MOSトランジスタのサイズと特性
図1(左)は,NchMOSトランジスタの構造を簡略化した模式図です.図1(左)で示したWの長さが異なる2つのトランジスタを作り,図1(右)の回路で測定しました.一つ目のトランジスタは「L=1μm,W=5μm」で,二つ目のトランジスタは「L=1μm,W=10μm」です.これらのトランジスタのドレイン・ソース間に,5Vを加えた状態で,ゲート電圧を0Vから1Vまで変化させ,それぞれのドレイン電流を測定しました.その測定結果として適切なのは,図2の(A)~(D)のどれでしょう.
Wの長さの異なる2つのトランジスタを作った.
Wを変えたときの特性として適切なものはどれか?
Wを大きくしたMOSトランジスタの特性は,小さなMOSトランジスタを並列接続したものと等価です.MOSトランジスタを並列接続したときに,ドレイン電流がどのように変化するかを考えれば簡単に答えがわかります.
MOSトランジスタは,MOSFETとも呼ばれ,(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Efect Transistor)の頭文字を取ったものです.バイポーラ・トランジスタは,コレクタ電流を流すためにベースに電流を流す必要がありますが,MOSトランジスタはゲートに電圧をかけるだけでドレイン電流を制御することが可能で,ゲートには直流電流は流れないという特徴があります.
図2の(A)と(B)の電流グラフは,ドレイン電流が流れ始めるゲート電圧が異なっています.これは,Wを変化させたときの特性変化ではなく,スレッショルド電圧が変わったときの特性変化です.一方,(C)と(D)で,ドレイン電流が流れ始めるゲート電圧は同じです.しかし,同じゲート電圧のときのドレイン電流は異なっています.Wが大きくなると,同じゲート電圧のときのドレイン電流は大きくなります.10μmのときのほうがドレイン電流が大きくなっているのはCです.なので,正解はCということになります.
●MOSトランジスタの動作原理
図3は,MOSトランジスタの構造と動作原理を示しています.NchMOSトランジスタは,p型基板にn型のドレイン領域とソース領域が作られ,ドレインとゲートの間には,酸化膜によって絶縁されたゲート電極が設けられています.このドレインとソースの間の距離をチャネル長(L)と呼び,奥行き方向の長さをチャネル幅(W)と呼びます.
ゲート電圧が0Vの場合,ドレインとソース間に電圧を加えても電流は流れません.ところが,ゲートに電圧を加えると,「チャネル」と呼ばれる電流の通り道が発生し,ドレイン・ソース間に電流が流れるようになります.Wが長いほど,電流の通り道が幅広になるため,大きなドレイン電流が流れることになります.
ゲート電圧を加えると,チャネルと呼ばれる電流の通り道ができる.
●MOSトランジスタの電圧・電流特性
ドレインに十分高い電圧が加わっているときのドレイン電流(ID)は,式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここで,μはキャリア移動度[cm2/(V*s)],Wはゲート幅[m],Lはゲート長[m],VGSはゲート・ソース間電圧[V],VTHはスレッショルド電圧[V]です.COXは,単位面積あたりのゲート容量で,式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
ここで,ε0は真空の誘電率(8.854*10-14 [F/cm]),εOXは酸化膜の比誘電率(3.9),tOXは酸化膜の厚さ[cm]です.式1から分かるように,ドレイン電流はゲート電圧の2乗に比例します.また,ゲート幅Wに比例し,ゲート長Lに反比例します.例として「μ=450cm2/(V*s)」,「tOX=8*10-9m」,「VTH=0.5V」,「L=1μm」という特性のMOSトランジスタに1Vのゲート電圧を印加したとき「W=5μm」と「W=10μm」のドレイン電流を計算してみます.まず,COXは式3のように,431n [F/cm2]となります.
・・・・・・・・・・・・(3)
この値を使用し,ドレイン電流を計算すると,「W=5μm」のとき式4となり121μAになります.
・・・・・(4)
また,「W=10μm」のとき式5のように242μAとなります.
