformer_1.plt:図1のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Transformer_10.asc:図3をシミュレーションするための回路
Transformer_10.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Transformer_AC.asc:図4の回路
Transformer2.asc:図6の回路
Transformer2.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
■LTspice関連リンク先
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