低い電圧を増幅するときに使うOPアンプ
図1は,直流モータ(M)に流れる電流を検出するための回路として設計しました.モータに流れる電流は,1Ωの抵抗(R1)で電圧に変換します.その電圧を,OPアンプを使用して増幅し,Out端子に出力します.表1は図1で使用しているOPアンプのスペックを抜粋したものです.図1でモータ電流の平均値が100mAのとき,Out端子の電圧として適切なのは,次の(a)~(d)のどれでしょうか.
モータ電流の平均値が100mAのとき,Out端子の電圧は?
(a)0.9V (b)1.0V (c)2.0V (d)計算できない
R1の電圧は,抵抗値と電流を掛け合わせることで求めることができます.また,図1のOPアンプは非反転増幅回路として動作させようとしています.非反転増幅回路のゲインは,抵抗(R2),(R3)で決まります.しかし,Out端子の電圧がどうなるかは,表1のOPアンプのスペックを良く見て考える必要があります.
表1のOPアンプのスペックのVCM(Input Voltage Range)の項目を見ると,MINの値が「V-+1.0」となっています.このスペックからこのOPアンプは,入力端子の電圧が,マイナス電源端子の電圧を基準として,1V以下の場合は正常に動作しないことがわかります.一方,モータ電流が100mAのときのR1の電圧は0.1Vです.入力電圧が,OPアンプのスペックを逸脱しているため,図1のOPアンプは正常動作しません.そのため,(d)の「計算できない」が正解になります.
●OPアンプの入力電圧範囲
OPアンプを選ぶときの重要なスペックとして,入力電圧範囲があります.OPアンプのマイナス電源とプラス電源の間で,OPアンプが正常に動作する電圧範囲を示したものです.表1の3行目,VCMがそのスペックです.MINの値が「V-+1.0」となっています.この値の意味は,入力端子の電圧は,マイナス電源の電圧から1.0V以上高い必要がある,ということです.言い換えると,入力端子の電圧が,マイナス電源の電圧に近い場合は,OPアンプが正常動作しないことになります.
図2は,OPアンプの入力段の一例を簡略化したものです.この回路では,入力段のNPNトランジスタが動作するためには,0.7V程度の電圧が必要です.また,定電流源が正常動作するために0.3V程度必要だとすると.IN+とIN-の電圧はマイナス電源よりも1V以上高い電圧となっている必要があります.
IN+とIN-の電圧はマイナス電源よりも1V以上高くする必要がある.
図1の回路では,OPアンプのマイナス電源端子はGNDに接続されています.また,モータ(M)の電流を100mAとすると,抵抗(R1)に発生する電圧は100mA*1Ωで100mVとなります.一方,図1で使用しているOPアンプの入力電圧範囲は「マイナス電源電圧+1V」以上です.そのため,図1のOPアンプは,正常に動作することができません.OPアンプが正常動作しないため,非反転増幅回路としてのゲインや,出力電圧を計算することができません.この場合,一般的にはOPアンプの出力は,負側もしくは正側に張り付くことになります.
●OPアンプの選択を誤った場合のシミュレーション
図3は,図1の回路をシミュレーションするための回路です.モータ相当の電流源(I1)を0から200mAまで変化させて出力電圧をシミュレーションします.使用しているOPアンプはLT1881ですが,このOPアンプは,マイナス電源(GND)に近い電圧を増幅する用途には向いていないものです.
電流源(I1)を0から200mAまで変化させてシミュレーションする.
図4は,図3のシミュレーション結果です.I1の電流が変化しても,出力電圧は,ほぼ電源電圧と同じ値で,変化しません.これは期待した動作ではありません.
出力電圧は,ほぼ電源電圧と同じ値で変化しない.
LT1881は,入力オフセット電圧が非常に小さいという特長のある,高性能なOPアンプですが,入力電圧範囲のスペックを逸脱した使い方をした場合は,うまく動作しません.
●レール・ツー・レール入力OPアンプ
図1の回路に使用するOPアンプは,入力信号レベルがマイナス電源と同じ値でも正常に動作する必要があります.この用途に使用するため,入力電圧範囲をマイナス電源と同じ電圧からからプラス電源と同じ電圧まで広げたOPアンプが開発されています.そのOPアンプをレール・ツー・レール(rail-to-rail)入力OPアンプと呼びます.
レール・ツー・レール入力とするための入力段の構成にはいろいろな方法があります.一例としては,図5のように,NPNトランジスタとPNPトランジスタを組み合わせる方法があります.入力電圧がマイナス電源に近いときはPNPトランジスタ・ペアが動作し,プラス電源に近いときはNPNトランジスタ・ペアが動作することで,レール・ツー・レール入力を実現することができます.
NPNトランジスタとPNPトランジスタを組み合わせている.
●レール・ツー・レール入力OPアンプを使用したシミュレーション
図6は,図3のOPアンプをレール・ツー・レール入力OPアンプ(LT1366)に変更したものです.
電流源(I1)を0から200mAまで変化させてシミュレーションする.
表2がLT1336の概略スペックです.「入力同相範囲に両レールを含む」となっており,入力電圧がマイナス電源と同じときやプラス電源と同じときも,正常に動作します.
非反転増幅回路としてのゲイン(G)は式1のように10倍となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
R1の電圧はI1とR1の抵抗値を掛けたもので,Out端子の電圧はそれをG倍したものです.そのため,出力電圧は式2で表すことができ,I1が100mAのときは1Vになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図7は,図6のシミュレーション結果です.出力電圧はI1が増加するとともに大きくなっています.そして,式2で計算したように,I1が100mAのとき,Out端子の電圧は1Vとなっています.
I1が100mAのとき,Out端子の電圧は1Vとなっている.
●正負電源を使用したシミュレーション
LT1881のような,レール・ツー・レール入力ではないOPアンプを,図1の用途に使用する場合,正負電源を使用する方法があります.図8は,図3の回路を正負電源に書き換えたものです.Vccでプラス電源端子に+5Vを与え,Veeでマイナス電源端子に,-5Vを与えています.正負電源を使用すれば,入力電圧範囲の仕様を満たした使い方ができます.
レール・ツー・レール入力ではないOPアンプも使用できる.
図9は,図8の回路のシミュレーション結果です.I1の変化に対応した出力電圧が得られており,正常に動作しています.
I1の変化に対応した出力電圧が得られており,正常に動作している.
以上,OPアンプの入力電圧範囲について解説しました.OPアンプは仕様範囲外の入力電圧では正常に動作しないことに注意が必要です.
(1)LT1881の仕様書
https://www.analog.com/media/jp/technical-documentation/data-sheets/j18812fb.pdf
(2)LT1366の仕様書
https://www.analog.com/media/jp/technical-documentation/data-sheets/j1366fb.pdf
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice5_027.zip
●データ・ファイル内容
OPamp_LVIn_LT1881.asc:図3の回路
OPamp_LVIn_LT1366.asc:図6の回路
OPamp_LVIn_LT1881_PM.asc:図8の回路
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