スピードアップ・コンデンサの動作
図1は,NPNトランジスタ(Q1)と2つの抵抗(Rb,RL)を使ったインバータ回路にコンデンサ(C1)を加えた回路です.この回路はC1に流れる電流によりトランジスタのスイッチングが速くなり,OUTの波形は理想的な矩形波に近づきます.図1の信号源(V1)に2μs~4μsの間が5Vとなる矩形波を加えたとき,スイッチングが速くなる理由として,正しいC1の電流の波形は,図2の(a)~(d)のどれでしょうか.電流の向きは赤矢印の方向を正とします.
V1は2μs~4μs間の振幅が5Vとなる矩形波を入力する.
正しい波形はどれでしょうか?
(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形
今回は,インバータ回路のスピードアップ・コンデンサの働きを考える問題です.コンデンサ(C1)は,トランジスタのスイッチングが速くなるもので,スピードアップ・コンデンサと呼ばれています.V1が0Vから5V,また,5Vから0Vへ切り替わった瞬間の電圧差により,C1に流れる電流の方向を検討すると分かります.
V1が0Vのとき,トランジスタはOFFしており,C1の両端の電圧は0Vで放電した状態です.V1が5Vに切り替わった瞬間は,Rbに流れる電流よりもC1に流れる電流の方が大きく,赤矢印の正の方向へ急激に電流が流れます.それがトランジスタのベースに流れるため,ベース・エミッタ間の寄生容量を充電し,トランジスタは直ちにONします.トランジスがONして落ち着くと,C1は,Rbの両端の電圧まで充電され,急激な電流変化は無くなります.
V1が5Vから0Vへ切り替わった瞬間は,先ほどとは逆の放電となり,C1は赤矢印とは反対の負の方向へ電流を流します.この電流はトランジスタのベース・エミッタ間の寄生容量を放電することになり,トランジスタは直ちにOFFします.
以上の動作より,C1の電流は,V1が0Vから5Vへ切り替わった短い時間,正の方向に流れます.その逆の5Vから0Vへ切り替わった短い時間,C1の電流は,負の方向に電流が流れます.この状態を表した波形は(d)となります.コンデンサの値を適切に選ぶと,OUTのスイッチングするスピードが速くなり,理想の矩形波に近づくため,C1はスピードアップ・コンデンサと呼ばれています.
●スピードアップ・コンデンサが無いときの動作
図3は,図1のスピードアップ・コンデンサを外した,NPNトランジスタを使ったインバータ回路です.トランジスタをスイッチのように使い,OUTの電圧が電源電圧に近い状態をデジタル信号のHigh,逆にGNDに近い状態をLowとするインバータ回路です.Rbは過剰なベース電流が流れないようにする保護抵抗です.この状態で図1と同じ2μs~4μsの間が5Vとなる矩形波を入力したときのOUT波形がどうなるのか確認してみます.
図4は,図3のシミュレーション結果です.上段へINの電圧,下段へOUTの電圧をプロットしました.INの電圧が0Vのとき,トランジスタはOFFで,OUTの電圧は5VのHighの状態です.INの電圧が5Vのとき,トランジスタはONで,OUTの電圧はほぼ0VのLowの状態です.
HighからLow,また,LowからHighへの切り替わりは,ターン・オン時間とターン・オフ時間があり,高速なスイッチングはできません.これは,トランジスタのベースとエミッタ間の寄生容量があること,また,ターン・オフ時間については,トランジスタが飽和することにより,ベースに蓄えられる電荷も加わるため,更に遅くなります.
●スピードアップ・コンデンサの容量値
図4のスイッチングが遅くなるのは,ベース・エミッタ間の寄生容量や飽和時の電荷の蓄積が原因です.これを図1の回路では,図2(d)のC1のスピードアップ・コンデンサに流れる電流で充放電して,ターン・オン時間,ターン・オフ時間を速くします.
C1の値は,OUTのターン・オン時間,ターン・オフ時間から測定した時定数と,「C1Rb」の時定数を合わせることで,おおよその値は計算で求められます.図4のシミュレーション結果よりカーソルを使ってτ1とτ2の時定数を調べると,ターン・オン時間のτ1は式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,ターン・オフ時間のτ2は式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
ターン・オフ時間のτ2の方が遅いので,「C1Rb」の時定数は式3に設定します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3へ図1の「Rb=10kΩ」とすれば,C1のおおよその容量値は式4と見積もることができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
実際には,式4で求めた値を参考に,C1の容量値を調整します.
●スピードアップ・コンデンサを加えた回路をLTspiceで確認する
図5は,図1をシミュレーションする回路です.2μs~4μsの間が5Vとなる矩形波を入力し,INの電圧やC1に流れる電流,OUTの電圧をプロットします.スピードアップ・コンデンサの容量値は「CB」の変数名とし「.stepコマンド」で,「0pF,2.2pF,4.7pF,6.8pF,10pF,12pF,15pF,18pF,22pF」と調整して,容量値によるOUTの電圧波形がどのように変化するのか確かめます.
C1の容量値は.stepコマンドで指定する.
図6と図7は,図5のシミュレーション結果です.図6はトランジスタがターン・オンする1.9μs~2.5μs間をプロットしました.図7はトランジスタがターン・オフする3.9μs~4.5μs間をプロットしました.
上段がINの電圧,中段がコンデンサC1に流れる電流,下段がOUTの電圧です.INの電圧が0Vから5V,また5Vから0Vへ切り替わった瞬間は,C1に大きな電流が流れます.またC1を大きくすると,電流も増えてきます.その電流はトランジスタのベースからみた寄生容量を充放電し,C1が大きくなるほどOUTのターン・オン時間とターン・オフ時間は速くなります.
図7 図5のトランジスタがターン・オフする3.9μs~4.5μs間をプロット
図8は,図5のC1が無いとき(C1=0pF)と式4の計算値に近いC1が22pFのときについてプロットしました.中段のC1に流れる電流波形は,解答の図2(d)となることが分かります.また下段のOUTの波形は,C2を22pFとするとトランジスタは直ちにスイッチングし,C1が0pFより,ターン・オン時間,ターン・オフ時間が速く,理想の矩形波に近づくことが分かります.
C1に流れる電流は図2(d)になる.22pFのとき,OUTの波形は理想の矩形波に近づいている.
ここでは,スピードアップ・コンデンサの動作についてシミュレーションを使って調べましたが,トランジスタが飽和し0Vに近くなるときのターン・オフ時間は,シミュレーションと実機で異なることがあります.また,ボードや配線の浮遊容量などもつくことがありますので,C1の容量調整は実機での検証が必要になります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice5_030.zip
●データ・ファイル内容
NPN_Inverter.asc:図3の回路
Speed-up_capacitor.asc:図5の回路
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