・・・・・(5)
当然ですが,「W=10μm」のときのドレイン電流は「W=5μm」の2倍になっています.
●MOSトランジスタのゲート電圧対ドレイン電流
図4は,MOSトランジスタのゲート電圧を変化させたときのドレイン電流をシミュレーションするための回路です.MOSトランジスタのシミュレーションを行うためにはモデルが必要なので,「.MODELコマンド」でMOSNという名前のモデルを定義しています.シミュレータのモデルの特性を現実のトランジスタの特性に近づけるためには,非常に多くのパラメータを設定する必要があります.しかし,ここでは,酸化膜厚のTOXとスレッショルド電圧のVTO,及び,キャリア移動度のUoの3つだけを設定しています.MOSトランジスタのサイズは,モデル名の後ろに,LとWの長さを記入することで指定しています.そして,「.DCコマンド」でゲート電圧(VG)を0Vから1Vまで1mVステップで変化させています.
「.MODELコマンド」でMOSNという名前のモデルを定義している.
図5がそのシミュレーション結果です.ゲート電圧が0.5Vを越えてからドレイン電流が流れ始め,「W=10μm」のMOSトランジスタのほうが「W=5μm」のMOSトランジスタの2倍のドレイン電流が流れていることが分かります.また,ゲート電圧が1Vのときのドレイン電流は「W=5μm」のMOSトランジスタが121μAで,「W=10μm」のMOSトランジスタが243μAとなり,式4と式5の計算結果と一致しています.
●スレッショルド電圧が変わったときのゲート電圧対ドレイン電流特性
次にWが一定でスレッショルド電圧が変わった場合の,ゲート電圧対ドレイン電流のシミュレーションを行います.図6がそのための回路です.「.stepコマンド」でVTHという変数を0.3,0.5,0.7と変化させてシミュレーションを行います.「.MODEL」の中に「VTO={VTH}」と記載することで,スレッショルド電圧を変えたシミュレーションを行うことができます.
「.stepコマンド」でVTHという変数を0.3,0.5,0.7と変化させる.
図7が図6のシミュレーション結果です.ドレイン電流は,ゲート電圧がそれぞれのスレッショルド電圧を越えたところから流れはじめていることが分かります.
ゲート電圧がそれぞれのスレッショルド電圧を越えたところからドレイン電流が流れる.
●MOSトランジスタのドレイン電圧対ドレイン電流特性
最後に,MOSトランジスタのドレイン電圧対ドレイン電流特性のシミュレーションを行います.図8がその回路です.「.DCコマンド」でゲート電圧をパラメータとして0.4Vから1.2Vまで変化させ,さらに,ドレイン電圧を0Vから5Vまで10mVステップで変化させます.
ゲート電圧をパラメータとしてドレイン電圧を変化させたシミュレーションを行う.
図9がドレイン電圧対ドレイン電流特性のシミュレーション結果です.ドレイン電圧が変化してもドレイン電流が変化しない領域を飽和領域と呼びます.そしてドレイン電圧の増加に伴ってドレイン電流が増加する領域を非飽和領域と呼びます.飽和領域から非飽和領域に移行するドレイン電圧は,ゲート電圧(VG)とスレッショルド電圧(VTH)を使用し,VG-VTHで計算することができます.
ドレイン電圧が変化してもドレイン電流が変化しない領域を飽和領域と呼ぶ.
以上,MOSトランジスタの特性について解説してきました.ここでは,チャネル長(L)として1μm(1000nm)のものを例にしましたが,半導体製造技術の進歩に伴い,製造されるMOSトランジスタのチャネル長は驚異的に短くなり,近年では0.01μm(10nm)以下になってきています.なお,式1が成立するのは今回例に挙げたチャネル長程度までで,チャネル長がさらに短くなると別の式が必要になります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice4_008.zip
●データ・ファイル内容
MOS_VG_ID_W.asc:図4の回路
MOS_VG_ID_VTH.asc:図6の回路
MOS_VD_ID.asc:図8の回路
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