抵抗から発生する熱雑音と抵抗値の関係
図1は,センサからの信号を増幅するための増幅回路です.100kΩの入力バイアス抵抗(RB)が接続されています.使用している増幅回路のゲインは40dBで,雑音を発生しない理想増幅回路とします.
この増幅回路を帯域幅10kHzで,センサを接続しない状態で,出力雑音電圧を測定すると約400μVRMSでした.次に,スイッチ(S1)を閉じてセンサを接続した状態で,出力雑音電圧を測定したところ,約40μVRMSになりました.この増幅回路で,センサの信号源抵抗(RS)の値として妥当なのは,(A)~(D)のどれでしょう?
なお,センサも理想的なもので,信号源抵抗以外からの雑音の発生は無いものとします.
出力雑音電圧が約40μVRMSとなるRSの値は?
センサを接続しない状態では,入力バイアス抵抗(RB)の熱雑音が増幅されて出力されています.センサを接続したときの熱雑音電圧は,入力バイアス抵抗(RB)と信号源抵抗(RS)の並列抵抗値から計算することができます.抵抗値と熱雑音電圧がどのような関係式となっているかを考えれば,簡単に答えが分かります.
センサを接続しない状態の雑音電圧が約400μVRMSで,センサを接続したときの雑音電圧が約40μVRMSなので,雑音電圧は1/10になっています.抵抗が発生する熱雑音電圧の大きさは抵抗値の平方根に比例するので,抵抗値は1/100になっていることになります.RBは,100kΩなので,RSとRBの合成抵抗値は100kΩの1/100の1kΩということが分かります.合成抵抗が約1kΩとなるのはDなので,正解はDです.
●抵抗値と熱雑音電圧の関係
半導体も含め,すべて抵抗体は雑音電圧を発生させます.これは,抵抗体内の電子が熱によって不規則に振動することから発生するもののため,外部から電圧を加えて電流を流さなくても発生します.熱雑音電圧の大きさは,抵抗値と温度及び帯域幅で決まり,式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここで,k:ボルツマン定数(1.38*10-23 [J/K]),T:絶対温度[K],R:抵抗値[Ω],B:帯域幅[Hz]です.また,帯域幅は雑音を測定する周波数の幅です.式1から分かるように,抵抗値と温度及び帯域幅のそれぞれの平方根に比例します.
●入力バイアス抵抗から発生する熱雑音電圧を計算する
まず,図1の入力バイアス抵抗(RB)から発生する熱雑音電圧を計算します.温度(T)を300K(27℃),帯域幅(B)を10kHzとして,式1に代入すると,式2のように4.07μVになります.
・・・・・・・(2)
増幅回路のゲインは40dB(100倍)なので,アンプの出力雑音電圧は約400μVとなります.図1ではセンサを接続したときの出力雑音が40μVと1/10になっているため,熱雑音が抵抗値の平方根に比例していることを利用して,抵抗値が1/100の1kΩであることが簡単に計算できました.ここでは,熱雑音電圧から抵抗値を計算できるよう,式1を式3のように変形し,抵抗値を求めてみます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
センサを接続したときの出力雑音電圧が40μVRMSで,増幅回路のゲインが100倍なので,抵抗の雑音電圧は1/100の0.4μVです.式3にこれらの定数を代入すると式4のようにRSは約1kΩと求まります.
・・・・・・・・・・・・(4)
●抵抗の雑音をLTspiceで確認する
図2は,図1でセンサを接続していないときの雑音をシミュレーションするための回路です.雑音解析では信号電圧源を指定する必要があるため,ダミー電圧源のV1を配置してあります.
雑音解析の指定は「.noise V(Out) V1 oct 10 1 10k」のように行います.V(Out)が出力端子でV1を信号電圧とし,オクターブあたり10ポイントで1Hzから10kHzまで解析する,という意味になります.
「.noiseコマンド」用にダミーの電圧源V1を配置している.
図3は,図2の解析結果です.横軸が周波数で縦軸が1Hzあたりの雑音電圧を表す雑音電圧密度になっています.雑音電圧密度の単位は,V/√Hzとなっています.図1の測定条件である帯域10kHzでの雑音電圧を求めるためには,雑音電圧密度の値を10kHzまで積分する必要があります.LTspiceではCTRLキーを押したままグラフ上部のV(Onoise)をクリックすることで,雑音の積分結果を見ることができます.
横軸が周波数で縦軸が雑音電圧密度になっている.
●信号源抵抗の値と出力雑音の関係をLTspiceで確認する
次に,信号源抵抗の値を変えたときの,出力雑音電圧の大きさをシミュレーションします.図4がそのための回路図です.信号源抵抗の値をRSという変数にして,100Ωから100KΩまで.stepコマンドで変化させて雑音解析を行います.そして,それぞれの抵抗値のときの出力雑音電圧を「.meas NOISE TN INTEG V(onoise)」というコマンドでTNという変数に格納します.INTEG V(onoise) は出力雑音密度を積分して,指定帯域(10kHz)での雑音電圧とする,という意味です.
信号源抵抗を100Ωから100KΩまで変えて雑音解析を行う.
図4の解析が終了したら,回路図ウインドウでCTRL+Lキーを押してエラーログを表示させ,さらにエラーログ上でマウス右クリックし「Plot .step'ed .meas data」によりグラフを表示させます.そのグラフが図5になります.横軸が信号源抵抗の値で,対数表示に変更してあります.図5からも信号源抵抗値が1kΩのときに出力雑音電圧が約40μVRMSになることが読み取れます.
1kΩのときに出力雑音電圧が約40μVRMSになることが読み取れる.
●過渡解析では熱雑音は反映されない
LTspiceでは,抵抗以外にもトランジスタなどから発生する雑音も解析することができます.しかし,過渡解析では雑音の影響は反映されません.
図6は,図4の回路に2μVPPで100Hzの信号を入力信号として加え,過渡解析を行ったものです.1kΩの抵抗で発生する雑音は0.4μVRMSですが,過渡解析結果には全く現れていません.過渡解析で熱雑音を気にする場面はあまりないと思います.しかし,認識しておく必要はあります.
出力波形には熱雑音は出力されていない.
●ビヘイビア電源でノイズを加算する
過渡解析で雑音が混入した波形が必要なときは,ビヘイビア電源を使用して雑音を加算することができます.図7のB1とB2がビヘイビア電源です.white(x)という関数はxという整数に対応した±0.5のランダムな数値を発生させます.そこで,B1では「V=White(20k*time)*0.4u*6」として,正確ではありませんが,0.4μVRMS相当の雑音を発生させています.時間(time)に20kを乗算していますが,この数値を大きくするほど,発生する雑音は高い周波数成分を持つようになります.
「V=White(20k*time)*0.4u*6」として0.4μVRMS相当の雑音を発生.
図8がビヘイビア電源で雑音を加算した過渡解析結果です.図6とは異なり,出力の正弦波にノイズが重畳されていることが分かります.
正弦波出力に雑音が重畳している.
抵抗から熱雑音が発生することは原理的に避けることができません.そのため,微小な信号を扱う回路では熱雑音を小さくするため,できるだけ抵抗値を小さく設計する必要があります.また,熱雑音の大きさは温度の平方根にも比例するため,極端に低雑音が供給される用途では,回路やセンサを冷却して雑音を低減することもあります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice4_006.zip
●データ・ファイル内容
Noise_1.asc:図2の回路
Noise_RS.asc:図4の回路
Noise_Tran_NG.asc:図6の回路
Noise_Tran_BV.asc:図7の回路
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