レール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタ
図1(a)は,レール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ(complimentary:相互補完)電力ブースタです.OPアンプ(U1)と抵抗(R1,R2)で構成した反転アンプに,外付け素子のコンプリメンタリ・トランジスタ(Q1,Q2)と抵抗(R3,R4,R7)を付け加えています.2つのトランジスタは,OPアンプの正と負の電源端子に流れる電流の増減で動作します.
図1(a)は,図1(b)の反転アンプと比較すると負荷電流を増大させますが,帯域幅とスルーレートは(1)~(4)のどれになるでしょうか.なお,外付け素子で追加した回路の帯域は,OPアンプより広いものとします.
(a)はOPアンプの電源端子に流れる電流の増減により動作し,負荷電流を増大させる.
(2)帯域幅は狭まり,スルーレートは高くなる
(3)帯域幅は広がり,スルーレートは低くなる
(4)帯域幅は広がり,スルーレートは高くなる
図1(a)は,OUT1端子からR5とR6の抵抗分圧回路を通りOPアンプ(U1)の出力に直列帰還され,OPアンプ内部の出力トランジスタを介してローカル帰還となります.このローカル帰還の帰還率は「β=R5/(R5+R6)」となります.
図1(a)と図1(b)の帯域幅とスルーレートの特性の差は,帰還率(β)の有無により違いがでます.帯域幅は,帰還率(β)を考慮した図1(a)のIN端子からOPアンプ(U1の出力)までの帯域と,図1(b)のIN端子からOPアンプ(U2の出力)までの帯域を比較することにより分かります.スルーレートの違いは信号がひずまない最大出力振幅と正弦波周波数の積を検討すると分かります.
図1(a)と図1(b)のIN端子からOUT1,OUT2端子までの全体ゲインは「R2/R1=R9/R8」であり同じです.しかし,IN端子からOPアンプ(U1,U2)の出力までのゲインを比べると差があります.図1(a)は,式1の帰還率(β)だけ図1(b)より小さくなります.このときの帯域幅はOPアンプのオープン・ループ・ゲイン周波数特性のカーブとOPアンプ出力までのゲインが交わる周波数となり,図2のfcとfc’になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
IN端子からOPアンプ出力までのゲインを,図2で,図1(a)がG’,図1(b)をGとすれば,GB積(利得帯域幅積)は一定なので式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
また,「G’=Gβ」の関係を使うと式3になります.式3より,図1(a)の帯域幅は1/β倍だけ高周波側なります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
次に図1の(a)と(b)のスルーレートは,OPアンプで決まります.図1(b)のスルーレートは,正弦波を入力したとき,OPアンプ出力で信号がひずまない最大出力振幅をVpとして,正弦波の周波数をfとすれば,式4の関係になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
帯域幅の説明で解説したように,IN端子からOPアンプ出力までのゲインの違いにより,図1(a)の出力振幅はVpβとなり,図1(b)より小さくなります.式4のVpをVpβと置き換え,信号がひずまない最大出力振幅と正弦波の周波数の積(2πf*Vp)が式4と等しいとすれば,式5となり,図1(b)より1/β倍だけスルーレートが高くなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
以上より,解答の(5)となります.
●OPアンプに外付けの回路を追加し広帯域化,高スルーレート化する
汎用OPアンプの出力段は,NPN,PNPのエミッタが出力端子に接続されているAB級プッシュプル回路が使われています.このAB級プッシュプル回路は,正負の電源電圧範囲から内側に数V入った最大出力電圧となり,レール・ツー・レール出力になりません.また,OPアンプの最大出力電流は,ディスクリート・トランジスタで扱える電流より小さく,重い負荷は駆動できません.これらを改善する回路として,OPアンプに外付けの回路を追加する電力ブースタがあります.ここでは,汎用OPアンプの出力電圧範囲を広げ,負荷電流を増大させる,レール・ツー・レール出力コンプリメンタリ電力ブースタの基本型について解説します.この回路はOPアンプの出力電流変化が電源電流変化になることを利用し,電力ブースタは電源端子の電流変化を信号として動作する回路です.この電力ブースタは,広帯域化,高スルーレート化ができます.
●レール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタについて
図3は,図1(a)のレール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタとOPアンプ内部のAB級プッシュプル回路の図解です.2つのトランジスタ(Q1,Q2)は,OPアンプの正負の電源端子に流れる電流を,抵抗(R3,R4)で検出して動作します.OPアンプの外に加えた回路は,OUT1端子からR5とR6の抵抗分圧回路を通り,OPアンプ(U1)の出力に直列帰還され,OPアンプ内部の出力トランジスタを介してローカル帰還となります.帰還率は式1です.OPアンプのOUT端子から電力ブースタのOUT1端子をみると,追加のアンプとなります.そのときのゲインは,式1に示したβの逆数となります.ローカル帰還の効果により,解答で述べた広帯域化,高スルーレート化となります.R7は,AB級出力段となるコンプリメンタリ・トランジスタ(Q1,Q2)のクロスオーバひずみを改善するための抵抗で,Q1,Q2に流れるアイドル電流を調整します.
