トランジスタの相互コンダクタンス計算方法



『LTspice Users Club』のWebサイトはこちら

■問題
電気回路 ― 基礎

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,NPNトランジスタ(Q1)を使ったエミッタ接地回路です.コレクタ電流(IC1)が1mAのときV1の電圧は774.3mVです.このV1の電圧774.3mVを±0.5mVだけ僅かな変化させた場合「774.8mVのとき1.022mA」,「773.8mVのとき0.984mA」でした.この測定値を使いQ1の相互コンダクタンス(比例定数)を計算すると,正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 NPNトランジスタを使ったエミッタ接地回路
相互コンダクタンスを求める.

(a)1.27mA/V (b)1.32mA/V (c)16mA/V (d)38mA/V

■ヒント

 トランジスタの相互コンダクタンス(gm)は,トランスコンダクタンスとも呼ばれ,ベースとエミッタ間の僅かな電圧変化に対するコレクタ電流変化の比です.この関係を図1の具体的な数値を使って計算すると算出できます.

■解答


(d) 38mA/V

 図1のV1の電圧は,トランジスタ(Q1)のベースとエミッタ間の電圧(VBE)なので,式1となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 図1のV1の電圧変化(ΔVBEの電圧変化)は±0.5mVなので,1mVの電圧差があります.また,ΔICの電流変化は,+0.5mVの774.8mVのとき1.022mA,-0.5mVの773.8mVのとき0.984mAの差なので,式1へ値を入れると式2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式2より,コレクタ電流(IC1)が1mA となるV1の電圧を中心に,僅かに電圧が変化したときの相互コンダクタンス(gm)は38mA/Vとなります.


■解説

●トランジスタの相互コンダクタンスの概要
 トランジスタの相互コンダクタンス(gm)は,ベースとエミッタ間電圧の僅かな変化に対するコレクタ電流の変化であり,相互コンダクタンスが大きいほど増幅器のゲインが大きくなります.この相互コンダクタンスは,ベースとエミッタで構成するダイオード接続のコンダクタンスとほぼ等しくなります.一般に増幅器は高いゲインが求められますので,相互コンダクタンスは大きい方が望ましいことになります.
 今回は,「ダイオード接続のコンダクタンス」と「トランジスタの内部動作から得られる相互コンダクタンス」がほぼ等しいことを解説します.次に図1の相互コンダクタンスの計算値とシミュレーション値が同じになることを確かめます.

●ダイオード接続のコンダクタンスについて
 図2は,解説のためNPNトランジスタのコレクタを取り外し,ベースのP型とエミッタのN型で構成するダイオード接続の説明図です.ダイオード接続は,P型半導体とN型半導体で構成します.P型半導体には正電荷,N型半導体には負電荷があり「+」と「-」で示しました.図2のVDの向きで電圧を加えると,正の電界は負電荷を,負の電界は正電荷を呼び寄せるので正電荷と負電荷が出会って再結合を始めます.この再結合は連続して起こり,正電荷と負電荷の移動が続き,電流がP型半導体からN型半導体へ流れます.


図2 ダイオード接続に電流が通るときの図
P型半導体からN型半導体へ向かって電流が流れる.

 次にダイオード接続のコンダクタンス(gd)を理想ダイオードの式を使って求めます.ダイオード接続のコンダクタンスは,ダイオード接続がONしているときの僅かな電圧変化に対する電流変化であり,単位は電流/電圧の「A/V」で表します.ダイオード接続に流れる電流(ID)は,理想ダイオードの式として式3となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 ここで,ISは逆方向飽和電流であり,デバイスにより変わります.VDはダイオード接続へ加える電圧です.また,VTは熱電圧で,27℃のとき約26mVです.VDの一般的な値は,ダイオード接続をONする電圧として0.7Vほどです.ゆえに式3の指数部は「VD/VT>>1」となり,式4で近似できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 ダイオード接続のコンダクタンス(gd)は,僅かな電圧変化に対する電流変化なので,式4を式5のようにVDで微分し,接線の傾きを求めることで得られます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5の括弧で囲んだ項は,式4のダイオード接続に流れる電流と同じなので,ダイオード接続のコンダクタンスは式6となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

●トランジスタの相互コンダクタンスについて
 図3は,図2のダイオード接続へ,コレクタのN型半導体を接続した,NPNトランジスタの説明図です.コレクタの電圧はベース・エミッタの電圧よりも高い電圧とし,ベースのP型とコレクタのN型は逆バイアスのダイオード接続となります.コレクタとエミッタには電圧の方向と同じ高い電界があり,また,ベースのP型は薄いため,エミッタの負電荷の多くは,コレクタとエミッタの高い電界に引き寄せられて収集されます.これにより,正電荷と負電荷の再結合は少なくなり,ベース電流は減ります.この特性により,エミッタ電流(IE)とコレクタ電流(IC)はほぼ等しくなり,ベース電流(IB)は小さくなります.


