MOS差動増幅回路のゲイン
図1は,NchMOSトランジスタを使用した差動増幅回路です.回路の電源電圧(VDD)が5Vで,MOSトランジスタM1とM2のドレインには,それぞれ10kΩの負荷抵抗(RL1,RL2)が接続されています.MOSトランジスタは,ゲート長(L)が1μmで,ゲート幅(W)が52μmです.M1のゲートには1.2Vのバイアス電源(VB)が接続され,M1とM2のゲートに入力信号源(Vin)が接続されています.そして,M1とM2のソースには定電流源(I1)が接続されています.このMOS差動増幅回路のOut2端子までのゲインが20dBとなる,I1の電流値は次の(A)~(D)のどれでしょうか.
Out2端子までのゲインが20dBとなる,I1の値はいくつ?
ただし,このMOSトランジスタの特性は,スレッショルド電圧(VTH)が0.5V,キャリア移動度(μ)が450cm2/(V*s),単位面積あたりのゲート容量(COX)が430n F/cm2で,出力抵抗は十分大きいものとします.
I1の電流値を求めるためにはまず,ゲインが20dBとなる差動増幅回路のgmの値を計算します.次に,MOS差動増幅回路のgmがμ,COX,Wおよびソースに接続された定電流に比例し,Lに反比例することを利用して,定電流の値を計算します.
図1の回路ではRLが10kΩでゲインが20dB(10倍)なので,必要なgmは「10/10k=1mS」です.MOS差動増幅回路の片側出力のgmを1mSにするための電流I1は「I1=(4(gm)2*L)/(μ*COX*W)=(4*(1m)2*1μ)/(450*430n*52μ)≒400μA」となります.したがって正解は(C)ということになります.
●MOS差動増幅回路の入力電圧対出力電流
最初にMOS差動増幅回路の入力に直流電圧を加えた場合に,それぞれのMOSトランジスタのドレイン電流がどのように変化するかを考えます.図2がMOS差動増幅回路のドレイン電流の変化をシミュレーションするための回路です.Vinの電圧が0VでV1とV2の電圧が等しい場合,M1とM2のゲート・ソース間電圧も等しくなり,それぞれのドレイン電流は等しくなります.M1のドレイン電流(ID1)とM2のドレイン電流(ID2)を足したものがI1と等しくなり,式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図2では,I1が200μAとなっているので,Vinが0VのときはID1,ID2ともに100μAになります.次にV1よりもV2の方が十分大きい場合,電流はM2のみに流れ,M1のドレイン電流は0になります.また,V2よりもV1の方が大きい場合は電流はM1のみに流れ,M2のドレイン電流は0になります.
「.DCコマンド」でVinを-0.4Vから0.4Vまで変化せている.
図3は,図2のシミュレーション結果です.「.DCコマンド」でVinを-0.4から0.4まで変化せたときのM1およびM2のドレイン電流をプロットしています.Vinが0Vで「V1=V2」のときはM1とM2のドレイン電流は共に100μAとなっています.また,Vinが±280mV以上で,どちらか一方のMOSトランジスタのみに200μAの電流が流れています.
●MOS差動増幅回路のgm
gmは,MOS差動増幅回路の入力電圧とドレイン電流のグラフの傾きです.そのため,ドレイン電流を入力電圧で微分したものがgmになります.図4は,図3のドレイン電流(ID2)を横軸(入力電圧)で微分してgmを表示したものです.gmは入力電圧0V付近が最も大きく,入力電圧が280mVをこえると0になっています.
gmは入力電圧0V付近が最も大きい.
計算過程は省略しますが,入力電圧が0VのときのMOS差動増幅回路の片側出力でのgmは式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
μおよびCOXは,トランジスタ製造工程で決まるため,回路設計上は,必要なgmが得られるように,WとLおよびI1を変更することになります.
●MOS差動増幅回路のゲイン
抵抗負荷(RL)が接続されたMOS差動増幅回路のゲイン(G)は,式3で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ゲインから必要なgmを求める場合は式3を式4のように変形します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
図1の回路の場合はRLが10kΩでゲインが20dB(10倍)なので,必要なgmは式5から1mSと計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
gmの値からI1の値を計算するために,式2を式6のように変形します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6に図1の定数を代入すると,電流I1は式7から約400μAとすればよいことが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・(7)
図5は,MOS差動増幅回路のゲインをシミュレーションするための回路です.I1の値は400μAです.また,MOSトランジスタのモデルは,キャリア移動度(μ)が450 cm2/(V*s),単位面積あたりのゲート容量(COX)が430n F/cm2となるように設定してあります.
I1の値は400μAとなっている.
図6は,図5のシミュレーション結果です.OUT1とOUT2共に,設計値と同じ20dBになっていることが分かります.
ゲインは設計値と同じ20dBとなっている.
●電流とWを変えたときのMOS差動増幅回路のgm
式2から,gmを変えるにはソースに接続された定電流(I1)かWを変えればよいことが分かります.入力電圧が0Vのときgmの値に関しては,どちらを変更しても同じ値にできますが,それ以外の特性はかなり異なります.図7は,I1とWを変えたときのMOS差動増幅回路の入力電圧に対するドレイン電流をシミュレーションするための回路です.
「.paramコマンド」のtable機能で,2つのパラメータの組み合わせをシミュレーション
「.paramコマンド」のtable機能を使用して,2つのパラメータの組み合わせをシミュレーションします.「.param N 1 3 1」でtableの中のどの値を使用するかを指定するための変数を変化させます.次のように記載すると,Nが1,2,3と変化したとき,(W=26u,I=200u),(W=26u,I=400u),(W=52u,I=200u)という組み合わせでシミュレーションを行います.
.param I table(N,1,200u,2,400u,3,200u)
図8は,I1とWを変えたときの入力電圧対ドレイン電流のシミュレーション結果です.当然ですが,Wを変えた場合は曲線の傾きだけが変わり,最大電流は変化しません.
Wを変えた場合は曲線の傾きだけが変わり,最大電流は変化しない.
図9は,図7のM2のドレイン電流を入力電圧で微分してgmを表示したものです.入力電圧が0V付近のgmは,「W=26u,I=200u」の場合と比較して,「W=26u,I=400u」の場合も 「W=52u,I=200u」の場合も同程度に大きくなっています.ところが,gmが0以上となる入力電圧の幅は「W=26u,I=400u」の方が倍程度大きくなっています.これは,Wを大きくした場合よりも電流を大きくしたほうが,より大きな入力信号を歪少なく増幅できることをあらわしています.
gmが0以上となる入力電圧の幅が異なっている.
以上,抵抗負荷のMOS差動増幅回路について解説しました.MOS差動増幅回路はOPアンプの入力段等でも使用されますが,その場合は抵抗負荷ではなく,カレント・ミラーを使用したアクティブ負荷が使用されるのが一般的です.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice4_016.zip
●データ・ファイル内容
diff_amp_DC.asc:図2の回路
diff_amp.asc:図5の回路
diff_amp_DC_step.asc:図7の回路
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