プッシュプル回路の動作



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■問題
電気回路 ― 基礎

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,NPNトランジスタ(Q1)とPNPトランジスタ(Q2)を組み合わせ,OUT端子に負荷抵抗(RL1)をつけたB級プッシュプル回路と呼ばれる回路です.IN端子に繋がるV1から,GNDを中心に振幅2V,周波数10kHzの正弦波を回路へ入力し,OUT端子の波形をプロットしました.NPNとPNPのベース・エミッタ間電圧は0.7Vとしたとき,その波形が正しいのは,図2の(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 NPNとPNPを組み合わせたB級プッシュプル回路
V1は振幅2V,10kHzの正弦波を回路へ入力する.


図2 図1のOUT端子の電圧をプロット
正しい波形はどれでしょうか?

(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形


■ヒント

 今回は,NPNとPNPを組み合わせたときの回路の動きを考える問題です.図1のOUT端子の電圧は,負荷抵抗(RL1)の電圧降下が現れます.IN端子に繋がるV1の電圧により,負荷抵抗に流れる電流を検討すると分かります.

■解答


(b)の波形

 IN端子の電圧が-2V~2Vの間を推移するとき,NPNとPNPのベース・エミッタ電圧(0.7V)により,図1の回路動作は次の(1)~(3)の状態があります.

(1) V1の電圧がNPNのベース・エミッタ電圧より高くなったとき
(2) V1の電圧がPNPのベース・エミッタ電圧より低くなったとき
(3) V1の電圧がNPNのベース・エミッタ電圧とPNPのベース・エミッタ電圧の間にあるとき

 (1)の状態のとき,NPNがON,PNPがOFFとなり,負荷抵抗にはOUT端子からGNDの方向に向かって電流が流れ,正の電圧となります.
 (2)の状態のとき,NPNがOFF,PNPはONとなり,負荷抵抗にはGNDからOUT端子の方向に向かって電流が流れ,負の電圧となります.
 (3)の状態のとき,NPNとPNPの両方がOFFになる不感帯となります.このときは負荷抵抗に電流が流れず,OUT端子の電圧は0Vとなります.
 以上の3つの状態を考えると,(c)と(d)は負の波形が無いため違います.(a)と(b)でV1に対しOUTが0Vとなる不感帯があるのは(b)です.以上より,解答は(b)の波形となります.

■解説

●B級プッシュプル回路の概要
 図1のB級プッシュプル回路は,V1の状態により動作するトランジスタが切り替わります.この様子を図3に示しました.


図3 V1の電圧による3つの状態を表した

 図3(1)が,V1の電圧がNPNのベース・エミッタ電圧より高くなった状態です.
 図3(2)が,V1の電圧がPNPのベース・エミッタ電圧より低くなった状態です.
 図3(3)は,V1の電圧がNPNのベース・エミッタ電圧とPNPのベース・エミッタ電圧の間にある状態で,NPNとPNPの両方がOFFとなる不感帯のときです.
 B級プッシュプル回路は,図3(3)の状態のとき電流が流れませんので,電力を消費しない利点があります.反面,解答の(b)の波形のように,波形がひずみむ欠点もあります.このひずみのことをクロスオーバひずみと呼びます.

●回路の動きを確かめる
 図4は,DC解析を用いて,図1のV1の直流電圧を-2V~2Vまでスイープし,OUT端子の電圧,Q1のエミッタ電流,Q2のエミッタ電流をプロットしたものです.Q1のエミッタ電流は,NPNのエミッタから流れ出す方向の電流をプロットするため,マイナスがついています.この結果を用いて,図3の(1),(2),(3)の回路の動きを確かめます.
 図3(1)に相当するところは,図4中の「(1)の状態」と書いたところです.V1の電圧がNPNのベース・エミッタ電圧より高くなると,Q1から電流が流れQ2はOFFとなり,OUT端子の電圧は正となります.
 図3(2)に相当するところは,図4中の「(2)の状態」と書いたところです.V1の電圧がPNPのベース・エミッタ電圧より低くなると,Q2から電流が流れQ1はOFFとなり,OUT端子の電圧は負となります.
 図3(3)に相当するところは,図4中の「(3)の状態」と書いたところです.Q1,Q2ともエミッタ電流は流れず,OUT端子の電圧は0Vのまま変化しない不感帯があるのが分かります.このように図4のDC解析の結果から,B級プッシュプル回路は,3つの状態があることを確かめることができます.


図4 V1を-2V~2Vまでスイープした結果
OUT端子の電圧,Q1のエミッタ電流,Q2のエミッタ電流をプロットした.

●プッシュプル回路をシミュレーションする
 図5は,図1をシミュレーションする回路です.IN端子には,0Vを中心に振幅2V,周波数10kHzの正弦波を入力し,過渡解析を実行後にINとOUTの波形をプロットします.


図5 図1のDC解析をする回路

 図6は,図5のシミュレーション結果です.IN端子に加わる正弦波の電圧により,回路は3つの状態があるため,OUT端子の波形は解答の(b)の波形になることが分かります.


図6 図5のシミュレーション結果
解答(b)の波形になる.

●プッシュプル回路の応用
 図7は,OUT端子のクロスオーバひずみを抑えるためR1,R2,D1,D2のバイアス回路を追加したもので,AB級プッシュプル回路と呼ばれます.R1,R2の働きはD1,D2の電流を調整します.そしてD1,D2で発生する電圧により,NPNとPNPの両方が同時にONする領域を僅かに重ね,不感帯を無くしています.


図7 図1の応用回路
クロスオーバひずみを低減させる.

 図8は,V1の直流電圧を-2V~2Vまでスイープし,OUT端子の電圧,Q1のエミッタ電流,Q2のエミッタ電流をプロットしました.このようにNPNとPNPの両方が同時にONする領域が重なることにより,不感帯が無くなります.V1の電圧が0Vのとき,Q1とQ2には僅かに電流が流れます.この電流をアイドリング電流(またはアイドル電流)と呼びます.


図8 図7のDC解析結果
NPNとPNPの両方が同時に動作する領域を僅かに重なっている.

 図9は,図7の解析の指定を「.tra 200u」へ変更し,過渡解析を実行後にINとOUTの波形をプロットしました.不感帯が無くなることにより,OUT端子の波形は入力の正弦波に近づくことが分かります.


図9 図7の過渡解析結果

 以上,解説したように,図1のプッシュプル回路の動作は,V1の電圧により3つの状態に分けられます.IN端子が無信号のときは電力を消費しない利点がありますが,OUT端子の波形はひずみます.プッシュプル回路は使用する部品の特性を合わせる必要があり,NPN,PNPの2つのトランジスタは,特性が揃っているコンプリメンタリ・トランジスタを用います.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice5_026.zip

●データ・ファイル内容
Class_B_Ampilifer.asc:図5の回路
Class_AB_Ampilifer.asc:図7の回路

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