OPアンプ内部のAB級プッシュプル回路も図示している.
●回路定数の設定
使用したOPアンプのマクロモデルは,ADA4000(JFET入力OPアンプ)です.電力ブースタの回路定数は,電源電圧を±15V(V+/V-),OUT1の最大出力振幅を10V,帯域幅とスルーレートを6倍増加を目標として,帰還率(β)を1/6にしました.OPアンプの出力電流は,電源端子を通してQ1とQ2を動かす信号となります.OPアンプのデータシートの最大出力電圧と負荷抵抗の関係より,最大の出力電流は式6となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6とQ1,Q2のベース・エミッタ電圧(VBE)を0.7Vを使い,入手しやすいR3とR4の抵抗値は式7となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
OUT1の最大出力電圧10VをOPアンプ出力電圧で得るため,帰還率(β)と式6のOPアンプ最大出力電流(IO)を使い,入手しやすいR5の抵抗値は,式8となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
R6は,式8で求めたR5と帰還率(β)を使い,式9となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
R7は,シミュレーションの波形を観察しながら,Q1とQ2のクロスオーバひずみが少なくなるよう調整します.
●レール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタをLTspiceで確認する
図4は,図1をAC解析で帯域幅をシミュレーションする回路です.図4(a)は,レール・ツー・レール出力コンプリメンタリ電力ブースタです.回路定数は,先ほど計算した値となっています.また,負荷抵抗は200Ωです.図4(b)は,比較に使う反転アンプで負荷抵抗は2kΩです.
図5は,図4のシミュレーション結果です.コーナー周波数は,554kHzから3.345MHzに約6倍変化して,帯域幅が広がったことが分かります.
図6は,図4のV1を「.tran 30u」,「PULSE(-1 1 0 1n 1n 10u 15u)」に変更して,過渡解析でスルーレートをシミュレーションする回路です.
図7は,図6のシミュレーション結果です.スルーレートは,17V/μsから96V/μsに約5.6倍変化しています.
図5と図7のシミュレーション結果より,図1(a)は,図1(b)と比較して,帯域幅は広がり,スルーレートは高くなっていることが確認できました.
●OPアンプの出力電流変化と電源電流変化
図1のレール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタは,電源電流変化を信号経路として使います.よって,LTspiceで使うOPアンプのマクロモデルも,OPアンプの出力電流変化が電源電流変化になるように作られていないとシミュレーションができません.OPアンプのマクロモデルは,負荷電流の変化が正確に電源電流変化にならないものがあります.この見極めとして,汎用OPアンプの電源電流変化が,どのように変化するものなのかを理解することが大切です.
図8は,741型OPアンプの内部回路を使い,ゲインが11倍の非反転アンプです.この回路はLTspiceのインストール・ディレクトリ下のEducationalフォルダ「C:\Program Files\LTC\LTspiceXVII\examples\Educational\LM741.asc」にあるものです.
LTspiceのインストール・ディレクトリ下,Educationalフォルダにある.
図8の入力信号は,振幅を1V,周波数を1kHzの正弦波で過渡解析します.図9は,図8のシミュレーション結果です.正負の電源端子の電流と,AB級プッシュプル段(Q18,Q19)の電流変化をプロットしました.
図9の結果より,OPアンプの出力電流変化は,回路電流(約1.5mA)にOPアンプの出力電流が加えられたものです.V2(V+側)に流れる電流変化はQ18に流れる電流にほぼ等しく,V1(V-側)はQ19に流れる電流にほぼ等しくなります.また,電流変化の波形は,AB級プッシュプル回路の動作より,正弦波の半坡のようになります.汎用OPアンプの多くの回路は741型OPアンプの伝統を引き継いでおり,電源端子の電流変化はこのような波形になります.OPアンプマクロモデルには,出力電流が変化しても電源電流が一定のものや,電源電流変化が半坡の波形にならないものもあるので注意してください.
電流の向きは,V+側はOPアンプに流れ込む方向,V-側はOPアンプから吐き出される方向.
以上,OPアンプの出力電圧範囲や帯域幅,スルーレートは,外付けの電力ブースタ回路を付け加えることにより改善が見込めます.注意しなければならないのは,マクロモデルは,OPアンプのすべての特性を正確に表すものではありません.シミュレーションとブレッドボードの双方で回路検証しながら作り上げていくことが必要です.図1(a)については負帰還安定性についておこなっていませんので,こちらも検討しなければなりません.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice4_029.zip
●データ・ファイル内容
Complementary_power_booster_ac.asc:図4の回路
Complementary_power_booster_tran.asc:図6の回路
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