図3 トランジスタの動作を解説する図
コレクタはエミッタの負電荷を引き寄せるため,エミッタ電流とコレクタ電流はほぼ等しい.

 具体的な例として,コレクタ電流(IC)とベース電流(IB)の比で表される電流増幅率(β)が式7のときを考え,エミッタ電流(IE)のうちコレクタ電流(IC)がどれくらい含まれるかを調べます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 エミッタ電流(IE)は,コレクタ電流(IC)とベース電流(IB)の和なので,式8となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 式7をIBで整理して式8へ代入すると式9となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 コレクタ電流とエミッタ電流の比をαとすれば,式10となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 式10より,電流増幅率が100倍(β=100)のとき,コレクタ電流とエミッタ電流の比であるαは「α=0.99」となり,エミッタ電流の99%はコレクタ電流であることがわかります.
 図2図3は「ベースのP型」から「エミッタのN型」に電流が流れるダイオード接続です.電流の経路は,図2がベース端子から流れ、図3がほぼコレクタ端子から流れるというだけの差であり,図2のVD図3のVBEが同じ電圧であれば,流れる電流値は変わりません.よって,図3の相互コンダクタンスは,図2のダイオード接続のコンダクタンスとほぼ同じになり,式6中の変数であるIDがICへ変わり,図3のトランジスタの相互コンダクタンスは,式11となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式11を使い,図1のコレクタ電流が1mAのときの相互コンダクタンスは,式12となり解答の(d)の38mA/Vとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 この相互コンダクタンスは,「1mAのコレクタ電流で発生するベース・エミッタ間電圧において,その近傍で1mVの変化があるとき,コレクタ電流は38μA変化する」ことを表しています.以上のことをトランジスタのシンボルを使った回路図で整理すると,図4となります.


図4 トランジスタのベース電流,コレクタ電流,エミッタ電流,相互コンダクタンスを整理した図

●相互コンダクタンスをLTspiceで確認する
 図5は,図1の相互コンダクタンスをシミュレーションする回路です.DC解析を用いて,V1の電圧は,0.6V~0.79Vを0.1mVの間隔でスイープさせ,コレクタ電流(IC1)の変化を調べます.
 図5には「.MEASコマンド」で,V1が774.3mVのコレクタ電流をres1へ,774.3mVを中心に-0.5mVとなる773.8mVのコレクタ電流を変数res2へ,+0.5mVとなる774.8mVのコレクタ電流を変数res3へ入れます.この値を用いてres4へ相互コンダクタンスを計算させて入れています.


図5 トランジスタの相互コンダクタンスをシミュレーションする回路

 図6は,図5のシミュレーション結果で,V1の電圧変化に対するコレクタ電流の変化をプロットしました.コレクタ電流はV1の値が変化すると指数関数的に変わり,コレクタ電流が1mAのときのV1の電圧を調べると,774.3mVであることが分かります.


図6 図5のシミュレーション結果
V1が774.3mVのとき,コレクタ電流は1mAとなる.

 図7は,同じシミュレーション結果を用いて,X軸をコレクタ電流,Y軸をLTspiceの導関数d()を使い,式1に相当するd(Ic(Q1))/d(V(in))を用いて相互コンダクタンスを調べました.Y軸はオームの逆数の単位「Ω-1」となりますが,「A/V」と同意です.ここで1mAのときの相互コンダクタンスは39mA/Vであり,式12とほぼ等しい値であることが分かります.


図7 図1をシミュレーションする回路
負荷抵抗はRLOADという変数で変化させる.

 正確な値は「.MEASコマンド」で調べます.回路図上で「Ctrl+L」(コントロールキーとLを同時に押す)でログファイルが開き,その中に「.MEASコマンド」のres1からres4の結果が格納されています.その結果は表1となります.この結果のres4からも,相互コンダクタンスは38.8mA/Vであることが分かります.

表1 「.MEASコマンド」のres1からres4の結果

 以上,トランジスタの相互コンダクタンスは,ベースとエミッタのダイオード接続のコンダクタンスと同じになり,式11の簡単な割り算で求めることができます.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice5_016.zip

●データ・ファイル内容
BJT_Transconductance.asc:図5の回路

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs
(6) LTspice電源&アナログ回路入門・アーカイブs
(7) IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(8) オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報



ボード・コンピュータ・シリーズ

MicroPythonプログラミング・ガイドブック

データサイエンス・シリーズ

Pythonが動くGoogle ColabでAI自習ドリル

CQゼミ

長谷川先生の日本一わかりやすい「情報Ⅰ」ワークブック

ハードウェア・セレクション・シリーズ

できる無線回路の製作全集

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